第三話
ポッドというのは公共交通機関で、予約しておくと指定した時間に指定した場所にやってくる。
予約した乗車人数次第でやってくるポッドの大きさが変わるし、複数のポッドを連結して長距離移動することもできれば、恒星間移動の場合にはそのまま宇宙船の座席として使用できるようになっていた。
家を出ると玄関先に既に一人乗りポッドが待機していたので、そのまま乗り込む。予約した場所まで全自動で動くし、料金は事後請求だから、私がやることはなにもない。ただぼんやりと外の景色を眺める。
緊急の呼び出しとはいえ、その内容が分からないのでは緊張のしようがない。
十五分ぐらいすると、町中心部の官公庁街にある古ぼけたビルに到着する。
友人のアンドレイ・マクファーソンが勤務している厚生労働省マン=マシン共生局のはそこの一階で、入口の前には警備のアンドロイドが立っていた。
大半のことがネットワークの中で完結してしまうこの時代において、客が来ることを前提としているのは医療機関か政府機関ぐらいだろう。
医者や私のような心理調律士も、簡単な診察や調律はオンラインが主流になりはじめていたから、先々は役所くらいしか残らないに違いない。そんなことを考えながら、入口に近づく。
アンドロイドは
「止まって頂けますか?」
と、申し訳なさそうな顔で制止された。
これで、私がここに呼ばれた理由が割と深刻なものであることを悟る。警戒レベルが上がっているからだ。
「お名前をお願いします」
「佐々木稔――汎用生体認証は終わっているはずだと思うけど、」
「いじめないで下さいよ」
「いじめてないよ。マン=マシン共生局の入口なんだから」
「
「どうぞ」
ニールが右手を伸ばして行き先を示す。私は頷いてビルに入った。
ところが、その後も受付のアンドロイドに制止されて、迎えがくるまで受付の前にあるソファに座ることになった。ということは、アンドレイのオフィスが目的地ではないことになる。
彼の職場なら目隠しされても移動できるほどに知悉しているからだ。それとも単独でうろうろされると不味いということだろうか。
兎にも角にも、しばらく所在なく硬めのソファに腰掛けていると、
「ああ、急に呼び出して済まない、ミノル。ちょっとやっかいな事案が発生したのでね」
と、だいぶ離れたところから大きな声でそう言いながら、アンドレイがやってきた。
毎度、役所にあるまじき態度だと思うのだが、彼の特徴でもある。それに彼は、本当に不味い話は大声ではやらない。どう考えても不味そうに聞こえる話を、大きな声でやっている時は、大抵がブラフだ。
「ちょっと歩くが、いいかな?」
アンドレイは申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、話している声にはその様子が全く感じられないという高度な技を使いながら、ビルの内側にある下り階段のほうに向かってゆく。
私は思わず尋ねた。
「外ではなく?」
「外ではないよ」
アンドレイが、至極真面目な声でそう答える。いちいち印象を変えてくるあたりが食えない。
「分かったよ」
私は黙って彼の後ろについてゆくことにした。
階段を二階分降りてから、左手方向に続く廊下を歩く。二百メートルほど先に、警備員が待機しているゲートがあり、その前でまた汎用生体認証による本人確認があった。
汎用生体認証というのは、個人の指紋、声紋、網膜パターン、脳内シナプスパターン等々の固有生体情報をフルに用いた個人認証システムのことだが、ゲート上で全身をスキャンするだけのことなのですぐに終わる。
「どうぞ」
と、厳めしい顔の警備員が厳めしい声で言ったので、私は彼が人間であることに気がついた。これも珍しいことである。人間の警備員を見たのは随分と久しぶりだ。
その後、アンドレイはさらに階段を二階分降り、数百メートルほど歩いた。再び警備員付きのゲート前に出る。こちらも人間である。
次第に私の内部でストレスが鎌首を持ち上げてきた。この警戒の厳重さは尋常ではない。胃が軽く痛み始める。
そのことに気がついているはずなのに、アンドレイは何も言わずに前を歩いている。
――これはもう、既定の報酬のほかに食事三回分は要求しないといけないな。
と考えていると、急にアンドレイが右手側にあった扉の前で立ち止まった。
そして、私のほうを振り向くと、
「ここだ」
と緊張した声で言った。目が笑っていない。これも普段陽気な彼には珍しいことである。
「で、何をすればいいんだ?」
私は尋ねる。緊張で少しだけ語尾がかすれてしまったが、アンドレイはそれを笑わなかった。
真剣な表情で、彼は言った。
「今回の依頼はいたって簡単だ。中にいる人物と話をして、その印象を後で聞かせてほしい」
確かにシンプルな依頼であったが、それに至るまでの大仰さが、その内容の重大さを物語っている。
そのため、私も無駄なことは言わないことにした。
「分かった」
「頼む」
アンドレイはそう短く応じると、さらに先にあるドアのほうへと向かっていった。
私は息を大きく吸う。これは落ち着くための最良の手段である。
そして、目の前のドアを見つめた。
どこにも、ドアを開けるためのノブや取っ手が付いていない。
自分では開けられないということだろう。
それで「おや」を戸惑った途端に、ドアが開いた。
小さく息を吸って、中に入る。
私の身体が通り過ぎたとたんにドアは閉まる。
前方、三歩ぐらい先にまたドアがある。
そこに近づいて一呼吸分待つと、そのドアが開く。
そして、中の様子を見た私は、想定外の光景に驚く。
そこには、見た目五歳ぐらいの少女だけが一人ぽつんと椅子に座っていた。
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