4

 ――夢を見ていた。

 そう思ったのは、亡くなったはずの彼女が、目の前で笑っているからだろうか。

 いつの夢なのか。どんな夢なのか。


 そんなことを問いかけても、夢の中の三澄天はただ微笑んで、答えを返してくれなかった。けれど、その代わりに――。


天:「ねえ、聞いて久人! 私ね、病気が治ったんだ! これからは、好きなだけ久人と遊べるんだよ!」


 嬉しそうに告げて、彼女は笑う。


久人:「本当? おめでとう、天ちゃん! 実は、俺も身体が元気になったんだ。これからは、好きなだけ一緒に漫画を描けるね!」


 それは、叶えられなかった夢の続き。病弱だった子供たちが抱いていた、本当にささやかな、日常への憧れ。

 何かがおかしい。そう警告する自分がいる一方で、こんな夢なら目覚めなくてもいい。そう感じる自分がいる。

 それから二人は沢山の話をして、目一杯まで遊んで、心ゆくまで漫画を描いた。


天:「久人、とっても絵が上手だね! 凄いね!」

久人:「頑張って練習したからね。俺、漫画家になりたいって、ずっと思ってて――」


 ――ズキリ。


 一瞬、どこかが痛んだ気がした。顔をしかめた久人を、天は心配そうに見つめてくる。


天:「久人、大丈夫……?」

久人:「……うん、大丈夫。そう、俺は絵を練習して……漫画家に、なるために――」


 ――ズキリ。


 また、痛んだ。


久人:「……そうだ。俺、漫画家になるって誓ったんだ。俺の漫画で、誰かを笑顔にするために……誰かを? そうだ、俺が笑顔にしたかったのは――」


 ――ズキリ。ズキリ。


 痛みが増していく。異常事態であるはずなのに、心のどこかで、これは正しい反応だと叫ぶ自分がいる気がする。


天:「久人、本当に大丈夫? 漫画なんかより、もっと他のことをして遊ぼう?」

久人:「っ……!」


 ――ズキリ。ズキリ。ズキリ。


久人:「……誰だ」

天:「久人?」

久人:「お前、天ちゃんじゃないな」


 確信と共に発された久人の言葉に、彼女はすぐには応えず、一歩下がって笑顔を浮かべてみせる。


天?:「久人、私は私だよ? 三澄天。久人の友達だよ?」

久人:「……違う。お前は天ちゃんじゃない。あれだけの想いが籠もった漫画を描ける天ちゃんが、『漫画なんか』なんて、絶対に言うはずがないんだ」

天?:「久人、なんでそんなこと言うの? 私と一緒に遊ぼうよ。いつまでも、ずっと一緒に」

久人:「違う、違う! いつまでも一緒に遊べるはずがないんだ。だって……だって、俺は――!」


 言いよどむ。それを口にすれば、この幸せな夢は終わってしまう。それでも、言わなければいけない。


久人:「――俺は、キミの勇者にはなれなかったんだ。天ちゃんを救うことはできなかった。

 でもさ……そんな情けない俺でも、あの子の笑顔だけは守れたんだ」


 思い出す。眼前の少女とよく似た、けれど違う、もう一人の少女の笑顔。


久人:「俺は、あの子の笑顔を守りたい。だから……いつまでもここには、いられない」


 懐から愛用のペンを取り出し、エフェクトで生み出した紙に走らせる。

 描き出されるのは、翼を背負い、白と金の鎧と剣に身を包んだ、雄々しき姿。


久人:「来い――空の勇者」


 天の夢を背負い、久人と彩によって生み出された、新たな勇者が降臨する。


久人:「頼む、空の勇者。俺の未練を――この夢を、終わらせてくれ」


 空の勇者は言葉に従い、剣を掲げ振り下ろす。それは過たず、この夢を――久人がずっと胸に抱いていた後悔、未練そのものを断ち切った。


久人:「俺は確かに、キミを救えなかった。けど、キミから託された夢だけは、忘れないから」


 涙で歪む視界と共に、夢が覚めていく。意識が反転する、最後の刹那――久人は、ずっと伝えたかった言葉を口にした。


久人:「キミを忘れない。ありがとう、天ちゃん」

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