後書き
さて、ここから先は、あくまで先の一連の出来事を筆記した老爺による余談であるが、朝比奈琴音一家の名誉と、名誉とは言い難いもののけして不実ではない北森冬也の人生をかんがみて、ほんの一筆、書き残しておきたいと思う。
*
去年の大晦日の夜、この世界にはロック野郎を装うサンタクロースが実在することを悟ってしまった朝比奈琴音が、いやまさかいくらなんでもそれはないだろう、由々しき偶然が重なってしまっただけなのだと思い直して両親に――さすがに首を吊りかけたところだけは省略して両親に相談し、元日早々、父親といっしょに近所の交番に出向いたところ、詳しく説明すればするほど「いやそれは結局、正価で譲ってもらったのですから、拾得物ではなくお嬢さんの所有物です」と言われてしまい、「でも日頃なにかとお世話になっている朝比奈さんのお宅のことですから、いちおう調べてみましょう」とも言ってくれたのだが、しばらくして家に寄ってくれたその巡査は「やっぱり年末ジャンボは、遺失物届も盗難届も日本全国で一件も出ておりません。レシートまでお持ちなのですから、換金しても法的にはなんら問題ありません」と満面の笑顔で敬礼するばかりだったので、謹厳な実業家である朝比奈氏は興信所を使って
まあ何年か後には、冬也もそれらの経緯の
ともあれ、冬也が何も知らないのは、どこかの誰かさんの配剤が、元来、この複雑きわまりない下界をたった六日ででっちあげ、あとはほとんど下界まかせにするほど大雑把らしいから仕方ないとして、行動開始を一年も先送りにしてしまった琴音個人の心情には、客観的に、やや解しかねる向きもあろう。しかし、そのチケットに印刷されていたライブの日付が、あくまで翌年のクリスマス・イブだったことを思えば、ロマン派を志す若き女流バイオリニスト、しかも根は内気そのものの娘心としては、むしろ自然なクレッシェンドであり、またそれに続く
もし琴音が、異国の夜の寂しさに耐えかねて、再びブランデーのフルボトルをひと息に飲み干していたら、いきなり空港に走って国際線に飛び乗って真夏の吉祥寺を騒がせる、といったカプリッチオ的な展開もありえたのだろうが、それを禁じたのは冬也自身なのだから、すべては冬也に下された天の配剤なのである。
*
そして最後に、広範かつ公平な視点から、この日本における聖夜の心得として――。
ヘブライ語で「インシャラー」と言おうが、ラテン語で「デウス・ウルト」と言おうが、本来、その意味は同一である。
――すべては神の御心のままに――
国民の多くが唯一神を信じない日本にも、ほぼ同じ意味の宗教的慣用句が、古くから存在する。
――
それはちょっと違うのではないか、とおっしゃる糞真面目な方々は、次の大仰な言葉を代用してもいいだろう。
――人事を尽くして天命を待つ――
しかし、どうせ意味が同じであるなら、むしろ次の慣用句の方が、天国の神様だの極楽の仏様だの
――あとは野となれ山となれ――
【後書き・了】
ラスト・クリスマス バニラダヌキ @vanilladanuki
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