パリ編

第14話 敵を知りたければ自分でいけ

 クレシーの戦い。

 後世にその名で知られるようになるこの戦いは、その戦争の舞台となったフランク王国の地名から付けられている。

 この戦いはブリタニアがフランクの本土侵攻のための港町を手に入れる、重要な一戦である。本来ならばドーヴァー海戦を防衛した後、そのまま前線を維持し援軍を待つという筋書きだった。

 だが海戦の中でアイシェンが気絶、ガラハッドも眠りに入り、Rainbow騎士団とPurity ice騎士団の両軍は撤退を決めた。そのため、本土防衛として呼ばれていたトリスタンとランスロットの両名が侵攻作戦の総責任者となり、この戦いを始めた。

 ブリタニア軍約1万2千、フランク軍約3万がぶつかる。

 結果、ブリタニア軍の勝利。

 撤退の途中だったダノワール海軍が嵐を起こし戦争が長引いたというだけで、特筆されるような事件は起きなかった。

 もはやフランク王国側は防衛する気など無いのではないかと思われる。


 いや、事実なかったのだ。


 なぜなら士気も上がっている状態のブリタニア兵を抑えるために、海戦で敗北し士気が下がっている状態の兵士をぶつければ、必要以上の犠牲が生まれてしまう。援軍を追加したとて同じだろう。

 であれば、あえてクレシーは取らせ持久戦に持ち込むべきと考えたのだ。

 その証拠に、クレシーと周辺の港町はブリタニアは手に入れることができたが、人的被害は望ましい結果を得られていない。

 ブリタニアの死者数はおよそ3千人に対し、フランクは2千5百と、敗北した方が少ないのだ。

 確かにフランクは領地こそ取られたが、反撃の準備は整えていると考えて良い。負け戦を立て直しが可能な程度に抑えておくこの英断から、フランクにも有能な参謀がいるのかもしれないとブリタニア側は思ったことだろう。

 そうでなくとも、フランクは周囲を持ち前の工業力によって作られた要塞戦や標高数千メートルを超える山々に囲まれているのだ。持久戦に最も適した地形を備えている。

 絶対強者大国という二つ名は、この圧倒的な防衛力の高さによるところが大きい。


 クレシーの戦い終結からおよそ3日、両軍とも、未だ動く気配なし――。


 ***


「――とまぁ、だいぶ省略してるけど兄様あにさまが眠っていた間に起きたことはこんなもんかな。次に余はフランク国内に侵攻し、首都を落とす」

「ふぅん」


 アイシェンはアーサーの言葉に対し、興味の無さそうに声色で返した。

 彼がいるのはブリタニアの病院の一室。ドーヴァー海戦で気絶した彼はここで治療を受けていたのだ。

 目立った外傷こそ少ないが、自身の気絶の要因となった頭への傷について、アーサーは念の為に精密検査を受けさせた。その結果、特に目立った後遺症や懸念点があるわけでもなかったため、マーリンの治療魔術で怪我を治した。


 ちなみにこの治療魔術は使用する魔力が多く、特定の人物にしか使わないとマーリンは公言している。その特定の人物とは、アーサー王と自分、そしてアイシェン含めた円卓騎士団の団長だけだ。

 アイシェンは一度この魔術を自分でも使えないかと思っていた。使い方はなっていないが、魔力量で言えば、宮廷魔術師であるマーリンの何倍もの魔力をアイシェンは持っている。結果としてはできなかった。怪我を治すことは、治したい相手の治癒能力を、治す者の魔力を使って促進させることであるため、想像以上に繊細な魔力のコントロールが求められるのだ。

 初めは指先を紙で切った程度の傷を治してみようとしたが、むしろ血行を促進させ、必要以上に出血してしまった。

 だからアイシェンは、今はまだ魔術を使おうとするのではなく、魔力銃を初め、魔力操作の特訓に集中することにした。


 閑話休題。

 マーリンの治癒魔術で傷を治し身体を休めていたアイシェンは、ドーヴァー海戦の後に行われた戦いの結果についてアーサーから聞いていた。

 海戦で戦っていたアイシェンやガラハッドの騎士団が参加しなかったクレシーの戦いでは、ブリタニアが勝利を得たようだ。

 それ自体は喜ぶべきことなのだろうが、アーサーはこの後のプランについてなにか悩んでいることがあるらしい。

(まぁ、俺はブリタニアが勝っても負けてもどうでもいいんだけどなぁ)


「……というわけで兄様には、フランク王国の首都パリへ単独潜入してもらうことになりました」

「うんわかった……はぁ?」


 パチパチとアーサーは手を鳴らして、憎たらしいほどの笑みを浮かべてアイシェンを見ている。

 それは事情を知らぬ第三者が見れば絶世の美少女と形容してしまうほどのものだった。だが今は状況が違う。

 ――なぜ、そんな話になった?


「ちょちょ、ちょっと待ってくれアーサー!?何がどうなってそんな話になった!?」

「簡単だよ。兄様、この戦争に対して全然やる気ないでしょ」

「うっ」


 図星だった。

 アイシェンがブリタニア側で戦っているのは、目の前にいる性悪腹黒王アーサーにPOWの仲間であるという濡れ衣を着せられたからというのと、POWを潰すのに最適なポストを提供されたから、その程度だった。

 現に就任式のときだって、アイシェンは公衆の面前でブリタニアには従わない、すなわちブリタニアが勝っても負けても関係ないと述べた。

 ドーヴァー海戦は頼まれたからやってただけで、それ相応の報酬(主に金)も貰っていたが、そこにアイシェンの意志は全くと言って良いほど無かった。

 ……まぁ、始まってからというもの、戦闘狂の気質があるアイシェンはナポレオンとの闘争をとても楽しんでいたがそれは置いておいて。


「いや、ブリタニアとしてはそれでも良いんだけどね。でもね、中には祖国のために命をかけている人もいるのに、そんな心持ちで良いのかなって思っちゃってね」

「俺が命を捨てる覚悟をしていないって言いたいのか?」

「……失言だった、ごめんね兄様。でも問題はそこじゃない。ブリタニアのために戦う人もいる中、兄様だけはどっちが勝とうがどうでもいいって考えを持っている。果たして、それはいいのかな?」

「うーん、そうかもしれないけど」

「そこで余は考えました。どうしたら兄様がやる気になってくれるかなぁ、と。兄様はシントウの民です。傍若無人、最強最悪でエゴイストと、散々な評価の民族です」


 そこまで言うことなくない?と考えもしたが、反論する余地がない。シントウが山賊のごとく攻めて家なき子となった人々も何人いるかわからないのだから。

 アイシェンはコクリと頷いた。


「一言で言えばシントウは最強の戦闘民族であり、闘争と強い者を好む傾向がある。それは兄様も例外じゃないね。前の海戦の様子は、余も伝え聞いてるから知ってるよ」

「……もしかして、フランク王国に行って、その強いやつっていうのを身体で感じてくれば、俺もやる気を出すかもしれない、そう言いたいのか?」

「そうそう。フランクにはとても厄介な集団がいる。それが、フランク王国国王シャルルマーニュを守護する、『シャルルマーニュ親衛隊』だ。彼らの立ち位置は、ブリタニアの円卓騎士団と似たようなものと考えてくれて構わない」


 つまり王様を守護し、国の各領地の政も行う政治家集団、ということか。


「なんとも都合のいいことに、今パリで騎士競技会が開催されていて、そこには例の親衛隊も参加するかもしれないって話なんだ終わるのはなんと一週間後!いやぁ長いねぇ」

「……つまりそれを俺に観戦させて、闘争心を煽ろうってこと?」

「だーいせーいかーい」


 わざとらしい気の抜けた声を上げて手を鳴らすアーサー。

 その反応からアイシェンは確信する。

 彼女はなにか企んでいる。

 短い付き合いではあるが、アイシェンもアーサーについてはそれなりに理解している。

 彼女の中での優先順位は、第一に自分、第二にブリタニア、第三にその国民なのだ。

 そのどれでもないアイシェンに対して、善意で何かを提案するということはまずありえない。

 そもそも最も危険な城の警備を任せるような王様なのだ、良いことなんてあるわけがない。

 しかしこの提案は、なんとなく受けても良い気がした。

 向こうの国の強者については、なんとなく興味があったのだ。それは単に、闘争好きなシントウの性とも言うべきものなのだろう。

 アイシェンは少し考える素振りをした後、首を縦に振った。


「ようし、では兄様。ここにフランク王国行きの船のチケットがある、三枚だ。残り二枚は好きな人と行っていいけど、あの邪竜とサンはやめておいた方がいい」

「なんで?」

「目立ちすぎるからだよ。邪竜は額の角とドーヴァー海戦での戦いぶりのせいで、向こうの国ではちょっとして有名人だからね」

「てことはサン先生も、まぁあの長い黒色の髪じゃあシントウですって言ってるようなものだし、シントウがブリタニアについてるって情報くらいはフランクも……えっ、じゃあ俺は!?」

「兄様は髪短いから、変装でいくらでもごまかせるよ。でも、彼女はだめ。長すぎてカツラを用意するのが大変だから」


 そんなのどうとでもなりそうな気がするけど、そうアイシェンは思ったが、どうやらここは譲れないようだ。

 慎重と受け取るべきかそれとも。


「まぁいいか、それじゃあこれ、ありがたくもらうよ」

「どうぞどうぞ。たくさん勉強してきてね、兄様」


 アイシェンはアーサーからチケットを受け取り、誰と行こうか考え始める。

 このとき、酷く楽観的な考えをしていたと、この行動がその後の展開を決定づけたと、後にアイシェンは語っている。

 この瞬間、彼が手に持っていたのはフランク王国への旅行券などではなく、地獄への片道切符だったのだ――。

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