二日目⑧ チュートリアル


「じゃあとっとと始めますんで~・・・では」 

 そう言うと、どこからか突然顕在した物体をエアリーは握りしめた

武器と思われるそれは、どこか日本刀を彷彿させるような太さと独特な湾曲を生み出しているのだが・・・刀にみられる独特の鈍い光色が見れない


かなり錆びてしまっているようだ

「ふぅぅ」

エアリーは大きく息を吐く

チャキッと刀を構える音が聞こえたかと思うと、目にも止まらない速さで目の前の

巨大トンボに向かって突っ込んでいった

トンボとの距離、僅か2メートル、エアリーが刀を振る寸前、己の生命の危機を感じたのか、羽を目いっぱいに羽ばたかせ・・・

そうしてふわりと踊るように浮く

今は悠々と高度約15メートル程でホバリング飛行をしている


しかし、エアリーはどういうわけか武器の先端を

構えながら、何にかをぶつぶつと

言いはじめた


「標的35.1820136.223151 .4035IM・・・」

何かしらの数字の羅列、そして英語のような言語が聞こえてきたが、

何のことなのかさっぱりわからない


と、その瞬間、トンボの様子が大きく変化した

目の色が変わったのだ

いや、実際のところは変わっていないのかもしれないのだが、

さっきまでとは全く違う 明確な殺意を持っている目なのだ


エアリーの方向をギョッとにらんだと思ったら、突如


「キィイイイイイイ!!!!」


「っつ・・・!?」

耳を針で突き刺すかのような金属音が聞こえてきた


自分の耳を堪らず塞ぐが、鼓膜を破ってきそうな音は終わるかと思いきや

さらに音量を増してくる


「・・・うっぷ・・・」

「大丈夫!?」

安立は音に酔ってしまったのかその場でしゃがみこみ、

吐き気を必死でこらえている。横で御園生が安立の背中をさする


「ありがとう・・・心配しなくても別に大丈夫だから・・・」


涙目になっている安立はその見た目とは裏腹にしおらしくなってしまっている

さっきまでの威勢はどこえやら・・・


そんな様子とは違い、布市はただただトンボをじっと見つめていた

その真意は全くわからない


そうしているところに

「皆さん、もっと後ろに下がってくださいね~

そろそろ攻撃が来ると思うので~」


そうエアリーが言った途端、シュ――と自転車に空気が入っていくような音とともに

トンボの大顎から禍々しい紫の球体が口から一発、エアリーに向かって発射された


大きさは直径30センチといったところ

しかし、打ち出される速さはプロ野球選手の全力ストレートレベル


エアリーは難なく体をねじって躱す 

が、弾が地面に着弾した瞬間に地面に亀裂が走る

刹那、小さなクレーターが出来上がる


こんなもの直弾したら、体が粉々になる


だが、その後さらにトンボは機関銃のごとく弾を連射する

エアリーは刀で防ぎ、躱し を繰り返して攻撃の機会を伺う


しかし、よけられなかった弾が頬にかすり、腕をかすり、文字通り少しづつ削られているようだ 


「・・・」

心なしかエアリーにも苦悶の表情が伺える 


そんな時、自分にはこの初めて人の死を見るかもしれない

と予期してしまった


軽い気持ちで突如始まった異世界 

ゲームの世界でもお約束のチュートリアルのような状況で軽く安心していた

エアリーが大丈夫だと言っていたし心配ない

たかがチュートリアル

そう思っていた

 だが、それはというような生ぬるいものではなく

とてもな、生きるか死ぬかを分けた壮絶なものだと知る


まだ、何も知らない、強さも分からない自分が情けない


だが・・・

突如エアリーが青く鈍色のオーラを放つ

というよりもさっきまで錆びてしまっていた刀がまばゆい光を放ち、


さっきまでの攻撃がすべて逸れる

すべてが透けていく

まるで次元が違うんだと言っているかのようだ


そして刀を槍のように持った後、右腕を引くそれと同時に左手を広げ、

人差し指と中指の中に見据えた対象物を入れ込む

格好は槍投げそのものだ

その目は刀と同じ青鈍色に光っている

そしてボソッと一言


「墜ちろ・・・」

さっきまでの気の抜けた声でもなければ

それ以外の声でもない

初めて聞いたその音は低く薄暗い


 と思っていた刹那、腕を投げる

助走もないその一撃はとんでもなく速い


その一投げはまっすぐと対象物に向かって進む


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 今までの自分の攻撃が当たらなくなった。

まずい

さっきの人間の色が変わったので攻撃を止めていたのだが

これまでとは比較できない、オーラ。


 今まで地面から全く攻撃してこなかったあの人間を

俺は完全に舐めてかかっていた。

『今はぎりぎりで躱しているだけだろうからどうせ

体力を消耗させるだけだ』と。


だから、いたぶり続けた。自分のほうが格上の存在なのだと。

そして後ろにいる弱そうな奴らを絶望させてから

あの人に。私のご主人様に。

 前々からここにあの人間が来ることは知っていた。

情報通りに来てみたらやっぱり正しかったようだ。

俺は命令通りに動いた。何もかも。


だが、あんなものをさっきまで隠されていたということは

俺のほうがなめられていたのかもしれない


あいつはヤバい。俺なんかでは絶対に勝てない。

あの刀は確実に俺を貫く


心はもう負けを認めている。だが、体は本能のまま動く。

今まででも発射したこともないようなエネルギー弾が口に蓄えられていく。


今はこれを維持するので精いっぱいだ。

その弾を刀の槍に思い切りぶつけた。

反動が大きい。俺の内臓がもうぐちゃぐちゃになっているだろう。


だが、その凶器の速度は勢いをとどめることなく・・・


ぐちゃっ

脳天が破裂する音を聞いたのを最後に、意識がぷつりと消えた


結局、無慈悲にも俺の体を貫通していったのだった。



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 「いや~ちょっと危なかったですね~」

と、頬の擦り傷をぬぐいながらエアリーはまた、

飄々とした口調に戻っていた


「それよりも大丈夫ですか~?安立さ~ん」


「だ、大丈夫よ!別にちょっと吐きそうになったからっていうのと

怖かったから泣きかけたってわけじゃないから・・・!

・・・勘違いすんなよ」


昔のアニメキャラのようなツンデレセリフを吐く安立

その目はさっきより少しメイクが崩れている

 

 昨日までの安立=ギャル=怖い

というようなイメージが根っこから変わりそうであったが、

やはり最後の言葉の圧が強すぎるので自分の中の評価はどうも変わりそうにない


「そんなこと、エアリーさんは言ってなかったけどな・・・」

御園生の余計な一言のせいでギョロっと威圧する安立


うん、やっぱり女子怖い


「じゃあ一旦帰ってから次のステップに行きましょうか~」

と、エアリーは元来た道を指さして言った

「わかりました」

「そうよねー」

「そっ・・・そうですね・・・」


ここにきて久しぶりに声に出してしゃべった気がする

たったの五文字ですらろくにしゃべれない自分を殴りたい


そう思ったが誰も特に気にすることなくそのまま

帰るために歩き始める




誰からも存在を忘れられてしまっていた

布市を残したまま・・・





 



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自分の黒歴史になりそう 二重跳び @nijuutobi

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