それでも魔女は毒を飲む

宵埜白猫

それでも魔女は毒を飲む

魔女、人間より体が丈夫で、ちょっとだけ不思議な力が使える存在。

寿命も見た目も人間とほとんど変わらないし、良い魔女がいれば悪い魔女もいるところも、人間と変わらない。

少なくとも、私は悪い魔女じゃないと思いたい。


そんな物思いも、露店の賑やかな声にかき消される。


「お姉さん!今日はうちで魚買ってきなよ!」

「いやいや、今日はうちで肉だって!」

「それより果物がいいだろ!」


店主達が口々に自分の店を宣伝する。


「そうね、今日は果物にしようかしら。何かおすすめはある?」

「今日は取れたての林檎が入ったんだ。さっき味見したんだが、甘くてうまいぞ」

「じゃあその林檎を3つちょうだい」

「ほい林檎、今後ともご贔屓に!」


私は代金を支払って林檎を受け取る。

帰ろうと振り向いたところで、露店の隅で膝を抱える少女と、目が合った。

腰まで伸びた真っ黒な髪はぼさぼさで、白い肌は泥まみれだけど、青い瞳だけはまだ綺麗な光を宿していた。

きっと、元は綺麗な子なんだろう。

汚れていても心惹かれる、不思議な子だ。


「ねぇ、あの子はいつからあそこにいるの?」

「ん?ああ、あの子か。親が死んだかなんかで、3日前からあそこに座ってるよ」

「なぜ誰も助けないの?」

「1人助けたら、他の奴らにも付きまとわれるからさ」


あんたも気を付けなと言いながら、店主は路地裏を指差す。

そこには少女と同じように、老若男女が襤褸ぼろを来て寝転んでいた。

確かに、あれに絡まれるのはめんどくさいかもしれない。

けど、あの子のことをこのまま見ないふりなんて出来ない。


「貴女、お腹空いてる?」


私が声をかけると、少女は脅えた様子で頷いた。


「そう。じゃあこれでも食べなさい」


私は買ったばかりの林檎を1つ、少女に手渡す。

少女は驚いた顔で、手の中の林檎と私の顔を交互に眺める。


「じゃあね」

「……あ、待って!」

「何?」

「あっ……えっと、ありがとう」


諦めたような少女の笑顔が、胸をチクチクと刺す。


「ねぇ貴女、私の家に来ない?」

「え?」

「住むところも、食べる物も無いんでしょ?」


少女は悲しげに頷く。


「なら一緒に来なさい」

「いいの?」

「ええ」

「お姉さん、ありがとう」


やっと、年相応の幼い笑顔を見せて、少女は私の後ろを静かに歩き始めた。


家に帰ってすぐ、私は少女をお風呂に入れた。

少女は物珍しそうにお風呂を見て、おっかなびっくりしながらお湯に浸かり始めた。


「お湯は熱くない?」

「うん。とっても気持ちいいよ!」

「なら良かったわ」

「お姉さん、ほんとにありがとう」

「いいのよ、私がしたかっただけだから。それより、ちょっとこっちに来なさい」


少女は不思議そうにしながらも、素直に歩いてきた。

彼女の濡れた髪に、そっと指を通す。


「ふふ、くすぐったいよ。どうしたの?」

「貴女ってやっぱり可愛いわね」

「え?」

「黒い髪も、白い肌も泥なんて付いてない方が良い」


その綺麗な青い瞳も。


「私の物になれば良いのに……」


髪から離した指先で彼女の頬を撫でる。


「っ!?お姉さん?」


ああ、戸惑った顔も、なんて可愛らしいんだろう。

彼女の潤んだ青い瞳に引き込まれるように、私の唇は気づけば彼女にそっと触れていた。

ピリピリとした刺激と、溶けてしまいそうな熱に驚いて私はさっと身を引く。


「……ごめんなさい」


目の前の少女は顔を赤く染めて、こくこくと頷いた。


「本当に、さっきはごめんなさい。あなたがあんまり可愛いからつい」


私は魔法で少女の髪を乾かしながら、謝罪と言い訳を続けていた。


「もういいよ。別に気にしてないから……」


なんとも思われないのも、なんか嫌だな。


「お姉さんって意外とお茶目なんだね」


お風呂に入ってさっぱりしたからか、少女の声にも元気が戻ってきた。


「意外は余計よ。私だって普通の女の子なんだから」

「ふふ、意外だよ。だって魔女ってもっと怖いものだと思ってたから」


こんなに可愛い魔女もいるんだね、と言って少女は笑う。


「あっ!そうだ!優しくしてくれたお礼に、お姉さんにお茶淹れてあげる!」

「お茶?」

「うん!薬草で作るお茶なんだよ!」

「でもお茶に出来る薬草なんて家には無いわよ」

「大丈夫!さっきここに来る途中で見つけたから!」


聞くと昔母親に教わったものらしく、楽しそうにそれを話す少女は、愛おしかった。


「分かったわ。一緒に取りに行きましょ」

「うん!」


少女の行っていた薬草は、私の家のすぐ近くにあった。


「これだよ!」


少女が指差したのは林檎の香りがする花だった。

これは、確かに人にとっては薬草になるわね。


「じゃあ、少し取って家に持って帰りましょうか」


この甘い香りのする花は、魔女にとっては毒だけど。


「うん!乾燥させないとお茶には出来ないから、飲めるまではあと何日かかかるけど」


楽しそうに笑う彼女がくれる甘い毒なら。


「楽しみだね!」


私が死んだら、この子は悲しむんだろうか。


「ええ、楽しみね。」


そんなことを考える私は、やっぱり悪い魔女かもしれない。

もしそうだとしても。



それでも私は、毒を飲む。





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それでも魔女は毒を飲む 宵埜白猫 @shironeko98

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