5話 「奪うのは私じゃない⋯⋯君が私の全てを奪うんだ」
──生徒会室。
ノックをすると、「どうぞ」という声が中から聞こえた。僕の聞きたかった声⋯⋯ユウミ先輩の声だった。
ドアを開くと、そこには嬉しそうな、そして恍惚と勝利に満ちた表情のユウミ先輩がいた。手元には僕が持っているのと同じペットボトルのミルクティーがある。
ユウミ先輩はミルクティーを一口飲んでから置いてから立ち上がると、まるで『おいで』と言わんばかりに、両手を広げた。僕は何も言わず、まるで吸い込まれるようにしてユウミ先輩の前まで行くと、ユウミ先輩はその両手で優しく僕を包んでくれた。
「君ならここに来るって、信じていたよ。アヤトくん」
こうしてみると、ユウミ先輩は僕より少しだけ背が低くて、彼女はほんの少し僕を見上げていた。あの高潔な先輩が上目を遣って、少し甘えるような視線を僕に送っている。
昨日、監禁までされていたのに⋯⋯非人道的で屈辱的な扱いを受けたはずなのに、僕はそれを愛おしいと思ってしまって、自然と彼女の腰に腕を回していた。
「先輩⋯⋯」
ユウミ先輩を押し倒して、めちゃくちゃにしたい衝動に襲われた。でも、先輩は意外にも細くて僕の腕の中にすっぽり収まってしまっていて⋯⋯彼女は僕が思っていたより、遥かに弱くて柔らかくて、守ってあげたくなるような存在だった。
先輩はあまりにも甘美で危険だ。それはどこまでも甘くて、僕を奈落の底まで引きずり落とす術を知っていた。
それでも僕は、その甘さに逆らえなかった。このたったひと時の為なら、全てが壊れてもいい⋯⋯全てが奪われてもいいと、いや、先輩に全てを奪われる事を、望んでいたのだから。
「アヤトくん、君は勘違いをしている」
僕がそう考えていた時、先輩が僕の首に腕を回しながら、いつになく甘い声で囁いた。
まるで先輩は、僕の考えを見抜いているようだった。
「奪うのは私じゃない⋯⋯君が私の全てを奪うんだ」
君の好きにしてくれていいよ──彼女がそう付け足した時、僕の中で何かが弾けた。
その次の瞬間、気付いた時には⋯⋯僕らの口の中で、二人のミルクティーが
その瞬間、ミヤコが脳裏の笑顔が脳裏に浮かばなかったわけでない。浮かんだ。しっかりと。それでも、僕はこの欲求を抑えられなくて、先輩を全て奪いたくなってしまった。
嫌いなはずの甘ったるいミルクティーがこんなにも美味しくて、甘美で、魅力的なものだと知らなくて、僕は先輩の唇を貪った。
その甘く切ない香りと後味に飲み込まれた瞬間、僕は確信してしまった。
もう僕は、ユウミ先輩無しでは生きていけないという事に。
「さあ、おいで。昨日の続きをしよう」
僕は無言で頷いて⋯⋯先輩に身を委ねた。
◇◇◇
僕の下で喘ぎ苦しむ先輩は神秘的で、これ以上ないくらい妖艶で甘美だった。きっと、この世界でもっとも美しいものと触れているのだと思えた。
無我夢中で先輩を求めていた時、ふと耳元で先輩が呟いた。
「ユキくん⋯⋯」
きっと無意識だったのだろう。怪訝に彼女を見つめてみても、彼女は「どうした?」と首を傾げていた。名前を呟いたという自覚はなさそうだった。
───なんでもありません。
僕はそうとだけ返して、雄の本能に任せて、彼女を求め続けた。もう僕の頭の中には、ミヤコの存在なんて、欠片ほども残っていなかった。
ただ、どうして先輩は⋯⋯そんな悲しそうな顔をしているのか、どうしてその瞳には薄ら膜が張っているか⋯⋯それだけが気になった。
───ユキくんって、誰なんだろう?
僕の頭の中には、そんな疑問が湧いていた。
元カレか? と思ったが、多分違うように思う。
なぜなら、彼女は⋯⋯この時が〝初めて〟だったからだ。
意味がわからなかった。
でも、きっとそれは触れてはいけないのだと思う。彼女は何も言わないのだから。そして、ただ僕はただ彼女を求め、彼女は僕を求めているのだから。
だから⋯⋯僕は、全てを聞かなかった事にして、先輩の望みを叶えてあげる事に専念した。
薄らと残るミルクティーの香りを絡ませ合いながら、僕らはただ、その時間に溺れていった。
この選択が誤りである事を、自覚しながら。
【一旦完】
────────────────────────
【後書き】
お読みいただきありがとうございます。
久々の短編でした。続編を書きたい気もしなくもないのですが、今のペースでは僕が死んでしまいますので、一旦ここまでで終わりとします。
普段は以下の2本を更新しています。よかったら読んでみて下さい。
⇩本作みたいな主人公は嫌だ!という方はこちら⇩
『君との軌跡』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893209045
大好きな女の子の為に真っすぐ頑張る主人公の、綺麗な物語です。
⇩本作みたいな優柔不断でちょっとダメな主人公が良いという方はこちら⇩
『想い出と君の狭間で』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894968606
元カノと今カノの間を行ったり来たりしている主人公の、ちょっとドロッとした物語です。
幼馴染の知らない間に僕と先輩のミルクティーは目合っていた 九条蓮@MF文庫J『#壊れ君』発売中! @kujyo_writer
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