[09-14] ライバル

 ハルナさんがリボルバーを構えないので、わたしも腕を下ろしたままで対峙する。


 別にそれがガンスリンガーのマナーというワケではないけれど、なんとなく、わたしたちの間で睨み合いが続いたのだ。


 あるいは人となりを知らない同士、言葉を交わしたかったのかもしれない。わたしのほうから口を開くことにした。


「まったく、どうしてこんな大騒ぎにしちゃったのさ。せめて〈貴人会〉だけでかかってくればよかったのに」


〈武以貴人会〉を中心としたプレイヤー連合には大損害が出ている。そのことに、ハルナさんは仏頂面で答えた。


「あなたはこの〈ルオノランド〉で罪を犯したのですわ。ならば、〈ルオノランド〉のクランに声をかけるのは至極当然ではありませんこと?」


「強盗に加担したんじゃなくて、ハルナさんたちのアシストをしただけだよ」


「ならば、なぜ前もってわたくしたちに潜入を教えなかったのかしら。あの『茶番』も必要ありませんし、あれのせいで強盗どもを逃がすところでしたのよ」


 茶番とは、わたしとラカの決闘ごっこのことだ。

 ハルナさんはじぃっとわたしを睨む。


「何か目的があったとしか考えられませんわ」


 確かにあった。保安官さんの息子さんが強盗に協力させられているから、それを助け出すという目的が。


 でも、息子さんはしっかり犯罪者になってしまっているワケで、そんな事情を悪即断の〈武以貴人会〉が汲み取ってくれるだろうか。


 横からラカがにやにや笑みで割り込んでくる。


「深読みしすぎ。あんたらを出し抜きたかっただけだっつの」


 ラカのモチベーションの少しはそれだったので、まるきり嘘ではない。

 でも、ハルナさんは鵜呑みにしない。


「気に入らないですわ。本当に気に入らない。あなた方はわたくしたち〈武以貴人会〉をダシにこそこそ企みを働いていた。舐められたものですわね」


 怒りで髪の毛が揺らめいて見える。

 でも、わたしはハルナさんが口走ったある言葉が気になってしまう。


「……わたしとラカが仲よくしてるのがイヤなの?」


「だっ、誰もそんなこと!」


 あ、この反応、図星。


 ハルナさんが耳まで真っ赤になるのが夜、遠くからでもわかった。それは見当違いの指摘にますます怒ったからではなさそう。


「第一、ラカさんはずっとソロだったではないですの! わたくしが手を差し伸べてあげても『なんかむかつく』のひと言で無視! だというのに、あなたが現れてからは急に『相棒』だの『親友』だのとあちこちで仰っていますわね!? 一体全体、あなたはラカさんのなんなんですの!?」


 うわあ……この人、滅茶苦茶ラカの情報をかき集めてるじゃん……。

 わたし、なんだか怖くなりながらも告白する。


「えっと、リアルの幼馴染なんだけど……」


 くわっ、とハルナさんの目が見開いた。


「そんなの! 今まで! 一度も聞いたことありませんわ! 突然出てきて、隣にいて当然みたいな顔をして! わたくしがどれほど手を尽くしてきたかも知らずにぽややんとして!」


 なるほど。


 今まで又聞きだったハルナさんの印象が変わった。

 てっきり、目の上のたんこぶだからラカに突っかかっているのかと思っていたけれど、それはどうやら違ったらしい。


 つまり、ハルナさんは『ラカのライバル』というポジションを大切にしていたのだ。


「ハルナさんってさあ」


「何か!?」


「ラカのことす――わっ!?」


 ハルナさんがいきなりリボルバーを構えて発砲した。


 不意打ちとはいえ、なんの変哲もない攻撃だ。わたしはすんなりと躱す。多分、言いかけたことを封じたかったのだろう。


「あなたを倒し、取り戻してみせますわ。わたくしとラカさんの闘争の日々を!」


 ……あのね。

 わたしだってその『闘争の日々』とやらについては何も知らないのだ。それってすごく羨ましいと思ってるんだから。


 ――とは言わずに、〈L&T75〉のハンマーをかちりと起こす。


「『ここ』は譲らないよ。絶対に」


 宣戦布告。ふたりの間にばちっと火花が散ったような気がした。


 ところで当のラカはハルナさんの気持ちに気づかない様子でアルナイルと談笑している。


「おーおー、盛り上がってるわね」


「……ノーコメントでお願いします」


 他のイモータルたちもこんな話を聞かされたものだから、フリーになったラカやアルナイルへの攻撃を継続していいものなのかと困惑している様子である。


 それに、〈招雷公主レディ・サージ〉ハルナ・ジュフインと、先ほど殺戮の限りを尽くしたアマルガルム族のネネがどのような戦いを繰り広げるか――というのも気になっているらしい。


 いいだろう、見せてやろうではないか。

 ……とカッコつけたものの、動き出しのきっかけが見つからないわたしたち。


 そこにラカがいきなり大声を出した。


「よーい!」


〈ケルニス・アローヘッド・カスタム〉を空に掲げ、どん!


 その轟音で、わたしたちは弾かれたように銃を構えた。


 開幕は早撃ち勝負オールドスタイル。お互いに扱いやすいリボルバーをメイン武器としているため、『先に当てた者勝ち』だ。


 ふたりはセリアノという点で同じでも、選んだ部族による基本ステータスの成長率にかなりの差があった。


 わたしのアマルガルム族はAGI、ハルナさんのダーキナー族はMNDが長所となっている。


 つまり、このスピード勝負ならわたしに分がある!


 と言っても、ハルナさんの周りには呪符のバリアが展開されている。

 普通なら命中しているだろう弾丸が、ばちっ! ばちっ! と磁石みたいに呪符へと引き寄せられる。


 ハルナさん本人はあまり回避動作を取らず、わたしへの攻撃に専念。

 けれども、こっちはこっちで足がある。悠々と走って避ける。


 さあ、お互いに小手調べはおしまいだ。


 ハルナさんのリボルバーにぐるぐる巻きの呪符が発光する。〈付与術エンチャント〉が発動するエフェクトである。


 あの放電攻撃が来る!


 ラカはノームの土壁でそれを防いでいたけれど、わたしには遮蔽物を作り出すスキルはない。


 アルナイル流のように弾丸を銃で受け流そうものなら放電は直撃。もっと早いタイミングで、弾丸に弾丸を衝突させるという神業を何度もやらなければならないのか。


 ……むしろ、電撃のほうを何かで誘導させることができれば――


 わたしの頭の中で、四方八方に放電が逃げていく光景を想像。それがあるアイデアを生み出した。


 ショットガン!

 弾丸そのものは躱すとして、散弾を飛ばせばあっちこっちに電撃が跳ね返る!


 しかし、わたしはショットガンなんて持っていないし、今まさに撃たれようとしている段階で死体の山から拾い上げてくる暇なんてない。


「……なら、さっ!」


 今度こそ名案が閃く。

 ハルナさんが発砲するよりも先に、わたしは初弾を放った。


〈レリックスキル《螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス》が発動しました〉


 ただし、マイナスに力を作用させて、だ。


 立て続けに撃った二発目は、反対に加速させる。

 狙ったのはわたしの初弾。二発目によってお尻を叩かれた初弾がめりっと膨らみ、一瞬にして粉々に砕け散った。


 その破片群にハルナさんの雷撃が跳ね、広範囲に分散。弾丸そのものがわたしの横を通り過ぎていったときには、空気の焼ける匂いと静電気じみたびりびりだけを届ける。


 ハルナさんは猛突進してくるこちらの二発目を躱しつつも、健在のわたしに目を見開く。


「な、なんですって!?」


 まさか〈ニュー・グラストン〉での正面衝突に続き、二度も必殺技を破られるとは思わなかったのだろう。しかも花火のような閃光が迸ったこともあって、一瞬の硬直に陥っていた。


 今だ!


 わたしはハルナさんより低レベルで、戦闘経験も少ない。

 守りに入れば、次の手で抹殺される。決死の覚悟で間合いを詰めるしかなかった。


 ハルナさんはわたしを通常弾で牽制しつつ、鋭く叫ぶ。


「おいでなさい!」


 同時に、わたしの〈獣人の超感覚センス・オブ・セリアノ〉が働く。


 ハルナさんの背後から『何か』が砂煙を舞い上げて走ってくる。


 姿は見えないけど、見たことのある映像で言えば獲物に向かって迫る蛇、あるいは海上の標的に向かって海面すれすれを飛ぶミサイル、そんな感じだ。


 霊獣を召喚したのか。

 霊的存在に物理攻撃は通じないけど、今のわたしにはアマルガルムが憑依している。


 左手にナイフを構え、霊獣が飛びかかってくると感じた瞬間に刃を振り抜いた。

 一枚の刃による斬撃は狼の四本指の薙ぎ払いとなり、目に見えない獣の断末魔を轟かせる。


「やります、わねっ!」


「やるよ、このくらいっ!」


 至近距離まで詰めたわたしは、とにかく弾丸を叩き込む。


 ばちッ! ハルナさんを守る呪符が弾道に割り込み、主人を守ろうとする。

 ふたりの間で赤い火花と青い稲妻が迸り、紙が燃えては散っていった。


 ポーチに手を突っ込み、弾薬を宙に放り投げ、撃ち尽くしたシリンダーを開放してはそこに弾薬を〈特殊装填トリックリロード〉。ハルナさんに息をつかせはしない。


 呪符の守りが薄くなり、ハルナさんも一瞬の判断でわたしの弾丸を躱す。


 お互い回避モーションの不安定な姿勢で、ひたすらに撃ち合った。


「エレガントじゃ、ありませんわね!」


「そんなの気にして、戦えないって!」


「離れなさい!」


「したら負けるでしょ!」


 ハルナさんは雷撃を使わない。使用するのに時間を要するのか、あるいは自身をも巻き込むからか――


 弾丸がわたしの肌を掠めて、いくつもの切り傷を刻んでいく。

 一方で、ハルナさんの豪華絢爛な衣装もぼろぼろの穴だらけになっていく。


 大丈夫。戦えている。

 わたしだって立ち向かえている。


 しかし、ここは不特定多数が一堂に会している。不測の事態は起きるものだ。

 わたしの頭からすっぽり抜け落ちていた『敵』が、この決闘を見守っていたのだった。

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