第7話 ダエワの王政復古⑥
「さて、王陛下。以下、御出でいただいた、貴顕の方々にまずは御礼申し上げる」
宴もたけなわ。
そんな中、あご髭の賢者……ガヌース・マッジャールが言った。
ごく普通にしゃべったように見えたが、広大な屋内庭園を囲む回廊全体にとおっている様子だ。
なにがしかの魔法だろう。
「方々もご覧になられている通り、ここには人があり、富があり、力がある」
その言は、この贅を尽くした宴をみれば、ひとまず正しいとは思える。
それが良い事なのかはまた別だが。
「今後とも、吾らはダエワを一つにまとめて行きたい。まとめて行くべきである。それこそがダエワの都をして、後々までこの世のすべて足らしめる道であろう。吾らと志を同じくする者をして、二十八賢人の一人とし、然るべき者を大賢人とせねばならない。貴顕の方々のご助力を賜りたい」
歓声と拍手が起こった。
まあ肝心であろう、サルル・ハトウの緞帳あたりは、静かなモノだったが。
続けて、双子の賢者が前に出る。
「さて、交易派はこう言う」
「吾らは、都に引きこもり、外の事を知らぬと言う」
「正当か?」
「正当か!」
双子は、交互に語りかける。これまた、先のガヌース・マッジャールと同じく、回廊全体にとおっている。
「無論違う」
「お見せしよう」
そして、双子の内の少女に見える方……シラン・マッジャールが進み出る。
中庭を指さし、横に振った。
そこここで、庭を覆う砂地が、波打ち、渦巻き始める。
やがて、中庭には、幾人もの人影が現れていた。
いずれもボロボロの衣服を着て、錆びた槍や剣、斧と言った武器を手にしている。
人相も悪い。
「これなるは?」
「吾らが捕えた、アラバヤ人の盗賊ども!」
双子が、それらの来歴を披露する。
「ふうむ。エルク・バウト……様。もしや、あの中庭の地面は、生きているのではないか?」
見ていたマルファが口を開いた。
それは、あまりに突拍子もない疑問であったが、エルク・バウトは肯定する。
「あたりです。シラン・マッジャール殿は、転命星を見たと噂されています。命令に忠実に従う仮初の命を持つモノを、作り出す魔法の達人ですよ」
「ふうむ。では、そうして作られるモノの中に、触手を多数持つ不気味なシロモノもあるのか?」
「ああ。それはハイドラですね。魔法で作り出す仮初の生き物にちがいありません。ダエワでは主に警戒警備に使っています」
「なるほど」
彼女は、あらためて、地面をにらみつけた。
一方、盗賊団の中、首領格らしき年かさの男が叫ぶ。
「おい賢者様!」
応じたのは双子の賢者だ。
「なにか?」
「なにか!」
二人の冷え切った目にも怯まず、盗賊は言う。
「戦って勝てば解放。間違いねえな?」
双子は
「疑うか?」
「疑うか!」
盗賊は舌打ちした。手下どもに発破をかける。
「やるぞ! 手前ら!」
冷笑を浮かべたまま、シラン・マッジャールが指を振った。
再び、砂が渦巻く。
地面が盛り上がる。
大きい。
我知らず、と言う感じで、盗賊どもが後退する。
それを見る、賢者たちの間からもどよめきが起こる。
「なんと。これは……」
アクル・トウンも驚いた。
それは、地面がそのまま盛り上がったように見える。ただし、よく見れば、その合間に目なり口なりあるのが分かる。
歪ではあるが人の形だ。
背丈はアクル・トウンより、さらに頭一つばかり大きい程度だ。だが横幅が、五か六倍はある。両の腕が、異様に太く長い。
「これなるは?」
「
アクル・トウンが、戦神イラバの神官に聞いた限りでは、山の獣に、死者の魂が憑りつき、現れる怪物と言う。
各種あるが、熊が変じたモノが一番恐ろしいと言う。
そして、目の前に居るのは、熊が変じた
かの双子の賢者は、そんな化け物を、捕え飼っていた、と言うのか?
まずその図体だけで、盗賊どもは凍りついたようだ。
その中で、最初に我に返ったのは、さすがに首領格の者だった。
「ボーっとしてるんじゃねえ! やるぞ手前ら!」
怒鳴りつける。だが手下どもは動かない。恐怖に怯んだままである。
首領格の男は迷わなかった。
手持ちの斧で、手近の盗賊を断つ。
「あぎゃあ!」
悲鳴。
そして撒き散らされる血が、他の盗賊どもに正気らしきモノを取り戻させたようだ。
首領格が命じる。
「行け!」
「おおおおおお!」
半分方、自棄が混ざっている様子もあるが、彼らは武器を構え、
世に蟷螂の斧と言う言葉があるが、まさにこの事だろう。
「あぎゃ!」
「ぐへ!」
「ひぎゃ!」
盗賊どもは、ハエのように潰されて行く。
だが、惨劇の合間を縫って、首領格の男が突進する。
斧を振りかぶり、
一瞬の歓喜。
そして絶望。
背を向け、逃走しかけた盗賊の首領格を、背後からつかむや、軽々と持ち上げる。
「ぎゃあああああああああ!」
そして、ぶちりぶちりと、四肢を千切り、口に放り込む。
「…………」
アクル・トウンは顔をしかめた。
こんなモノを見世物にする気がしれないのである。罪人であり、殺す必要があるにせよ、やりようはあるのではないか?
まあ、この場では少数意見のようなのだが。
「ひいいいいいい!」
まだ生きている盗賊どもが悲鳴を上げた。
手の中の武器を、中庭の土へ放り出し、後も見ずに走りだす。
賢者たちがたむろする、回廊の方へと一目散。
一見すると、何もないかに見える回廊の柱の間を、走り抜けようとした時だ。
「しびびびびびび!」
雷撃が、網のようになり盗賊どもをからめ捕った。
その命をたちまち奪い、その身体をズタボロの、炭のようなナニカに変えてしまう。
必然と言えば必然だ。
あの
ダエワ人たちはゲラゲラと笑っている。
まあ全員と言うわけでもないが。
「…………」
アクル・トウンは、己の雇主を見た。
エルク・バウトは渋い顔をしている。
いささかの安堵を禁じ得ない。
もし楽しんでいるようなら、離職も検討せねばならない。幸い、再就職先もあることだし。
「ひい。ひいひい」
進むもならず、退くもならずで、盗賊どもは涙をながして立ちすくむ。
それがまた、この都の賢者どもの笑いをさそっている。
その背に影が差した。
また血が散った。
「……なんですかね……」
アクル・トウンはつぶやいた。
「……ダエワの賢者様方は、蹂躙がお好みですかよ」
笑っているダエワ人を見渡す。
「ああ、どうもそのようですな」
「ほう?」
「ほう!」
そのダエワ人たちの一人。もとい一組……双子の賢者がその言を聞きとがめたようだ。
「意見があるか? グチ人よ」
「意見があるか! グチ人よ」
「意見と言うか、好みではない、と言うのは確かですよ。グチ人戦士の気風ではない」
巨漢の戦士は肩をすくめた。
「どうせなら、蹂躙でも虐殺でもない、闘争を見たいとよ」
「では卿が戦うか?」
「では卿が戦うか!」
「ははは」
アクル・トウンは笑った。
彼はゴタゴタを嫌う。敵が誰か分からないのを好まない。後ろから斬られるかも、と気を配らねばならないのを、面倒と感じているのだ。
このように、面と向かって分かりやすい敵と戦うのは、むしろ望むところである。
だが、まあ立場がある。
「今の
「ふむ」
エルク・バウトが顔を向ける。
うなずきで答えるアクル・トウン。
賢者は苦笑した。苦笑して言う。
「では、都のうらなりに、グチの戦士の勇武をみせてください」
「よろこんで」
彼は、中庭に……
その背に、マルファが声をかける。
「おおい。素手で行くのか?」
「問題無い。強いからよ」
手をあげ返す。
やがて先程、盗賊どもが雷にうたれた辺りに到る。
ちらり、と双子の賢者の方を見る。
少年の姿をした方……シタン・マッジャールが、冷笑と共に行け、と手を振った。
アクル・トウンは、
回廊の石畳が終わり、中庭の土を踏む。
口元を血に濡らしたままの怪物が、新たな獲物か? と言いたげにこちらを見ている。
――ここの所、気の乗らぬ事ばかりなのだよ。
アクル・トウンは笑顔を見せた。
牙剥くような獰猛な笑みだった。
もし彼が、他人の目つきに刃物の様だの大穴の様だの思っている事を知られたら、彼女と彼は言うだろう。
人の事が言えるのか、と。
巨漢は思う。
――思えば、兄貴とのゴタゴタからこっちずっとなのだよ。誰を倒せばよいのか分からんのは。
右の拳を、左肩にあてる。
「お相手願うのだよ。
名乗りつつ……まあ無意味だが、気分である……別の事を思う。
――いや、すまんのだよ。
戦神イラバの神官に聞いたところによれば、その咆哮には人の心を凍えさせる響きがある、と言う。
それに怯む事がなくなれば、まずは戦士として認めても良い、と。
吠えた後、
一飛びで、間合いに入り、右腕を振り回す。
だが、アクル・トウンも動いている。
こちらも飛び込み、間合いを消す。あちらの一撃は空振り。そして……
バシイ!
……弾くような左拳の一撃を、
その前進を止め、そして後退を忘れさせる。
怪物の、一瞬の忘我。
その隙に、アクル・トウンは歯を噛みしめた。
右の拳を握り込んだ。
右足で地面を踏み締めた。
腰を捻じり……
ズズン!
……その右拳を、
「……!……」
声にならない声が、マルファ、サルル・ハトウ王およびその不死隊ら、そこに居合わせた、腕に覚えの者どもから出る。
その一撃は、城門、ないし城壁を砕く、破城槌に及ぶのではないか?
アクル・トウンは後方に、軽く一飛びする。
避けたところに、
砂の煙が巻き上がる。
――まあ、これ、奴等からすれば、目を回した、程度のことなのだがよ。
グチ人の戦士は冷静だった。
経験があるのだ。
戦いの。
相手は
地面を蹴り、アクル・トウンは飛び上がる。
空中で、狙いを定める。
狙うは脊髄。
倒れた背に、背骨の盛り上がりが見える。
ぐしゃり
着地と同時に、蹴りを叩き込む。
落下と踏み込みの威力が一体となり、頑健なはずの
――手ごたえあり。
いや足ごたえと言うべきか?
「…………」
アクル・トウンは、踏みつけたまま、様子をうかがう。
擬態ではないと見極めるまでだ。
動かない。呼気の気配もまるでない。
彼は、
向き直り、拳を肩にあて、一礼する。
爽快であった。
全力を出すのは、つねにすがすがしい。
たとえそれが、血塗られた事であってもだ。
実のところ、そこに迷いを覚えるほどまでの善良さは無い。
「おっと」
振り向き気がつく。
回廊から、これを見ていたダエワ人たち、その従者たちが、黙り込んでいる。
アクル・トウンは肩をすくめた。
そして一同に向けて言った。
「面目次第もない! ダエワの賢者様方! 闘争をお見せするつもりであったが、結局は蹂躙になってしまったのだよ!」
爆発のような歓声が、それに答えた。
ファルワードヒストリー 宇佐見三太郎 @santarousami
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