こちらが本日の情報上限になります

ちびまるフォイ

情報上限に気をつけてお読みください

『情報は1日100情報まで!』


商店街のそこかしこに大きな垂れ幕が下がっていた。

読んでしまうと今日の情報上限になってしまうので顔を伏せていた。


「あれ? 山田? 山田じゃないか?」


顔をあげる。

懐かしのクラスメートが立っていた。


「久しぶり~~。卒業式以来じゃね?

 あれから別の学校だからあんま話す機会なかったよなぁ」


「だな~~。せっかくだし、ちょっと話そうぜ」


近くのカフェで話し込んでしまった。

お互いの近況を交換するのはとても楽しかった。


『ビーー。本日の情報上限に到達しました』


「やっべ。ごめん、情報上限になっちゃったわ」


「まじで? まだ< 情報上限 >。

 < 情報上限 >、< 情報上限 >、< 情報上限 >!」


「いやだから情報上限だからわからないって。また今度話そうぜ」


本当は今日みたいドラマがあった。

でも情報上限で今日はこれ以上の情報を得ることはできない。


アニメも漫画もゲームもできなくなる。

そうなったら俺の選択肢は「寝る」しかなくなる。


明日になれば情報上限もリセットされるのだから。


翌朝、目が覚めると同居している彼女はテレビを見ていた。

テレビでは同じことが繰り返し報道されていた。


『本日、18時に重大な発表があるそうです!』

『とにかく18時の重大発表だけは見逃さず!』

『我々、報道陣はすでに発表の会場で待機しています!』


「なんかすごいな……。それで、なんの重大発表なの?」


「わからない。でもめっちゃすごいことみたい」

「まじか」


「今日の18時の情報を得られるように、今日1日は情報抑えとかないとね」


「だったらテレビ見てたらやばいだろ。

 これでだいぶ情報量くわれてんぞ」


「えーーだって、もしかしたら重大な情報が先出しされるかもしれないじゃない」


「夕飯の前にお菓子を食べる子供を叱る気分だよ……」

「なにそれ?」


とにかく、彼女の言うように今日1日は無駄な情報を消耗するわけにいかない。

通勤中も情報制限サングラスであまり周囲の情報が入らないようにする。


「おはよーー。あれ? どうしたそのサングラス? 大物俳優か?」


「あ、今日は情報制限中なのであまり話しかけないでください」


「お、おお……」


情報管理の意識がない人に話しかけられるたびに、

情報制限していることを話すのもめんどうなので背中に張り紙をした。


「背中に"情報制限中"って紙ついてるぞ。いじめられてんのか」


「もう! なんで話しかけるんですか!!」


貼り紙には「※いじめじゃないです」「※話しかけないで」と注釈を追加。


無駄に情報量を多くして、俺の紙を見た人の情報上限を圧迫したくなかったのに

いちいち話しかけるもんだからどこまでも細かく指示する必要が出てしまう。


これを書くだけでも結構な情報量を消耗しているのに。

このままで18時の重大発表まで情報が残せるのか心配だ。


「俺ちょっと外回りいってきます!!」


「今日は外回りの日じゃないだろう?」


「いってきまーーす!!!」


半ば強引に会社を脱出して公園のベンチで時間をつぶした。

耳から余計な情報が入らないように耳栓をして、サングラスをする。


これで完璧だとニヤニヤしていると、肩を叩かれた。


「あなた、こんな昼間になにやってるんですか」

「ちょっと署で話を聞かせてください」


警官二人が目の前に立っていた。

事情をいくら話しても俺の不審者扱いは晴れることはなかった。


「だから! 重大な発表の前までに情報を制限するため

 この遊具ひとつない、情報ゼロの公園で時間をつぶしていたんですよ!」


「だが君が不審者であることには変わりない」


「ここであなたに懇切丁寧に自分の身の潔白を証明することはできますがね!

 でも、そんなことすれば18時の重大発表まで情報を使い尽くしてしまうんです!

 今もこうして情報をお互いに消耗していることに嫌気がさしてるんですよ!」


「まあ、それならとりあえず逮捕するから。

 それならごちゃごちゃ言い訳して情報上限を圧迫することもないだろう」


「なにその理屈!?」


あわや連行されるところで、たまたまサボりで通りかかった先輩に助けられた。

やっと仕事が終わると体も心もくたくただった。


「はぁ……なんで今日に限って無駄に情報を消耗させられるんだ……」


今日という日こそ情報を抑えようとしていたのに。

周りの人達が必死に俺の情報を圧迫させようとしている気がする。


普段ならとっくに情報上限が来ていてもおかしくないのは、

いつもより入る情報量を制限しているおかげかもしれない。


家に帰ると、彼女はテレビの前で待機していた。


「おかえりーー」


「ただいま。18時の重大発表は?」


「ちょうど今やってるとこ」


テレビでは発表会場の様子が映っていた。


『みなさん、それでは重大発表を行います。

 あまりに重大で大切なものであるとともに、

 これを聞いた皆さん全員に関わることです。

 

 ですから、勝手な改ざんや嘘でごまかされないように

 こちらのページにて全文を公開しました。

 

 みなさんは、こちらのページでちゃんと確認して実行してください』


テレビにはアクセス用のリンクが掲載されていた。


「え……これだけ……?」


これだけの情報だったら、今日1日必死こいて情報抑制する必要なかった。

普段どおりの生活をしていても、この情報を受け取ることはできたはずだ。


なんだか拍子抜けだった。


放送時間が余って残り1時間50分のCMとテロップが出た瞬間に、

彼女はテレビを消してスマホでSNSをはじめた。


「あれ? 重大発表見ないの?」


「まあ別にいいんじゃない。明日には出てくるでしょ。

 友達からの通知に返信しておきたいし」


「冷めてるなぁ……」


俺は指定されたリンクをもとにページを開いた。

画面にはものすごい文字数と、横に表示されているスクロールバーの長さに絶望した。


「どんだけ長い文章なんだよこれ……」


しかも情報密度も高くて、ちょっと読んだだけであっという間に情報上限に引っかかった。

今日はここまで読み進めたとしおりのマークを入れて、今日を終えた。


翌日、日常生活での情報消耗を抑えて、重大発表の続きを読む。

情報上限の壁にぶち当たるまでは、毎日上限いっぱいまで使う。


そのうち、もう誰も重大発表のことなど話さなくなっていた。


重大発表の翌日に伝えられたのは「重大発表がされた」ということだけ。

この超大にして濃密な文書を読んで情報上限を無駄にすり減らす人はいなかった。

俺以外は。


辞書の誤字を探すように気の遠くなるような作業だった。


来る日も来る日も。

口数が少なくなったことで友達が減っても続けた。


もう世間の話題はすっかり移り変って、素敵な最新スイーツを紹介した頃。

ついに俺は最後の段落へ差し掛かった。


結論は最後方に書かれていて、最後だけ読めば事足りた。

わざわざ最初の方に書かれている「結論までの道のり」の情報を読む必要はなかった。



『ーー以上により、すべての情報制限をなくします。

 これからは情報上限を気にしない活発な交流をしましょう。

 情報量の制限団体、各情報管理企業は必ず従ってください。

 

 なお、この情報はいかなる加工もーー< 情報上限 >』



愕然としている俺に彼女は話しかけた。


「まだそれ読んでたの? 誰もその内容なんて読んでないじゃん。

 なのに、わざわざ全部読む必要ってあるの?」


彼女が何を言っているのか情報上限で俺は聞き取れなかった。

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