[09-16] 蒼炎の魔女、再び
ヴェルヴィエットの〈ウィッチブルーム〉が火を噴く。
それは文字通り、バレル内で集束した炎が熱線となってわたし目がけて射出される。
通常の弾丸と比べて、弾速が圧倒的に速い。というか、普通に『光速』だよね。だから、ずっと
ぎりぎりのところで躱せてはいるけれど、この動きに合わせてヴェルヴィエットも照準を調整しようとするせいで、わたしの背後に立つ不死者に被害が及んだ。
このレーザー、何秒間発射し続けてるのさ!?
どこかで息継ぎしたい。そう思ったジャストタイミングで、わたしとヴェルヴィエットの間にいくつもの土壁が隆起した。
はっとして見れば、ラカが精霊イオシュネを自らに憑依させた姿で不敵に笑っていた。
「これって別に決闘じゃないでしょ? なら、あたしが加勢したって文句はないわよね、ヴェルヴィエット!」
「ふたりでなら私を殺せるとでも? 思い上がりも甚だしいわ、ラカ・ピエリス!」
周囲に無数の火球を浮かべるヴェルヴィエット。
そこへ砂煙を舞い上げる暴風が襲いかかった。
〈セレスヴァティン〉を携えたアルナイルの斬撃である。
それを難なく回避したヴェルヴィエットは、熱線照射をアルナイルへと向けた。
アルナイルは大剣のお腹でレーザーを受け止め、明後日の方向へと受け流す。しかし、立て続けの火球攻撃にバックステップしつつの薙ぎ払いで対応に迫られた。
ヴェルヴィエットはそんなアルナイルに嘲笑する。
「ずいぶんと衰えたものね、〈
アルナイルの表情に動揺はない。決然としている。
「私はネネの同行者です。戦う理由はあります」
「ならばついでにここで消し炭にしてくれる!」
ヴェルヴィエットの意志に応じてレーザーの出力が上昇。
熱線は却って不安定になりぐにゃんぐにゃんに歪みながらも、大剣を盾にするアルナイルを押し返す。
さしものアルナイルも動けない。
そんな時、アルナイルの周りに無数の呪符が浮かんで障壁を展開した。
呪符は耐久値がゼロになるなり青い火でぽっと燃え上がってしまう。が、アルナイルを救うには十二分すぎるほどの働きを見せた。
その呪符を張り巡らせたのは――
わたしたちの視線に、ハルナさんが睨みでもって返す。
「優先順位の問題ですわ。あのヴェルヴィエットとやらについては〈武以貴人会〉でも報を受けていますの。後、この場はわたくしが裁定する場ですのよ? 乱入者に好き勝手されてはわたくしたちの名が廃れますわ」
そこでラカ、余計なひと言。
「や、あたしらにメタメタにされてる時点で相当に廃れてると思うけどね」
「……後で、絶対、ぶっ飛ばしますわよ?」
このやり取りに、ふふ、はは、と愉快そうな笑い声が上がった。
誰のものかと思えば、なんと、ヴェルヴィエットが晴れ晴れとした顔をしているではないか。
彼女が〈ウィッチブルーム〉のレバーを操作すると、魔水晶を加工したカートリッジがかしゅっと排出された。
どうやら、あの大きな銃身に装填できる弾薬はたったの一発みたい。
簡単な話、〈ウィッチブルーム〉は電池が持つ限りレーザーを発射できる。なら、その電池切れを待てばいいかという話でもない。電池の交換が簡単だから、隙は少ないのだ。
「大戦のときもこうだった」
新しいカートリッジを装填したヴェルヴィエットがわたしを見つめる。
「ネネ、その目に焼きつけなさい。これが私の生き方。たとえ孤軍であろうとも、屈することなく抗い続ける。全てを焼き払い、降り積もった灰に己の足跡のみを残して進み続ける。ビュレイスト様へのご恩に報いるため、そうあり続けなければならない」
うん。わたしは無言で頷く。
ヴェルヴィエットもわたしたちと同じなのだ。どんな邪魔が入ろうとも、自分の道を見失わないように進み続けている。
でも、こうやってお互いの道が交錯してしまった以上、譲り合いなんてできっこない。
だからここからは、プライドの勝負だ。
「来なさい、ネネ!」
その誘いに呼応して、わたしは地面を蹴る。
ヴェルヴィエットの〈ウィッチブルーム〉からレーザーが発射。
それを完全サポートに徹したラカが土壁で防ぐ。と言っても、その一枚一枚はすぐ赤熱を帯びて砕け散ってしまう。気を抜けばわたしも巻き込まれるだろう。
でも、ラカはわたしやアルナイルのために、単なる壁ではなくスロープも作ってくれた。
それを駆け上がり、空中からヴェルヴィエットへ奇襲を仕掛ける。
相手は大型ライフルが小回り利かない分、火球で撃ち落とそうとする。
そのひとつひとつを〈L&T75〉の速射で処理。滞空中なので普通の〈
もっとも、ことごとく障壁に融かされてしまったけど――
焦るな、わたし。十分に射程距離に入って、〈
それに、心強い仲間たちだっている。
わたしとは逆方向から、アルナイルが素早く接近してヴェルヴィエットに襲いかかる。
あまり素早く動き回る印象のなかったヴェルヴィエットだけど、〈セレスヴァティン〉による斬撃を咄嗟に躱しつつ反撃を加えた。
「ただの剣使いなら、どうとでもできる!」
「……思い出しました。あなたはビュレイストとともにいた――」
「そうよ。あのとき殺さなかったことを後悔させてやる!」
アルナイルを中心に赤い円が広がる。攻撃の〈予知〉。
それをアルナイルが見ることはできないはずなのに、危機を察知して範囲外へと逃れた。
直後、どん! 蒼炎の爆発が起き、アルナイルの髪が余波でなびく。
そっちに気を取られてるならチャンス!
わたしも〈クェルドス・スペシャル〉に持ち替え、〈
これで障壁を破っちゃいさえすれば、後は銃弾の雨を浴びせるだけ――
が、しかし。加速した弾丸が、火球一発に呑まれて対消滅した。ヴェルヴィエットの魔力が凝縮された高密度火球だったのだ。
ウソでしょっ!? ……と叫びたいところをなんとか抑える。
言ってしまえば、わたしの切り札って力のごり押しだ。でも、それを上回る実力者には絶対に通用しないのだ。
諦めてなるものか。魔力は有限のはず。何度でも試して、枯渇させればいい。
……本当に? 有限?
ハルナさんを加えて、わたしたち四人の連携はかなり息が合っていた。
わたしとアルナイルが接近戦を挑み、ふたりが離脱するタイミングでラカとハルナさんが攻撃に加わる。
息もつかせぬ猛攻――のはずが、ヴェルヴィエットの火球攻撃と〈ウィッチブルーム〉のレーザー薙ぎ払いで、もう何もかも台無しにされてしまう。
にぃ、とヴェルヴィエットが笑う。
「まだまだのようね」
強すぎる……!
正直、傍観している不死者たちも攻撃に参加してほしいのだけど、どうもわたしたちとヴェルヴィエットを消耗させて、漁夫の利を狙う心積もりらしい。
いや、このままだと負けるのはこちらかも――
ネガティブな思考が忍び込んできた、その時だった。
ぴぃぃぃぃっ!
わたしの狼耳が甲高い音をキャッチした。
他の人は気づいていないけれど、聴覚の優れたセリアノも『おや、なんだろう』という反応を示している。
これ、合図だ。
わたしはヴェルヴィエットに銃撃を浴びせながら叫ぶ。
「ラカ! アルナイル! 来るよ!」
ふたりはなんのことかわかっていないし、ヴェルヴィエットやハルナさんも怪訝そうな顔をしている。
ところがすぐに地面がぐらぐらと揺れ始めて、何が起きようとしているのか察したらしい。
不死者たちが地震だなんだと大騒ぎをしている中、最後列の誰かが声を上げた。
「ま、ま、魔獣だ! こっちに突っ込んでくるぞ!」
その人が指差す先からは、狼に乗ったアマルガルム族の戦士――ム・アガさんが袋を振り回しながら向かってきていた。
問題は、さらにその後ろ。
逃げるム・アガさんを丸呑みにしようと、巨大生物が跳躍してはまた地中に潜っていくのを繰り返していたのだ。
この荒野に土流を生み出す迷惑な魔獣、サンドイーター。
それも一体ではない。大群だ。
「逃げろ! 逃げろ!」
ム・アガさんは投石紐の要領で袋をぽいっと不死者たちに投げ込んだ。
例のドラゴン大好物詰め合わせセットの匂い袋だ。それを目がけてサンドイーターが猛突進。
たちまち、辺り一帯の地面が崩されて、土流の渦と化してしまう。
不死者が生きたまま土流に呑み込まれれば、アイテム回収不可能の
そんなのはごめんだと、戦場が別の意味で阿鼻叫喚の地獄と化した。
「ネネ! 手を!」
ラカの声が聞こえて、わたしは咄嗟にそちらへ手を伸ばした。
ぐいっとラカに引っ張られたと思ったら、反対側にアルナイルの姿もあった。ノームが三人乗りのサーフィンボードを作り出し、土流の上だろうとすいすい移動していく。これなら逃亡も余裕だろう。
取り残されたハルナさんは〈武以貴人会〉のメンバーを救おうと躍起だ。
「飛べる者は飛べない者を救いなさい! 呪符を足元に展開すれば受けますわ! できるだけ多くを救出して――ああっ!? ラカさんたちが逃げますわ!?」
ラカが「んべ」と舌を出した。もう、はしたないんだから。
ヴェルヴィエットはすでに足元に魔法陣を展開していた。〈転移陣〉でこの場を逃れるつもりらしい。
わたしはヴェルヴィエットに叫ぶ。
「悪いけど、勝負はお預け! 次に会うときはもっと強くなるから!」
ヴェルヴィエットは頷いた。不思議と満足げにほほ笑んでいるように見えたけど――
そこへサンドイーターが突っ込んできて、安否がわからなくなってしまう。
まあ、彼女のことだから生きているだろう。不思議とそう願うわたしであった。
騒ぎの遠くまで避難できたわたしたちの元に、とりわけ大きな狼が駆けつけてきた。その背中に跨っているのは族長のル・ガルさんとマナムさんだ。
ふたりはスモーキーとアルナイルの馬の手綱を引いて、ここまで連れてきてくれたのである。
急いでそれぞれの馬に乗ったわたしたちは、ふたりに別れを告げる。
ラカがぴっとハットの鍔に指を当てた。
「迷惑をかけたけど、色々とあんがとね」
アルナイルもル・ガルさんに優しい表情を向けた。
「この恩はいずれ返しに来ます。それまでお元気で」
「いいや、二度と来るな。来るとすれば、我が子、孫に報いるのだな」
「……約束します」
わたしはマナムさんと馬上で握手を交わした。
「お元気で、マナムさん」
「そちらもな。名を覚えておこう、ネネ」
折角の帰郷だったのに――もう少し滞在したかったのはやまやまだけど、統率力に長けた〈武以貴人会〉はすぐに追撃態勢を立て直すだろう。のんびりはしていられない。
ラカたちが馬を走らせてからもわたしは後ろを見ていたが、アマルガルム族はさばさばした性格らしい。さっさと集落へと引き返してしまった。
……でも、それくらいのほうが寂しくならないのかもね。
さあ、わたしも気持ちを切り替えねば。
ラカが高らかに宣言する。
「用事も済んだし、一気に逃げるわよ! 今度こそ、〈ユルグムント〉へ!」
薄暗い荒野を二頭の馬が駆け出す。
明るみ始めた空には未だ輝く星があった。
その星が、わたしたちの行く道を確かに照らしている。
《第9話:星が照らす 終》
荒野の魔王領 ~少女、仮想異世界にて銃火を咲かす~ あたりけんぽ @kenpo_h
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