[09-15] ジ・エッジダンサー

〈武以貴人会〉によって懸賞金をかけられたセリアノの少女ネネ。


 彼女は今、そのクラン束ねる〈招雷公主レディ・サージ〉ハルナ・ジュフインと激闘を繰り広げている。


 アマルガルム族と言えば、『初心者ニュービーお断り』な部族としてプレイヤーに知られている。


 能力のほとんどがメレーに偏重。しかも、タレントスキルの覚醒に魔王領中枢の隣エリアまで出向かなければならない。


 辺りを魔獣が徘徊している上、レベルも高い。となると、希望者を募ってツアーを組まなければならないのだ。


 ほとんどのプレイヤーは汎用性の高いレンジビルドを目指す。セリアノでも温厚な霊獣を選べば、帰郷にちょっとした探検を要する程度だ。


 そんな情報はちょっと検索するだけで溢れるほど出てくる上、〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉ではサブアカウントを作成できないがために『盤石なキャラクター』が好まれる傾向にある。


 ところが、それまで誰にも知られていなかった――あのラカ・ピエリスがどこからか連れてきた――新人が、アマルガルム族の可能性をこの場の大勢に見せつけたのである。


 単純に距離を詰め、迅速に獲物を狩る。


 それは恐らく〈魔王ビュレイストの遺産〉から得た力によるところも大きいのだろうが、間違いなく『ネネ』というプレイヤーはこの荒野の重要人物へと地位を上げつつある。


 ただ、彼女を語るにあたって、傍観者たちが困っていることがひとつあった。


 異名だ。


 ラカ・ピエリスの〈白翼轟砲エンジェル・アームズ〉はコミュニティの誰かが言い始めたもので、ハルナ・ジュフインの〈招雷公主レディ・サージ〉は自称である。


 しかし、ネネは『アマルガルム族のネネ』としか名乗らないし、一応、〈血塗れパピー〉と呼ぶ者もいるそうだが、


(……あれはパピーだなんて可愛いモノじゃないだろ)


 申し合わせたワケでもないのに、共通見解。


 そんなとき、誰かがぽつりと言ったのが騒乱の中でも不思議と響き渡った。


「ネネ・〈狭間で踊る者ジ・エッジダンサー〉」


 初め、傍観者たちは〈刃を踊らせる者ジ・エッジダンサー〉の意かと思い、口々にその名を呟くことで周囲に伝播させていった。


 しかし、その名を唱える者によって、意味は『』こととなる。


 それまで傍観者たちに紛れ込んでいた異名の発案者は、ふらふらと有象無象から進み出た。まるでまばゆい光に誘われる蛾のように。


 火に身を焦がされたのは、まさか自分自身だったのだろうか。自嘲の笑みを浮かべる。


 その者は、ドラウの女性だ。

 しかも、イモータルではなくモータルで――




   〇




 誰かがわたしを呼んだ気がした。

 戦いの中で気を取られるのは命取りだけど、その声には聞き覚えがあったのだ。


 ちょうど、観客たちからどよめきが上がる。

 そちらのほうへと視線をちらりと逸らしてみると、ひとり、自分の存在を主張するように進み出てきた人がいるではないか。


 その人は銀髪のドラウだった。

 モデル体型の美女。おおよそ西部劇風ファンタジー世界の武器とは思えない、SFチックな大型ライフルを脇に抱えている。


 ……ヴェルヴィエット!


 わたしが気づくのを待っていたのか、ヴェルヴィエットはライフルをゆっくりと構える。


「ハルナさん!」


 咄嗟に叫ぶ。


「よけて!」


 警告を受けて――ではないだろう。


 ハルナさんもセリアノで、高いMNDの持ち主だ。危機に対する直感が働いて、わたしからぱっと距離を取った。


 ヴェルヴィエットの狙いはわたしひとりだ。


 ライフルの奥で紫色の輝きがぴかっと光る。いつか見た光。魔水晶。

 確か、レーザーライフルのような兵器で――


 わたしは無意識に〈L&T75〉のトリガーを引いていた。


《レリックスキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


 右手首のタトゥーから光の輪っかが広がり、銃口からは魔法陣が展開される。


 弾丸だけがスピンしている静止時間の中で、ヴェルヴィエットはほほ笑んでいた。

 言うなれば、楽しみに取っておいたケーキを食べる直前、みたいな。


 そのケーキはわたしだ。だからって、黙って食べられるケーキなんかではない。いや、抵抗するケーキなんてワケがわからないけれど、とにかくわたしには考える余裕がなかった。


 ただいやな予感がして、最大加速の弾丸を放つことしかできなかった。


 ゆっくりと世界が動き出す。


 異常回転する38口径リボルバー弾は、レーザーライフルから放たれた青い光線と衝突。あっという間に蒸発してしまったものの――


 寸前、弾頭は光線を切り裂いた。


 ひと筋の光がいくつにも分かたれて、わたしの周りをびゅっと焼き払う。砂の焼ける匂いが立ち込めた。


 わたし自身は幸いにも無傷。精一杯、どんなもんだいとヴェルヴィエットを睨みつけた。


《ヴェルヴィエット・〈みな灰燼に帰すザ・バーンクウォンタム〉》

《モータル:ドラウ》

《Lv:??》


 その手に持つのは、


《ウィッチブルーム》

《タイプ:ライフル》

《レアリティ:レジェンダリー》


 ……このはちゃめちゃなライフルの元は、以前戦ったときに使っていたピストルらしい。


 突然の横槍に、ハルナさんが憤慨する。わたしではなくヴェルヴィエットのほうに身構えていた。


「不届き者! 名を名乗りなさい!」


 ヴェルヴィエットは無視。

 ハルナさんがぐぬ、となるのがわかったので、わたしが代わりに答える。


「ヴェルヴィエット・ザ・バーンクウォンタム。魔王ビュレイストの側近で、〈遺産〉を探し回ってるドラウだよ。『これ』でわたしたちと因縁ができちゃって」


 と、右手首のタトゥーをハルナさんに見せる。


 ハルナさんは事情を察してくれたようだ。軽い頷きで『ひとまず休戦』と通じ合う。


 魔王ビュレイストと言えばわたしなんかよりずっとこの世界の脅威なワケで、正義の執行者を自負するハルナさんたち〈武以貴人会〉にとっては優先すべき『敵』なのだ。


 しかし、ヴェルヴィエットはなぜか次の攻撃を仕掛けてこない。


 さっきのは軽い挨拶のつもり?

 わたしの腕を確かめた?


 わたしは〈L&T75〉のリロードを行いながら、ヴェルヴィエットに問い質す。


「こんなときに、一体全体なんの用? 〈遺産〉はこんなトコにはないみたいだよ」


 ところが、ヴェルヴィエットの答えは思いがけないものだった。


「今、そのことはの」


「……え」


 どうでもいい? あんなに〈魔王の遺産〉に執着していたヴェルヴィエットが?


「私の目的はネネ、あなたよ」


「わたし?」


 まさか、アルナイルが過去にやった『魔王の力の封印』を知って、ひとまずわたしをどうにかするつもりなのか。


「『侵略者』がビュレイスト様の力を奪うなど、到底許されないこと」


 そう、ヴェルヴィエットはわたしたちがこの世界の『外』から来た存在だということにぼんやりと気づいている稀有なモータルだ。ある意味、ずっとバグを抱えて生きているのである。


「もしもお力を奪った者が私利私欲を満たそうとするだけの愚か者ならば、私は魂をかけてでも始末するつもりだった。だけど――」


 突然、観客から銃声がぱんっと鳴った。

 イモータルのひとりがヴェルヴィエットの背中を狙ったのだ。


 でも、その弾丸はヴェルヴィエットに命中するよりもずっと手前で爆ぜた。彼女は周囲に炎の自動迎撃を展開している。無駄な攻撃だ。


 話を遮られて、ヴェルヴィエットは不愉快そうに振り返る。

 そして、手のひらに浮かべた火球を、後ずさるイモータルにひゅっと投げ飛ばした。


 火球は狙ったターゲットをホーミングする。ヴェルヴィエット初見のイモータルに、これを回避するのは難しい。


 卑怯に卑怯を重ね、イモータルは別の人を盾にしようとした――けれど、火球はお構いなしに盾を貫通。ふたりまとめて青い炎で焼却する。


 ヴェルヴィエットは崩れ去るイモータルの末路など気にも留めず、颯爽とわたしに向き直った。


「あなたはあのようなゴミどもを一掃し、絶対的な力の君臨によって秩序をもたらそうとしている。それこそ、ビュレイスト様が成そうとしたこと。見違えるほど力をつけたわね、ネネ」


 不思議なことに、ヴェルヴィエットの声色はまるで娘を褒めるお母さんのように優しいものだった。


 ……だめだめ。敵から褒められて嬉しくなるな、わたし。


 ちなみにこれを聞いたハルナさんが、


「は~? わたくしたち〈武以貴人会〉の精鋭を『ゴミ』と仰いましたこのドラウ?」


 と反応していたけれど、ごめん、もうちょっと待って。


「別に『君臨』だとか『秩序』だとかには興味ないよ。わたしはわたしの、わたしたちの道を行こうとしてるだけ。その邪魔をやっつけることは、魔王がやりたかったこととは全然違うことじゃないかな」


 またもやこれを聞いたハルナさんが、


「は~? そもそもあなた方がわたくしたち〈武以貴人会〉の邪魔をしたのでは?」


 と反応していたけれど、うん、それはそう。


 ヴェルヴィエットはわたしのことしか目に入っていないような態度である。


「……確かに、ビュレイスト様とは違う。魔王の力を手にしておきながら、御使いと肩を並べる不思議な子。これからもその『道』を進み続け、魔王の力を示し続けなさい、〈狭間で踊る者ジ・エッジダンサー〉」


 そのフレーズ――

 わたしがさっき聞いた声、言葉だ。ヴェルヴィエットがわたしのことをそう呼んだのだった。


 ネネ・ジ・エッジダンサー、か。


「……うん、いいね。これからそう名乗ることにするよ。ありがと、ヴェルヴィエット」


「礼は不要。私たちは殺し合う仲なのだから」


 ヴェルヴィエットはずっと〈ウィッチブルーム〉を抱えている。

 だから、わたしも足を軽く開いた姿勢、オープンスタンスを取る。


「行くよ、ヴェルヴィエット!」


「踊れ! 火に撒かれて!」


 まさかの一転、ネネ・ジ・エッジダンサーとヴェルヴィエット・ザ・バーンクウォンタムの戦いが火蓋を切った!

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