第55話

 ステージ裏方――次の出番を待つ控室まで、あの歓声が聞こえてきてた。

 それに畳みかけて〈旅するアリア〉の伴奏が重なったのを耳にしながら、ナラクは彼女らを振り返る。


「――相変わらず、ソシエルたちの知名度は末恐ろしいものがある。やはり、ただ強ければ勝てるという相手じゃない。たとえお前たち〝英雄〟の実績をもってしても、民衆に愛されるアリアを倒すには実力だけでは駄目だ」


 彼女らのステージ開幕を前に、何か助言となるべき言葉をかけてやりたくて、そんな言葉を贈るナラクであったが。


「みんなに愛されてることも含めて、それがアイドルの〝実力〟ってことだよ。それに、ぼくたちは自分を〝英雄〟だなんて思ってない。まだ新人のままのつもりだから、今後ともプロデューサーが指導してくれないと、ぼくたち路頭に迷っちゃうよ?」


 そう言って眉尻を下げるのは、銀白のドレスに、長い銀の髪を花帽子で飾るアイドル――ユーフレティカ・アールビィだ。腰に釣り下げた小道具のレイピアを抜き、その束を君主に捧げるかのように胸に掲げ、微笑み返してくる。時と場所を選ばねば気障な振る舞いに見えかねないが、女性的に成熟した体と高い身長、そして精悍な佇まいを兼ね備えたユーは、男女問わず、あらゆる客層の支持を集め始めていた。


「そうなのです、そうなのです。人界でも魔界でもなくって、まおーさまのアイドルなのです。誰ひとり欠けても、ミュゼたちわアイドルすることができません、ので」


 最後の方、ちょっと拗ねた言い回しで、ちょっぴり怒りんぼの顔がナラクを見上げてきた。

 そんなミューゼタニア・ブルタラクは、ツーサイドアップに結ったストロベリー・ブロンドの巻き毛をふるふると揺らせて、いつもの眠たそうな無表情顔に戻す。その髪に乗っかる傾いた小さな王冠は、ユーの花帽子と対になるものだ。その黄金色を頭上に頂いて不機嫌な姫君だと振る舞えば、ナラクは思い知るしかない――ガベルの敗れた新魔王軍を見事退かせてみせた、ミュゼの魔界の姫としての風格を。

 ただ、あれは全面戦争を回避するための作戦だったとはいえ、新魔王側に彼女を潜入させたことについては、まだ機嫌を直してくれていないらしい。近ごろのミュゼはシャルに負けじと我が儘を言うようになり、ナラクを困らせる場面も多々あった。


「まおーさま、ミュゼは戻ってきたいから、まおーさまとユーのそばに戻ってきました。ミュゼがそうお願い事をしたの、まだなっとくがいきませんか?」


 こく、と小首をかしげながら、上目づかいをするミュゼ。

 ミュゼは〈使徒〉に願った。もしアイドリア・クラウンで自分がユーに勝てたなら、ナラクとユーと再びいっしょに歌いたい、それだけがひとつだけの願いだ、と。闘技場戦争において敗者の願いは聞き入れられないが、ミュゼの願いくらいミュゼ自身の力でも叶えられるのだと〈使徒〉は答えた。


「だからおれは、ミュゼはもっと欲深くなるべきだと助言しただけだ。〈使徒〉の褒美にそんなことを願わずとも、元よりお前の居場所はこのナラクの傍らだ。まあ、お前の好きにしたんだから、それでいいが……」


「ばか、そういう問題じゃないよ、ナラク。願いがかなって、こうしてぼくたちがまたいっしょになれたからこそ、奇跡みたいで素敵なんだ」


「そうなのです。うちのプロデューサーさまには、もっともっとアイドルの〝ろまんちっく〟を勉強していただかないと、です」


「〈ペンタミュール商会〉も、これからどんどんアイドルしていくことになるんだから、プロデューサーもそこんとこ、しっかりしてくれないとね?」


 とはいえ、こうしてこの二人が再びナラクの前に、笑顔のアイドル姿で立ってくれた今。


 ――このおれですら、嬉しいって感覚が湧き起こってくる。ただお前たちの歌がおれの呪いを癒やしてくれるってだけじゃなくて。世界を変えていく〝力〟ってやつは、いつ見ても恋い焦がれるもんだ。


 そんなこと言葉には出さないが、そういえば魔王たる自分が〝恋〟に焦がれるなどとたとえてしまった自然が、まったく馬鹿馬鹿しくなるくらいで。

 ふと気付けば、カーテン越しに競い合われていた〈旅するアリア〉のステージが、最後の歌声を観客席へと響かせていた。


「――さあ、本ステージの裁定が下されましたあ! ステージを征した勝者は――〈銀妖精のアリア〉! ヴェナント代表アイドルとしての潜在能力を、今回も見せつけたあ! さすがつよい、圧倒的な強さだよ~!」


 キーメロウにより、勝者の名が告げられる。挑戦者も新人ながら大検討したようだが、やはり頭ひとつ以上抜きんでた〈銀妖精のアリア〉は、膨大なカードを獲得したことだろう。

 もう間もなくだろうかと思えば、示し合わせたようにステージ誘導員が控室に現れた。


「失礼しまーす。もうそろそろ出番ですので、準備をお願いします、ユーフレティカさん、ミューゼタニアさん」





 ミュゼとユーは、それに応じて振り返ると、最後に互いに目で合図し合う。


「行くよ、ミュゼ」


 ――見てなよ魔王……ううん、ぼくのプロデューサー。新しい世界はこんなにも素敵だって、ぼくたち二人でもっともっとキミに教えてあげるから。


「うん、ふたりでいっしょにがんばろうね、ユー」


 ――ミュゼたちで戦い抜いてきます、まおーさま。みんなの〝すき〟をいっぱい、集めてきちゃいます。





 そしてミュゼから、ユーの手を引いて先を行く。

 開け放たれた、白いトンネルの向こう――ステージへと至る花道に、二人は繋いだ手で互いを支え合いながら、ヒールをひた鳴らし、並び立って駆け出していく――――――。


「――――さあ、次の挑戦者は、ヴェナントを救った勇者と吸血鬼、あの二人が再び手を取り合って結成したアイドルレギオン――さあ、本オーディション最大のダークホース、〈輝けり戦乙女〉がついに登場だっ――!!」

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輝けりアイドリア・クラウン ~魔王様がわたし達のプロデューサーです! 学倉十吾 @mnkrtg

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