第n-1話 番外:ぺいくりぃむ Feat.サイバーパンク

「出てこい、便利屋マルチローラー! この辺にいるのは分かってるんだ!」


 混沌と違法増築されたメガタワーの高層階。飛び込んだ物陰でを振り出すとソイツは精魂尽き果てた様相だった。八連装の弾倉だが、電磁ナイフ持ったムカデ外骨格ねーちゃんにぶっ放したゴム弾が七つ。予備はない。──クソが。ケチるんじゃなかった。


「こそこそ隠れるんじゃねー! この弱虫! 童貞!」


「誰が童貞じゃボケェ!」


 あっ。しまった……。精一杯の虚勢が彼女の反射神経の前に儚く消えていく。童貞ちゃうわい。


「ケッケッケ。無理するから──」


「これでも喰らえ!」


「おわっ!?」


 足元のジュース缶。攻撃力ゼロ。


「オラァ、オラァ!!」


「ちっ……! ジタバタすんじゃねえっ!」


 ペットボトル! 石ころ! とっときのチョコバー! ははは。ぜーんぶ斬られてやんの。もう泣きそう。しかもそうしてる間にもアイツはこっちに迫ってくる。


 峰打ちスタンモードか。見た目の割りに優しいんだな。まあ、気絶するんだろうけど。


「おらあああっ!」


 アカン。もうアカン。これは詰んだ。俺は覚悟を決めて目を瞑った。


「──う!」


 ……う? 一向にその瞬間がやってこないのでちらりと見ると、そいつは空中で固まっていた。


 極太のワイヤーで飛びかかったときの格好のまま雁字搦めにされている。これは……。


「こんにちは」


 来た。本命ターゲットのお出ましだ!


「私はレイナード品質管理部門追跡課、スパイダー隊隊長『apeエイプ』です。あなたが所持または装着しているギアは盗品です。速やかに返却してください」


「れ、レイナード!? あたしレイナードのギアなんて持ってないっす!」


 高級志向のバイオテック企業、レイナードの義体ギア部門の噂は知らんやつがいないだろう。横流しや窃盗なんぞを見つけ次第に飛んでくるって話だが、その出で立ちたるや強化外骨格エクソスケルトンというよりマニピュレータの塊に色白の女の子が生えてると言ったほうが近かった。


 スパイダー隊の名に恥じぬキングサイズの油圧シリンダーが四本。インプラント受信素子ウェイブセンサーが三セット。拡張演算装置EPUも八コアの一級品。隙のない完璧な戦闘兵器だ。それがじろりと一瞥をくれている。


「あなたが所持または装着しているギアは盗品です。速やかに返却してください」


「いやいやいやいや! だから持ってないって!」


「……あなたの所持または装着しているギアは」


「持ってない!!」


 定形会話支援ボットトークかよ。自分で考えて話さないなんて、そんなことしてるんじゃもうロボットと変わんないだろうが。


 そんなロボットスパイダーに睨まれて縮み上がるムカデと、蚊帳の外の俺。いや、ガッツリ巻き込まれてるんだけどな。


 俺だってできるなら逃げたい。が、そんな訳には行かんのだよ。


「いかなる理由でも情報提供とギアの返却にご協力いただけない場合は武力の行使も──」


「話を聞けっす! この企業の犬ぅ!」


「……犬ではありません。私はレイナード品質管理部門追跡課、スパイダー隊隊長『apeエイプ』です」


「最大許容待機時間を超過しました。これが最終警告です。これより三十秒以内に返却しなければ武力を行使。強制的に回収します。二十九、二十八……」


「た、助けて! 助けて下さい!!」 


「ボット切ってもらったらいいだろ」


「助けて!! 助けてーっ!!!」


 大の大人が泣くなって。


 しょうがねえな……。まあ、相手が悪いわ。犬じゃなくてエイプ。見た目は蜘蛛。中身はボット。これいかに?


「なあ、おい。こんな会話までボットに任すのがレイナードのやり方なの? これじゃ埒が明かないだろ」


「えーと、レイナードのボットだから……。『リクエスト:プログラムアボート』悪いんだけどそれ一旦切ってくれる?


「……ユーザーがリクエストを了承しました。プログラムを終了します。──ん、ごめんなさい。ちょっとライブラリが古くて」


 表情まで変わったぞ。どこまでぐうたらなんだ。


「ううう、怖かった。怖かったよ……。──こっちは持ってないっていってんじゃんかぁ!」


「その……。泥棒さんかと思ってボット使っちゃってて。もしそうならこの程度の仕事はで問題ないんです」


「あたしはただの運び屋トランポ! そんでこのは商用多脚! レイナードはこんなの作ってないでしょ!」


 なるほどな。この運び屋ちゃんを泥棒と決め打ちしてかかってたのか。そりゃ確かに大間違いだ。盗んだ黒幕は他にいるんだから。


「でもあなたから反応があるんです。リュックの中を見せてもらえませんか?」


「やだ! ……まずこれほどいてよ! 順番が違うでしょ! 人縛っておきながらモノ頼むなんてどういう──」


「プログラム起動しますねー」


「ひいっ!?」


「こら、いい加減にしろっ」


「──ぴゃ!」


 いかん。つい手が。オールドスクールなげんこつの感触からするにこいつは首周りも軍用グレードのシロモノだ。戦車に撃たれても首だけ残るだろうな……。


「痛いなあ、なにするんですか!」


「こっちのセリフだよ、君のせいで話が前に進まないだろ!」


「私は品物さえ手に入ればそれでいいんです。邪魔しないでください!」


「かーっ! 聞いた今の!? もう絶対渡さない! 死んでも渡すもんか!」


 そらみろ! 拗れに拗れたぞ。ったく仕事増やしやがって!


「──あーもー! 落ち着け、ふたりとも落ち着け! 暴れるな! ボットに頼るな!!」


───────


「要するに、だ」


 埃の積もった床に描いた絵を金棒で指しつつ、俺はトランポとレイナードの手先を見据えた。


「トランポちゃんは品の輸送費さえ貰えればいい」


「そんで、ものぐさのおねーちゃんは品が欲しい」


「ものぐさじゃありません」


「いやものぐさでしょ!」


「喧嘩すんな。聞けって。おい、聞けよ! いいか?」


 金棒でコンクリをたたきつつ、こんどは三すくみの絵の俺を指す。


「俺はだな、その品にまつわる情報を聞きたいだけだ。できればトランポちゃんとものぐさちゃん両方に。そのためには金も払うつもりだ。情報さえ手に入ればいいから、受け取った品はものぐさちゃんに渡してやる」


「だからまず俺がトランポちゃんにものぐさちゃん分の代金を支払うだろ? で、トランポちゃんは俺に納品してこの仕事を終える。そんで、ものぐさちゃんは俺に送料分の情報を流して品を受け取る……。と。こんな感じだな」


 ここまで説明して、やっとトランポちゃんの表情から怪訝さが消えた。レイナードの蜘蛛っ子ももう一押しってとこだな。


「あー、だから追っかけてきたんだ……。追い剥ぎかなって」


「すまんね驚かせて。仕事なんでな」


「むー。このお話、私になにかいいことがあるんですか? 別に力づくでもらってもいいんですけど」


「それだとこんどは君が泥棒になるぞ」


「そ。あたしの手で渡してサイン貰わないとに通報される仕組みになってるよ」


「管理本部?」


「うちと提携してる警備会社だよ。輸送セキュリティ担当の部隊がいるから、相手がおねーさんなら一個小隊くらい来るんじゃないかな」


「むう……」


「正直、『この状態』にされただけでも充分呼べるんだけどねー。どーしよーかなー」


 いくらレイナードの最新型でも一個小隊をここで相手にするのは分が悪いんだろう。

露骨に表情が曇った。


「意地悪言ってやるな……。そんでものぐさちゃん、君は早いとこ解いてやった方がいい。面倒事はゴメンだろ」


「だからものぐさじゃ……! んー、わかりましたよ。ただし逃げたらプロトコルに従って対処しますからね」


「今更逃げたりしないって! ったく、なんであたしがこんな目に……!」


「よっこらせ」


 ものぐさちゃんが指先を鳴らすと、床やら天井やらに打ち込まれたアンカーがひとりでに外れた。


「ひえ!? ──痛ぁー!!」


 哀れトランポちゃん。床に落ちるわアンカーが当たるわ。散々だな。


「……あのさ。全部一気に外したら全部落ちるに決まってんじゃん。もっと優しくしてよ」


「そんなこと考慮してませんもん」


「今に訴えられるよ。なんか考えといたほうがいいって。ワイヤーにクッション巻くとかさ……」


 もう少しばかりから解放された喜びを噛み締めるのかと思いきや、彼女は素直に埃を払うとリュックを下ろして中身を漁り始めた。


 まあスゴイ。出るわ出るわ。クッキー缶、工具に掃除機、パン一斤……。こいつホントにトランポか? ジャンカーの間違いじゃねえのか。


「そんなモノまで運ぶのか?」


「地場専門・地域密着が売りなんだ。買い物に行けない人の手伝いもするんだよ」


「なんだかおつかいみたいです。ほんとにそれでお金になるんですか?」


「むっ……!? 失礼な! こっちはそのおつかいに命賭けてるんだよ。今の取り消してもらっていい?」


「ご、ごめんなさい……」


 うむ。今のは蜘蛛っ娘が悪い。


「ったく。ええと、これ? それともこれ?」


「それです。信号が出てます」


 そういって取り出したのは味も素っ気もない包装の箱。L1-Eビル八十階に住む『ジロウ・ソウダ』へ、『カモ酒造』から『シンセティック・サケ・セット』……。L1-Eビルってのはここだ。この打ち捨てられたビルのことだ。ここの八十階? もっとマシな嘘を付けよ。


「やっぱりなあ。やけに重いし変だと思ったんだよなあ……。本部に連絡しなきゃ」


「それ以前に宛先で気が付かなかったのか?」


「気にはなってたけど、こういうとこに無断で住んでる人もいるからね」


「マトモなやつじゃないな」


「毎回緊張して寿命が縮むよ……。で、おねーさん。これがおねーさんの狙ってた品の送料だよ」


「──こんなに!?」


 トランポちゃんがおねーさんに見せつけたのは旧式のホロボード。これに名前を書くと正式にデータ上の所有権が移るわけだな。


「わかったでしょ? それがあたしの仕事なの。言っておくけど、その金額分のデウス・トークン地域通貨で払ってもらわないと渡せないからね。渡せないとなると困るのはおねーさん。で、ひったくっても困るのはおねーさん。さあどうする?」


「払うのは私じゃありません」


「こら。頭くらい下げろよ。じゃなきゃ払わないぞ。君も君の会社もデウス・トークンなんて持ってないだろ」


 ……『あ、バレた』みたいな顔してんじゃないよ。なんて無礼なやつだ。これだからサイバネ人間は。


「ほら、早く」


「……迷惑かけてごめんなさい。すみませんでした」


「……んー。まあ、おねーさんに言いたいことは山ほどあるけど今回だけはそこのおにーさんに免じて許してあげるよ」


 形勢逆転、水を得た魚。ムカデだけど。電子タバコまでふかして余裕の表情だ。

 

「……で、いくらなんだい?」


「あい、こちらっす」


 重量割増、高層階特別料金、冷蔵便、保証サービス。まあ、品名も宛先も嘘書いてるから意味はねえけど。こんだけフルオプションなら妥当な値段だな。


 ギアが俺の知らぬうちにレイナードに渡ればいよいよ手がかりがなくなっちまうから、それからすれば安いもんだわ。


「じゃ、情報料乗せとくからあとで話聞かせてくれよな」


「……こんなに!? いいんすか!?」


「追っかけ回しちまったしな。こんなことに巻き込んだ迷惑料込みだ。すまんかった」


「いーえいーえ、大丈夫っす。あ、気をつけて持ってください。底が抜けそうなんで」


 ホロボードに名前を書くと品に貼ってある伝票が緑色に変わった。これで一旦俺のものだ。


「ぐっ……!?」


 ……これサケセットにしては重すぎるぞ! もっとマシな嘘をつけよ。ダンベルとかさ。


 そんな荷物に悪戦苦闘しているのに、なにやら後ろで身じろぎする気配を感じた。相手してやらんといかんな。


 荷物をおろして、防刃コートの背中をめくりあげてから優しく声をかけた。


「やめとけねーちゃん。俺はそんな手食うほど素人じゃないぜ」


「かっ、隠しナイフ……! この卑怯者! レイナードの犬!」


「──ちぇっ。ほんとに生身なんですか? 後ろにカメラついてませんか?」


「ねえよ。でも備えなしに君に挑むわけ無いだろ」


 俺の腰にくくりつけている電磁パルス手榴弾の紐を引けば四発が少しずつ間隔を開けて爆発する。違う周波数・波形で連続して電気系統へトドメを刺す文字通りの最終兵器だ。


 俺は生身だからやけどするくらいだろうが、この距離なら君は確実にダメになるだろう。


「下手なことすりゃもパアだぞ。諦めな」


 ため息。それから彼女はナイフをホルスターに戻した。


「わかりましたよ。それで、お望みの情報は?」


「このギアが最後に使われたときの位置情報が欲しいんだ。頼めるか」


「調べてみます」


 短く返事をすると彼女はギアの箱を見て考え込んだ。俺には何も見えないが膨大な量のデータを抱えて探しているに違いない。その間にこっちの聞き込みも済ませるとしようか。


「……あの、すんませんけど。それそんなに価値のある情報なんすか?」


「ギアの顧客情報を奪いにレイナードのサーバーにハッキングしたスパイがいたんだが、次の日蜂の巣になって見つかってな。今のところレイナードのギアに関する情報は社員の中でも一握りしかアクセスできないことになってるんだ」


「ところで、君にも質問していいか」


「あ、ハイ。何でしょう」


「これ持ってきたヤツの特徴を知りたいんだ。覚えてるか?」


 彼女も空を仰いだ。落ち着くために吸っていた電子タバコの爽やかなミントがあたりに漂う。


「えーと。髪は黒で──」


「む……。あの、ちょっと良いですか。これ見てください」


……『シュプリーム・シュークリー厶割引券』? 昨日で期限が切れてるじゃねーか。どういうつもりだ?


「あ……。そっちじゃなくて裏です。裏」


「ふむ」


 なんだこりゃ? 同じシリアルナンバーの個体が二つ。しかも登録情報未登録? これ中古だぞ。少なくとも四人に使われてるガタガタのギアだってのに。


「こんなことってあるの?」


「いや、ありえませんね。何かへンです。正規品じゃないのかな……」


「──二人とも! なんか来る!」


「なんかってなんだ。なんだよ?」


「重そうな足音……。重装備の連中がこっちに向かってきてる!」


 別になにも聞こえないが──。


「危ない!」


 蜘蛛さんに首を引かれてのけぞったそのスペースを何かが掠めていく。


 無音弾サイレントバレット……!? こんなの使う連中に追われる覚えはねえ!


「クソ、どこからだ!?」


「あのビルからです。あなたたちは隠れたほうがいいですよ」


「か、隠れるったってどこに!? 階段の方からも来てるのに!」


「じゃ、こっち来てください」


「──ちょ、わっ!?」


 ビビり倒すトランポをものぐさちゃんが無理やり引っ張っていくのを追いかければ、背後から聞こえてくるのは無音弾サイレントバレットの弾ける音。今回ばかりは生きて帰れねえかもしれねえ……。


「おい! 居たぞ!!」


「残念。居ねーよ」


 懐から引っ張り出したサイドアーム、四四短手槍スナブノーズ・リボルバーが火を吹く。旧式とはいえ大口径だからな。不意打ちを顔面へ食らったサイバネ顔面野郎はそのまま階段を転がり落ちていった。


 ……あの装備じゃこんなの効かんだろうな。ま、時間稼ぎくらいにはなるだろ。


「ひぃぃい! わー! 怖いよー!! 帰りたいー!!」


「泣いてないで足動かさないとほんとに死にますよ。ほらほら」


「ちっ、ほんとに逃げ場がねえな……。おい、蜘蛛っ子! なんとかして隣に飛べないか!?」


「……爆開ブリーチ


 彼女が壁に向かい合った瞬間、ビルが揺れて爆音がした。マニピュレータによるフルパワー・パンチだ。壁が一枚跡形もなく吹き飛ばされて強い風が吹き込んできた。


 あっけにとられる俺達を尻目に淡々とワイヤーが発射され、わずか三十秒ほどで隣のビルへのロープウェイができた。やるじゃねーか。


「完璧ですね。さ、どうぞ?」


「えっ、ちょ、待って! 高い!」


「当たり前じゃないですか。高層ビルなんですから」


「や、やだ! 怖い! 高──」


「いってらっしゃーい♡」


「──いゃあぁぁぁー!」


 やけに強くマニピュレータのブーストが掛かったトランポちゃんは空母のカタパルトよろしく数百メートルを飛んでいった。あの勢いだと向こうで止まれるかが問題だな……。


「おい、ものぐさちゃん。約束の品だ。それとこれもやるよ」


 シュプリーム・シュークリームのクーポン、昨日ポストに入ってたんだ。まさか役に立つとはな。


「……。確かに。じゃ、背中は任せてください。クーポン分、ここから隣までは援護します」


「助かるぜ」


 短いアイコンタクト。ほんの少しだけ彼女が微笑んだ気がした。


「こっちだ! 捕まえろ!」


「……早く!」



「──うわーっ!!」



────────



「うわーっ!?」


……あ、あれ? 見慣れた風景だな。


「びっくりしたぁ……。どうしたんですか。うなされてましたよ」


「……おう。高いところからバンジーよ」


 今何時? 昼!? なんだ。クソ、嫌んなるくらい鮮明だったぞ。


「あー、ありますよねそういう夢。私もすごい夢見ちゃって」


「へえ?」


「サイボーグだったんです」


「ふーん。──サイボーグ?」


「腕が全部ロボットアームで黒色のかっこいい衣装を着てて。まるで映画みたいだったんです」


 夢……。夢、なんだよな? おかしいな。


「ひょっとして俺居た?」


「いましたよ! 探偵さんみたいなカッコしてました。なんでわかるんですか?」


「おんなじ夢だわ」


「──へ?」


「九十九間さん居たろ」


「ええ」


「で、君はレイナードってとこの兵士」


「……名前は覚えてないですけど、そんな感じだったような」


「そんで俺は君に取引を持ちかけた」


「すごい、全部当たってます……!」


 やっぱりか。


「すんませーん、センチぺ急便ですー」


「てことはひょっとして」


「聞くだけ聞いてみよう。──今行きまーす!」


 ドアを開けば相変わらず健康そうな肌。そして……メガネ? はて。──失礼ですがお名前は? 九十九間さん。へえ。普段はコンタクトなのかな。


 どう見ても共演しております。本当にありがとうございました。


「こんちわーす。……わあ、ペイやんちゃんとお揃いのパジャマ。お似合いですよぉ」


「あの、変なこと聞くようなんだけど。今朝の夢に僕ら出てきませんでした?」


「んー……? あんまり覚えてないです。なんかすごい高いビルから飛び降りたような感じがして飛び起きちゃって……」


 眠そうだな、大丈夫かな。車も止め方が雑だ。


「ふぁーあ……。──あぁ、ごめんなさい。ここにサインお願いします」


「大丈夫です?」


「全然寝れてないんです。めちゃくちゃ怖くて目が冴えちゃって……。遅刻ギリギリで家出たんでコンタクト忘れちゃいました」


 あんなビルから飛んだりすりゃ無理もないわ。銃撃されてたし。


 今にも船を漕ぎそうな九十九間さん。そこへ俺の背中に二回のノック。満身創痍の彼女を見かねたペイやんが後ろで布団を引いていた。


「ユウさん、ちょっと休憩したほうがいいですよ。上がっていきますか? お布団引いたんで」


「──ホント? 助かる……。ちょうどこれでお昼休憩だから。四十五分したら起こしてー」


 ペイやんに促されるまま布団に倒れ込む九十九間さん。数分もしないうちに軽やかな寝息が聞こえてきた。


「ただでさえハードワークなのに寝不足じゃふらつくよな」


「こんなユウさん初めて見ました……」


 よほど夢見が悪かったと見える。高いとこ苦手なんだろうか? ムカデといえば壁も登れるイメージだが。


 ムカデのおねーさんである九十九間さんだが、何もかんも完璧にムカデのままってわけじゃないんだな。


「……九十九間さんに噛まれたらやっぱり腫れるのかね」


「ユウさんそんなことしませんよ」


「んぐ……」


 寝返り。いつもは元気一杯のサインみたいな触覚だが、打って変わってふにゃふにゃだ。ペイやんもそうだが雰囲気がわかりやすくて面白い。


「……あなた。他の人をジロジロ見るのやめてくださいってば」


「はいはい、君が一番だよ。素敵素敵」


──痛ェ! ああっ!!


「んー? 心がこもってませんねえ。もう一回」


「いててててっ」


 無慈悲な蜘蛛腕クロー(端部丸め処理済)。あまり声出して暴れると九十九間さんを起こしてしまうが、この痛みはいかんともしがたい。


「ほら、なんでしたっけ?」


「君が一番だ! 素敵だよ!」


「うんうん。そうですよね♡」


 くそ、安易に暴力へ訴えやがって。この子、こないだの"濡れ衣浮気事件"以来すぐこうやって拘束してくるんだよ。食われないだけマシなのかもしれんけどさ……。


「あなたは私だけ見ればいいんです。そうあるべきなんですから。私のつがいになったからにはそういう使命があるんですよ?」


「おい、つがい言うな。お互い人間だろ」


「じゃあ何ていうんですか。まさか今更私のこと彼女だなんて言いませんよね?」


 うっ……。確かに彼氏彼女の関係は越している気はするが、まだ結婚してはない……。これ何ていうんだ? 事実婚状態?


「……おー?? ちょーっと、何グズグズしてんすか。えー? さっさと結婚しちゃえばいいじゃないすか!」


「そーですよ。そうですそうです!」


「嘘だろ、起きてたのかよ!」


 夢の中よろしくヒートアップしてきた彼女たちに責め立てられながら、今まさにないがしろにしていたその事実に向き合わされている。


 俺もいよいよ決心を固める時が来たようだ。


 ──よし。


 俺は二人を前に、ゆっくりと口を開いた。

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Hoppin' Like "Spring" みずた まり(不観旅 街里) @Mizuta_Mari

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