第13話 守られた人
ここでお話しするのは、前話の続きのようにも見えますが、そんなに単純なことではないのだと気づかされました。
これは、私がカクヨムで交流させていただいている、ある作家様からお聞きした、学生の頃のお話です。
春休みのある朝、学校へ向かう彼女は、改札で定期が切れているのに気づきました。いつもなら東横線からJRに乗り継ぐのですが、その日は定期がないので、中目黒駅で地下鉄に乗り継ぐことにしました。地下鉄の駅の方が部室に近いのと、料金も安くなるからです。
しかし、その駅から中目黒駅までの、たった5分の間に、立っていられないほどの強烈な頭痛と吐き気が彼女を襲います。「あの時の体調変化は四半世紀が経とう、という時間の中でも二度とない、突然で猛烈で、異常なものだった」と彼女は語っています。その電車を降りて、乗り換えるためにホームを横切る10歩ほども、やっとの思いで歩き、一度は車両に乗り込んだものの
その後、その方の足がその車両に乗り込むのが見えたそうです。それが、中目黒7時59分発、東武動物公園行き先頭車両だったのです。地下鉄サリン事件でサリンがまかれた車両の一つです。
ここまでお読みになれば、彼女がその後どんな思いで生きてこられたか、想像していただけるかと思います。しかしながら、この度お話を聞いて、実際に経験していない私たちには想像が及ばないほどの思いをしていらっしゃることがわかりました。ご自身が車両を降りたことでできた空間に、別の人が乗ったというイメージすら彼女を苦しめているのです。
彼女はそのあと、地下鉄に乗る気がせず、いつもの経路で学校に行き、事件に遭遇することはありませんでした。それも偶然ではなく、彼女は守られていたように思います。
更に、守られていたのは、彼女だけではありませんでした。彼女のご親戚は、御巣鷹山と聞いたら思い出す、あの、日航機墜落事故の乗客名簿に名前があったそうです。しかし、搭乗直前にキャンセルをしていたため、事なきを得たそうです。ご先祖様が知らせてくれたのでしょうか? いづれにせよ、ギリギリのところで誰かに守られているように思います。
他にも災難から守られた方がいらっしゃるのを思い出しました。かつての職場でお世話になっていた関西のメーカーの営業の方は、阪神淡路大震災の時、ちょうど広島に出張していて無事でしたが、自宅に帰ってみたら自分が寝ているはずのところに箪笥が倒れていたとおっしゃっていました。主人の後輩も、阪神淡路大震災に遭い、逃げるとき、建物の下敷きになった人の「助けて」という声が聞こえているのに、何もできず逃げるしかなかったそうです。ずっとそのことに悩まされていらっしゃいました。それは小学生の頃に読んだ「はだしのゲン」のワンシーンと同じでした。8月6日が近づくたびにテレビなどで見る原爆の体験では残された人の罪悪感など、苦しい胸の内が語られることがたくさんあります。朝ドラの「おかえりモネ」では、津波を見ていないモネが苦しんでいました。私はこの度、無事だった人に、その背景を知らずに「無事でよかったね」などと言ってはいけないと感じました。
天災は避けようがありませんが、避難指示を早めに受け入れて無駄になってもいいから非難することはできます。しかし、サリン事件や原爆は人が起こすもの。人が起こさなければ避けられるものなのです。本当の幸せや、世界平和に向かうにはどうすればいいのでしょう? 私たち一人一人がゆるし合い、仲良く暮らすことが基本なのではないかと思います。この地球上から、恨み、妬み、欲、その他、汚い心が消えて、清らかな心で包まれたら、地球もご機嫌が直って、災害が減るのではないかしらと思う今日この頃です。まずはそう思った私から、行動に移していこうと思いました。
世界はいろんな人生でできている 楠瀬スミレ @sumire_130
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