それでも魔女は毒を飲む 4
「それ以上、口をきいたらお前の命は無いと思え、少年」
羊飼いの少年は首筋にピタリと当てられた鋭く冷たい刃の感触に息をのみました。
いつの間にか少年の背後に二人の女が居ました。
そのうちの一人の女が、少年の喉にナイフを突きつけているのでした。
「私はマージ」
「我はジョー」
二人の女が言いました。
「私たちは『魔女の美しい世界を壊さないであげて同盟』の者だ、少年。ナイフを離すぞ、いいな、声を出すなよ」
二人とも、先ほどの魔女の同業者でしょうか。二人の中年女性のうちの一人は少年の喉からナイフをそろそろと下ろしました。途端に錯乱したように少年が叫び出しました。
「何アレ、何アレっ! ひでえっ! 見た? みたみた? さっきの人。アレ、まじやべえっ……!」
慌てて女の一人が少年の首を絞めましたが、しかし動揺のあまり、少年は喚き立てずにはいられません。
「仮の姿の方がまだマシじゃんっ! 何? あの人、真実の姿の方がイケてると思ってんの?」
「昔はイケてたのだっ! それはもうブイブイに! 誰も太刀打ちできないほどになっ! 失礼だぞ、少年!」
「それでも、あのナリでだよっ? いい女風に、『将来いい男になってみなさい、私がもしかしたら相手してあげるかもね』なんて言われて俺、ビックリしたわ! 寒イボたったわ!」
「黙れ、少年! あの方は昔は世界で一番美しい女性だったのだ! 誰もが平伏すほどにな!」
しかし、少年の口は止まりません。
「だって、あの人酷かったよ? おっぱい伸び切って肩にかけて首に回して結べるくらい垂れてたよ?服の上からでも分かるくらいに!」
「昔は誰もが憧れる超巨乳だったのだ。しかし、仮の姿に甘んじるあまり、彼女は下着を着けず、ノーブラだったのだ!」
「婆ちゃんは婆ちゃんでも、なんだよ、あの肌は! 婆ちゃんってのはさあ、シワがあってシミがあっても割と肌はツルッとして綺麗なもんじゃん! なのにあの人、シワもシミもあって、なおかつ吹き出ものだらけじゃん! 毛穴から虫の卵みたいに白い角栓、ニョロニョロ出てたじゃん!」
「仮の姿の肌が酷かった故、彼女はスキンケアに気を止めなかったのだ! 元々が超美肌ゆえに安心して、ろくに洗顔もしなかったのだ! 仮の姿でいる時間の方が長かったから、紫外線対策もしなかったのだ! しかし、真実の姿の上には確実に紫外線が降り注ぎ、ダメージはモロまとも、しかも皮脂で酸化のダブルパンチをくらっていたのだ!」
もう一人の女もたまらずに言いました。
「全ては彼女が美しかった故に、起きてしまったのだ! 美し過ぎたゆえの怠慢があのような悲劇を引き起こしたのだ! しかしあの方は少女のような無垢さで未だに運命の王子様を待ち続けているのだ!」
そうなのです。
とうに女としての適齢期を過ぎ、美しさを失ってしまった魔女は、それでも王子様を待っているのです。
「くっ、何と痛々しいっ……あの人を追いかけ回した男たちはもうとっくにあの方のことを忘れ、何人かは醜さに気がつき、見放したというのに……っ!」
「あの年まで、いや、あの見かけでは誰でも相手にはしてくれまいっ! 人外でさえもな! しかし、あの人は気がついてはおらぬのだ」
「痛々しすぎるでは無いかっ! 悲しすぎるではないかっ! あんなに美しい女だったのに」
「私たち同胞の魔女は、あの姿を見ておられず、あの方の世界を守り抜くと誓ったのだ。あの方が命を果てるまで、その世界が壊れないように……」
「あの年まで純潔を守ったのだ。最後は報われるに決まっている。童貞のまま死ねば賢者になれるとか、ドコゾの宗教では善行を積んで死んだら天国に沢山の処女が待っている、とかいうではないか。きっと、あの方ならば天国でイケメンの童貞が百人は待ち構えてくれているはずだっ! いや、そうに違いない!」
何、言ってるんだろう、この人たち。
そう思った少年の頭に手を振りかざし、女の一人が呪文を唱えました。
「悪いが少年。トップシークレットを知った以上、記憶は消させてもらう。この事実を人に知られるわけにはいかないのでな」
* * *
毒を飲む魔女は、本当に気がついてはいないのでしょうか。
いえ、とっくに気がついていますが、真実を認めたくないだけかもしれません。
真実から目をそらせば、美しく幸せな世界で正気を保っていられますから。魔女の目には、薬が切れた時の姿も若い時の姿のままで映っているのかも知れせん。
だから今日も、魔女は毒を飲むのです。
自分の世界の中で、いつか出会う王子様を探して。
貴方の住む町にも、魔女が現れるかもしれません。その時は温かい目で見守ってくださいね。
女はいつまでも少女で乙女。
適齢期とか、品質保持期限がどうとか、関係なく。
それでも魔女は今日も毒を飲むのです。
それでも魔女は毒を飲む 青瓢箪 @aobyotan
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