第19話 エピローグ

 九龍会、人工島支部。


「どうも、これからよろしくお願いします。阿久津です」


 全身を金色で統一した男、阿久津が若衆たちの前で頭を下げた。


「しかしいいのか、ウエストグール解散させてまで、うちに来るなんてよ」

「百瀬さんが殺されたのは俺の落ち度でもあるんでね。それに、近いうちにはこっちに来るつもりでしたから、ちょっと早まったってだけのことです」


 憎たらしい顔つきのインテリヤクザは、それっぽく小指で眼鏡を押し上げた。自分の中では、これが精一杯の頭いいキャラアピールなのである。


「あとまあ、愚連隊ってのも簡単じゃなくなってきたんで、そろそろ潮時かなって。俺、稼ぐの趣味なんですよ。シノギで稼ぐのも良かったんですけど、百瀬さんが殺された今となっては、そうと言ってられないですし」


 九龍会きっての武闘派幹部、百瀬。彼は愚連隊同士の潰し合いを加速させるため、『玄野優』たちによってビル内に火炎瓶を投げ込まれ、運悪く焼死してしまった。


 今まで何度もウエストグールを使って成果を上げていたがために、九龍会にとっては中々の痛手となっている。


 いま人工島には若手構成員しかおらず、あまりにも力が弱まってしまっていた。そんな穴埋めとして、何かと助力していたウエストグールのリーダー、阿久津が上がってきたのである。


「だがなぁ、ウエストグールが消えたとなりゃあ、ボトムの天下じゃねぇか。シノギもなくなって、むしろマイナスなんじゃねぇか?」

「くくく、そっちの方はご心配なく。ボトムも今回の一件でのダメージがでかくて、しばらくは大人しくしてるつもりみたいですよ。あの赤い怪物も、病院で寝てますしね。まあ、だからといって殺すのは無理でしょうけど」


 けらけらと笑いながら、阿久津は革張りの椅子に腰を落とした。

 一連の事件での『玄野優』の暗躍によって、愚連隊や重みを再認識してしまったらしい。


「しかし、これから忙しくなりそうですね。なんてったって、色々と尻拭いしなきゃですし。特にチャカの方とか」

「九龍会の若いのにも、その玄野優ってのが潜伏してたらしいからな。本土にいる上層部にバレる前に、早いところ片付けておかねぇとだ」

「あっ、そういやその玄野優ですが、全員回収できたんですか?」

「うちとウエストのネズミなら、今もこの支部で管理してる。まあ色々と吐いてもらったら、後で海にでも沈めとくがな。お前もそうならないように、今後は謹んで動けよ」

「うぃっす! 了解でぇす!」

「まずはその舐めた口調からどうにかしろ」


 若衆の額に、血管が浮き出た。




 人工島、地下街。


 バンの中で少女が体を伸ばしていた。


「新渡戸さん、服が裏表逆です」

「黙れ。これが私のニューファッションだ」

「いや、素直に間違ったって言えばいいじゃないですか」


 パーカーを裏にしたまま羽織る少女、新渡戸を前に、ドレッドヘアの外国人、ラディッシュはため息をこぼした。


「お前は私を全肯定していればいいんだよ」

「なんなんですか、それじゃただの信者でしょうに」

「いいんだよ、それで。私がルールだ」

「はぁ、どっかのガキ大将にでもなったつもりですか?」

「お前に言われたくない。ジャンボでヘヴィな体してるくせに、いちいち細かいんだよ」

「上が服を反対に来てたら、下のもんに示しがつかないでしょう」

「あーあー、聞こえませーん」

「子供か!」


 耳を押さえて惚ける新渡戸に、思わずツッコミを入れるラディッシュ。


「あっ、そうだ。ウエストグールも消えたことだし、うちは少し間引きしておこう。今回の一件で、内部の毒物の脅威がわかったからな。それと今後は賭けも中止だ。玄野優とかいうやつらのせいで、今後は本土から九龍会のお偉いさんが来るだろう。そうなれば、ガキの集まりでしかない私たちは終わりだ。今のうちに、やめられるやつはやめさせとけ。全員を危険に晒す必要はないからな」

「ふっ、相変わらず甘ちゃんですね、うちのリーダーは」

「私は甘党だからいいんだよ」

「いや、それ関係なくないですか?てか、逆言うなら逆でしょ」

「ったく、本当に細かいデカブツだな」


 新渡戸は鬱陶しそうにバンを降りた。まるで親を煙たがる、反抗期の少年のようだった。年齢的には、それほど不思議な時期ではない。


「どこに行くんです?」

「功労者の見舞いだ」




 地下街、診療所。


 ガタガタとベッドを揺らしながら、男が苛立ちを露わにしていた。

 隣のベッドで寝る少年が、恐る恐る訊ねた。


「……あ、あの」

「あぁ?」

「うっ……すみません」

「んだよ、言えよ」

「いや、なんでそんなにイライラしてるなかなって」

「てめぇらが横でイチャイチャしてっからだろうがっ! クソがっ!」


 赤髪の男、東堂敦は隣人である少年、佐々木翠に血走った目を向けた。その横では、皮を剥いたリンゴを与える雨生美久留の姿があった。


「嫉妬は見苦しいですよ、東堂さん」


 鬱陶しそうに、雨生が東堂を半目で睨んだ。


「うるせぇっ! こちとらあのクソ医者からタバコ没収されて、余計にイライラしてんだよっ! なのにてめぇら、毎日毎日飽きずにイチャコラしやがって! 殺すぞ、マジで」

「す、すみません」

「ちょっと、何で佐々木くんが謝ってるの? 怪我してるんだから、看病されて当然だよ。それとも、佐々木くんも私がいたら嫌?」

「全然。ずっといてほしいよ、これから先も永遠に」


 途端に雨生は顔を紅潮させ、頬を緩めて気持ち悪く体を揺らした。


「おえっ、くっせぇてめぇら。こんなとこにいたら、てめぇら気持ち悪いオーラに毒されて、俺までおかしくなっちまいそうだ」

「はは、酷いな。けどまあ、本当にありがとうございました、東堂さん。身を挺してまで、抗争を止めてくれて」

「あぁ? んだよ、今更になって。てめぇのためじゃねぇ、俺が勝手にやったことだ。ったく、おかげで唯一のダチには裏切られるし、とんだ貧乏くじだったぜ」


 東堂は恥ずかしげに、わざと憎まれ口を叩いた。

 人に感謝されることに、あまり慣れていなかった。普段から向けられるのは、殺意と敵意ばかりだってからだ。


「でも、ダチに裏切られたのはてめぇも同じか。なんだかんだ、俺たちは似た者同士なのかもしれねぇな」

 

 東堂は続けて、小さく「けっ」と吐き捨てた。


「佐々木くんをあなたみたいな珍獣と一緒にしないでください」


 雨生は軽蔑するように言い放つ。


「クソアマ、てめぇ傷が癒えたら覚えてろよ」


 殺意ある目を向けながら、額に血管を浮き上がらせる東堂。


「つうか、お前これからどうするんだ? 今更、タワーの学校にでも通うのか?」

「うーん、どうしようかな、それは」

「今回の件で、てめぇも無視される存在じゃなくなったからな。平穏な生活ってのは夢見ないほうがいいぜ」

「そう、ですよね。ならいっそ、その辺のゴロツキにでもなってみますよ。俺も彼女も、表舞台じゃ生きていけないんで」 

「裏街道突き進むのかよ。まあ、それもいいかもな。そもそもてめぇは、もう既に目的は達成してたんだっけか。なら、迷うこともねぇか」

「まあ、東堂さんには歯向かわないよう、注意して生きますよ」

「ああ、そうしてくれや。俺もてめぇみたいな化け物とは、二度と殺したくねぇからよ。命ってのは、やっぱ大切にしないとな」

「それ、俺たちが絶対言っていいことじゃないですよね」

「くはは、違いねぇなぁ」


 楽しそうに笑う怪物と化け物を、殺人鬼の少女は面白くなさそうに眺めていた。

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停止した島 江戸川努芽 @hasibahirohito

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