それでも魔女は毒を飲む 3
長い年月が流れました。
魔女はそろそろ、身を固めようかと思いました。
というのも、同期の魔女たちはとっくに結婚しており、独身であるのは自分だけでした。中には、とっくに孫も居て、おばあちゃんになった同期も居ました。
それに、実は最近、魔女には気になる者が出来ました。
三年前から魔女に弟子入りした者が居たのですが、その弟子の青年のことが気になって仕方がないのです。
金髪に緑の目の麗しい姿で、真面目で控えめで気持ちの良い青年でした。自分よりも年下でしたが、魔女にはそんなことは気になりませんでした。
その青年に自分は恋をしているのだと魔女は気がつきました。初めてのことでしたが、魔女は勇気を持って想いを青年に告げることにしました。ようやく、王子様と巡り合えたのです。
魔女は青年には見せたことのなかった真実の姿をさらけ出し、告白しました。
「おお、私の愛する人よ。私は貴方のことをずっと待っていたのです。お願いです。私の愛を受け入れて、どうぞ私を愛してください」
魔女は青年が自身を受け入れないはずがないと思っていました。
ところが。
青年は魔女の言葉に非常に驚いたように目を見開きました。その目の見開き具合といえば、目玉が転がり落ちるかと思うくらいでした。
青年は振り絞るような声で、つぎの答えを吐きました。
「お許しください、マスター。私には貴女に釣り合う自信がありません。貴女は私に相応しくない。私はここを去ります。どうか私のことはお忘れください」
そして青年は去りました。
初めての失恋でした。
魔女はショックを受けましたが、彼は自分の本当の王子様では無かったのだと思い直しました。ええそう、きっと、世界の何処かに本当の王子様が居るはずです。その日まで、待ちましょう。
その頃には、追っかけの男が一人も居なくなっておりましたが、それでも魔女は毒を飲みました。追っかけの男たちの存在が消えた事には、魔女は大して疑問を持ちませんでした。
そしてまた幾月かの時が流れました。
* * *
ある村に、羊飼いの少年がおりました。
少年はある時、悪い事に狼の群れに遭遇してしまいました。
万事休す。少年が命を落とすかという時に、なんと奇跡が起きました。狼が少年に飛びかかろうとした正にその時。少年の前に立ちはだかった者があったのです。
「ムタボール! 去れ!」
突然現れた一人の女が呪文を唱えると、キャン! とオオカミたちは鳴いて一目散に逃げ去りました。
「フウ。危ないところだったわね、坊や」
女は驚いている少年の前で、フードを取ると、ため息をつきました。そして懐から小瓶に入った薬を取り出し、一息に飲みました。すると何という事でしょう。たちまち、女は大きく垂れ下がった鼻には先っぽにイボがあり真っ赤、欠けた汚らしい茶色のすきっ歯、頬は痘瘡の跡で穴ぼこだらけ、といった姿に変わったではありませんか。
「私は魔女。ふふ、姿が変わってびっくりした? 私はね、元の姿にならないと、魔法が上手くかけられなくて。だから、さっき、慌てて元の姿に戻ったの。普段は毒の薬を飲んでこの仮の姿になっているのだけどね。うふふ」
魔女は気味の悪い顔で笑いました。
「私はね、いつか出会う王子様のために本当の姿を隠してるの……ふふっ、それはもしかして将来の貴女かもしれないわね」
その言葉を聞いた少年は大きく目を見開きました。
「それじゃあね、気をつけるのよ」
そう言って魔女が去った後、少年は思わず口走りそうになりました。
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