エピローグ:お疲れ様のご褒美は最後に


 無事、正輝君を幼稚園に連れて行くことが出来た。

 拗ね気味だった志世もやはりパパが来たことで、表情は笑顔に変わっていった。

 もうすぐ親子リレーの時間。運動場に向かって歩いて行く二人を眺めていると、瑞希が隣に来て「お疲れさまでした」と頭に手を添える。


「恥ずかしい」

「いいの。私からのご褒美だよ。今までの緑を見てきたからね、労いの言葉だけじゃ足りないでしょ? よく頑張ったと私は思うし、緑なら絶対何とかしてくれると思ってたよ」


 頭に置かれていた手は離れ、今度は手を握ってきた。


「ほんと、かっこいいよ。私の旦那は」

「大層なことしてない。出来る事をしただけだよ。世話になった恩返しだ」

「あら、じゃあ世話になってなかったら、緑はなにもしなかった?」

「そういう訳じゃないけど……」

「だよね、だからかっこいいんだよ。緑って、人の為にどこまでも動ける人だよ。私の誇りでもある」


 真っ直ぐ前を見ながら、瑞希は嬉しそうに微笑む。そんな彼女を見て自分も何だか表情が豊かになっていった。

 握られた手は自然と絡み合い、ギュッと固く離れない。恥ずかしさを残しつつも、今くらいは自分を褒めてやってもいいんだと思える。


「もうすぐ志世君たちの番だね。きっと一位を取るよ」


「どうだか…………でも、一位を取る為のお膳立ては十二分に出来てる。志世も正輝君もきっと答えてくれるだろうな。あんな笑顔見るのは久しぶりな気もする。あの姿を見て、あぁ、親子なんだなって改めて思うし、それに親子でしか取れないコミュニケーションってあるんだなって。あの笑顔は俺には引き出せないもので、結局代役でしかないんだけど……なんか悔しいなぁ……」


「ふふっ! 何それ! これから自分もそうなっていくんだよ? 私達もいつかは親になる。私はそういうつもりでいるのに、緑はそんなことないわけ?」


「あ、いや、そういう訳ではないんだけどさ。まだ二人の時間を過ごしたいってのも間違いなく自分の中にはあってさ。そりゃ子供は好きだし、早く欲しいとも思う。けど、俺達は何も知らないところから始まって、徐々に知り始めたってのもあるからさ、もっと瑞希を知ってからでも遅くはないんじゃないかなとも思って……んー、言葉にすると難しいな」


 要は瑞希と二人で過ごす時間がもっと欲しいって事なんだろうな。変わったなぁ、俺。

 瑞希からの返答はなく、気になって横を見ると、耳を真っ赤にして俯いていた。


「え、どしたの。瑞希? 大丈夫か?」

「……じゃない」

「ん?」

「全然大丈夫じゃない!」


 繋いでいた手を離して、ぽこぽこと肩を叩いてくる。


「なになに!? どうした!?」

「ほんとあんたはもうそんなずるいことばかり! もうっ! バカ!」

「え、なんで? なんで俺怒られてるの!?」


 俺なんかまずい事言ったか? ……やっぱり女って分かんねぇ……。


「うるさい!」

「やめろって痛くないけど痛いだろ」

「で、でも! まあ! 緑がそう言うならそうしてやらんこともないわよ」

「はて? そうしてとは? 抽象的でわからんな」


 分かってて、俺は言う。


「だ! だからっ! 二人のじかんを……しょの……もう少し……」

「お! 志世たち走り始めたぞ!」

「き、きけぇぇぇ! ばかぁぁぁぁぁぁぁ!」

「へぶしっっっっ!!!!」


 自分のせいで殴られたので、自業自得というやつだ。



*****



それから、運動会は無事終わり、志世たちは親子リレーで一位を取った。


「志世、おめでとう。よかったな、お父さんと一位を取れて」

「うん! ありがとう! みどり!!」

「お、志世君偉いね! ちゃんとありがとう言えたね」

「みずきもありがとう!」


 子供はあっという間に成長していく。昨日できなかったことが次の日には出来るようになってしまう。本当に、瞬く間に。


「緑くん、瑞希さん、本当にありがとう」

「「いやいや、全然!」」

「私からも瑞希ちゃん、そして緑。ありがとう。こうしてこの場に皆がいられるのは二人の尽力があってこそだと思うわ。私は良い弟と良い義妹を持ったわ」


 深々と頭を下げ、頭を上げた姉は俺達の肩に手を置いて、ありがとうと反芻した。


「俺達も楽しかったから気にしなくていいよ」

「そうです。未来が楽しみにもなりました。だから気にしないでください」

「本当にありがとう」



 俺達はその場を後にし、ボロいいつものアパートに辿り着いた。


「はぁぁぁ、疲れたぁーーーー!」


 ベッドに倒れ込み、やっとありつけた休憩。急速に身体から力が抜けていくのが分かる。


「うぐっ!!」


 情けない声が漏れたのは倒れ込んですぐだった。

 瑞希が俺の上に覆いかぶさるように倒れてきて、抱きついてきたのだ。


「お疲れ様」

「瑞希も、お疲れ様」


 上に乗った瑞希を横に退かして、並ぶ。


「かっこよかった」

「そう言ってくれるのは瑞希だけだよ」

「私だけが言っていい特権よ」

「そうですか」

「さ、ご褒美あげないとね」

「うん、ご褒美。目瞑って?」


 素直に目を瞑ると、瑞希は俺にキスをした。


 ひとまずひと段落。

 まだまだやる事は沢山あるけれど、今はこの感触を、この時間を楽しむとしよう。




****




あとがき



お久しぶりです、えぐちです。

 

あんまり更新できなくてすいません。年の瀬というのもあり、忙しく中々時間が取れませんでした。


ひとまず、これにて今年の更新は終わりです。つまり、書き納めと言ったところでしょうか。


更新が遅くなりつつありますが、来年もよろしくお願いします。


では、よいお年を。




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結婚してからが、ラブコメ。 えぐち @eguchi1

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