相対性理論入門

秋野大地

第1話

 先日(と言ってもかなり月日が経ってしまったが)、実にセンセーショナルな雰囲気をかもし出しながら、ブラックホールの写真が公開された。

 M87銀河? (間違っているかもそれない。ウルトラマンのふるさとと混同し、いつも分からなくなる)

 脚光を浴びたブラックホールは、その辺りにあるらしい。 

 その辺りにあると言ってはみたものの、そもそもその銀河が何処にあるか、僕にはさっぱり分からない。グーグルが、今度は宇宙地図を出してくれたらありがたいと思っている。

 脚光を浴びたブラックホールは、太陽系から五千五百万光年くらい離れている。つまりものすごく遠いところにあるようだ。

 そしてあの写真の光の輪は、太陽系をすっぽり包み込むほど巨大らしい。太陽や地球ではなく、それは太陽系より大きいのだ。地球や火星や土星を含む太陽系の大きさなど、もはや自分の想像限界を超えている。一つ事象がそれより大きいとなると、まるで実感がわかない。

 とにかくこの発見には、快挙とか、躍進とか、今後の物理学の進展に期待とか、様々な賞賛と共に世界中が沸いたということだから、なるほど、何かすごいことが達成できたんだろうことには、自分も薄々気付いている。

「それの何が凄いのよ。写真には全く面白味がないけど」

 我がフィリピーナ妻より、素朴な質問が飛んできた。素朴な質問ほど厄介なものはない。どうして地球には人間がいるの? みたいな質問に答えるのは苦労する。

「みんなが驚くことは、凄いに決まっているんだよ。以上」

 そもそも、アメリカやイギリスがどこにあるかを知らない妻に、太陽系だの銀河など、どうやって説明しろと言うのだ。

 ブラックホールを知りたがる前に、どうして林檎は木から落ちるのか、そこから理解すべきである。

 というか、よくよく考えれば彼女の大学での専攻は、なんとサイエンスだった。

 あなたが僕に教えるべきだろうと思う。

 

 ブラックホールの存在は、元々アインシュタインが特殊、一般相対性理論を発表し、もしそれが正しければブラックホールなるものが存在するはずだというところから始まった論議である……おそらく。

 ブラックホールに関する調査は物理学が理屈を主導し、その正しさを証明するために天文学者が奔走する構図となった。

 なぜ天文学者? ということは、このあとを読んで頂ければそれとなく分かると思うが、とにかく様々な観測結果により、アインシュタインの理論の正しさが実証され、たわけた理屈と疑われた相対性理論が、次第に信じられていった。

 アインシュタインの理屈を決定的にした一つの観測は、皆既日食(月と太陽が重なり、太陽が月に隠れる現象)を待ち、本来太陽の向こう側に位置して見えないはずの星が見えることを確認したことである。

 なぜ皆既日食を待つ必要があったかと言えば、普段は太陽が明るすぎて、星など見えないためだ。

 ならば夜に確認すればいいじゃないかと言いたい人のために言っておくと、太陽が近くに無ければ太陽の重力の影響を確認できないため、悲しいかな夜の観測には意味がない。

 結果、皆既日食時、太陽の向こう側にいて見えないはずの星が、太陽の横に見えた。本来あるはずの場所とは違う位置に見えたことが、ここでのミソである。

 重力は時空を歪ませる、というアインシュタインの主張に基づいて、太陽の裏側に位置する星の光の通路(空間)が太陽の重力によって歪み、その結果光の進行方向が変わり、太陽の脇にその星の虚像が見えるはずだと計算されていたのだ。

 光は空間に沿って直進する性質を持つ。その空間が歪んでしまえば、通過する光も曲がるはずだという理屈だ。そして見えないはずの星が、予想通り、実際と違う場所に見えてしまった。


 今回のブラックホールも、予め仮説があり計算もされていた。ブラックホールには核となる何も見えない黒の部分があり、その周辺に影があり、更にその外周に光が見えるはずだと。

 ブラックホールとはそもそも、膨大な質量の点が大きな重力を持ち、その核から半径xxkm内に入った物体を全て吸い込んでしまう事象を生み出す天体だ。

 それは光でさえ吸い込むという、恐ろしい魔物のようなものだ。

 そんな恐ろしいものが、光の速度でさえ五千五百万年もかかるほど遠くにあるのは幸いだった。

 ブラックホールに吸い込まれた光は波長が変わり可視光ではなくなるため、そのものを直接捉えることはできない。つまり、真っ黒な何かが見えるだけとなる。

 しかし重力によって空間が歪むとなれば、先程のxxkm範囲外の光は辛うじてブラックホールに吸い込まれることを免れ、ブラックホール周辺の歪んだ空間で進路を曲げられる。

 それらの光はブラックホールの周りをぐるぐる回り、何度も回るうちにこちらから見える光の強度が上がり、ブラックホールを取り囲む光の輪として見えるはずと予想されていたようだ。

 それがその通りに見えたものだから、科学者たちが一斉に色めきたったということだ。


 アインシュタインの提唱した相対性理論は、まさしく画期的であった。画期的過ぎて、疑いを持つ人も多かった。

 時空は相対的に変化する。

 なるほど、そうですか……。で? それは一体何ですか? と言いたくなるような、格言じみた理屈だった。

 時間も空間も絶対的なものではないと言っているのは分かる。しかし実際、時間や空間が相対的であるとはどんな事象を指すのか、これを感覚的に理解するのが難しい。

 先ず、それを理解するためには、光の速度が(慣性系で)絶対的なものであることを知らなければならない。

 なぜ光の速度が絶対的なものなのか、実は自分はよく分かっていないのだが、そう決めないと話が進まないから僕は仕方なく納得している。

 このことは、実験で確認済みらしい。

 どうやって実験するのか分からないが、光を発してそれがどこかに反射し戻ってくる時間を計測する箱でも用意すれば、その箱を色々な速度で移動させても光の速度が変わらないことを確認できそうな気がする。

 とにかくその前提で話を進める。

 宇宙を飛ぶ巨大なロケットがあったとする。その中に、三十万キロの長さを持つ筒が、ロケットの進む方向に対して垂直に立っている。(光の速度が秒速三十万キロだから、筒の長さも三十万キロにしている)

 ロケットの中に、Aさんが乗っていた。

 ロケットが進んでいる中、筒の底でストロボの光が発射される。すると光の速度は秒速三十万キロだから、その一秒後に、Aさんは筒の上から光が出るのを見ることになる。

 その様子をBさんが地球から観測していた。

 Bさんから見てロケットは左方向に進んでいるため、筒の底で発射された光は左斜め上に進んでいく。

 すると何が起こるのか?

 Aさんが一秒後に見た筒の上に到達する光は地球上のBさんにも見えるが、Bさんの見た光は斜め上に進んだため、筒の上に到達した光は筒の長さである三十万キロより長い距離を進んで筒の上端に到達したことになる。

 しかしここで、思い出さなければならない。

 光の速度は常に一定で、ロケットが進んでいようが止まっていようが、秒速三十万キロという絶対的なものであることを。

 つまり地球上にいるBさんにとって、左斜め上に進む光の速度も秒速三十万キロである。

 すると、Aさんにとっての一秒間(光が真っ直ぐ上に三十万キロ進んだ時間)に、地球上のBさんにとっては、光が斜めに三十万キロ以上の距離を進んで筒の上端に達しているので、一秒以上の時間が経過しているということになる。

 つまりこれは、状態の違う二人の上に流れた時間が違うことを意味する。

 だから時間は状況次第で変化する、相対的なものということだ。

 もう一度言う。移動するAさんの周囲で流れる時間と、静止しているBさんの周囲で流れる時間は違う。


T=T'√(1-(v/c)^2)

という式が導かれている。T'は先の例で言えば静止しているBさんの時間。Tは速度vで移動するAさんの時間、cは光の速度となる。

 これは、Aさんが光の速度で移動 (v=c) するとT=0となり、Aさんの時間が止まることを意味する。(^2は二乗の意味)

 時間が止まる? 時間が止まれば、僕たちは一体どうなるのだろう。


 深く考えすぎると頭が変になるから、有名な双子のパラドックスの話を紹介する。

 双子の兄が光速の9/10の速度で三十年間宇宙を旅して地球に戻ると、双子の弟の時間は六十八年経過していて、弟はすっかりおじいさんになっているという話だ。相対性理論の世界では、こんなことが起こりうる。

 これを先ほどの式に入れて実際に計算してみると

T/T'=√(1-(9c/10/c)^2)=√(1-(0.9)^2)=0.4358894354

となり、三十年間の三十をこの値で割ると68.8という結果になるから、双子の間に流れる時間は違うことになる。

 ということは、光速に近い速度で旅に出ると、未来を見ることができると言える。そのくらいの速度で三十年旅をして地球に戻ると、そこは更に三十八年先の世界になっているのだ。

 ならば光速そのものの速度で旅に出たらどうなるのか。理論上、旅に出た人の時間は止まるため、未来を見ることが可能となる。これでタイムマシンを作ることができるのだ。但し、未来を見ることはできるが、過去に戻ることはできない。

 ここで時間が遅くなる、あるいは止まるというのは、どのようなことなのだろう。

 これは、それほどの高速で動いた場合、物質の原子レベルの運動速度が遅くなる、というのが実態に近い把握の仕方となる。

 つまり機械で動く時計も、その規則に則り実際の動作が遅くなる。

 ならば、もし物質が光速で移動すれば、人体を含めた全ての原子運動が止まることになる。そうなったときに何が起こるのか、そこまでは分からない。

 ついで言うと、高速で移動する物体は、長さも変化する。

 L=L0√(1-(v/c)^2)

 ここでLは速度vで移動する物体の長さ、L0は物体が静止しているときの長さとなる。つまり、物体が高速で移動するほどその長さは縮まり、光速に至れば物体の長さはゼロになる(ゼロに見える)。

 移動速度が光速の9/10だとしても、先程導いた結果と同じでL/L0は0.4358894354と、物体の長さは半分以下に見えることになる。

 このことも、すれ違う電車を使った例を使い説明可能だが、文章で説明するのはややこしいので、インターネットで検索してみて欲しい。

 さて、ニュートン力学にも相対性理論は存在するが、この理論の基礎は、ガリレイによって最初に導かれた。

 これは、力が働かなければ運動量(質量と速度の積)は一定に留まるという法則である。

 ある物質が等速運動(一定の速度で動いている)しているとする。

 移動方向はx軸のみとする。時刻tと時刻t'の関係を座標系で表すとすれば、

t'=t、x'=x-vt、y'=y、z'=z

となる。

(t'はt時間後だからt、x方向に等速度vで移動すればその移動距離はvtであり、x'はxからvtだけ移動した座標、移動はx座標方向のみであるからy`もz'も変わらない。)

 この数式は正しいと思われてきたが、マクスウェルが電磁方程式(電子、電気工学を学ぶ人にとっては、非常に重要で有名な方程式)を発表すると、このガリレイの式との矛盾が指摘されるようになった。

 これが特殊相対性理論の次式で解決される。

t'=(t-vx/c^2)/√(1-(v/c)^2)、x'=(x-vt)/√(1-(v/c)^2)、y'=y、z'=z

 数式が多くて申し訳ないが、言葉だけでは上手く説明できないためどうか勘弁して欲しい。

 ここで数式を理解する必要はないが、気付いて欲しいのは、物体の動く速度vが光速cに比べて非常に小さい場合、この式はガリレイの式と近似的に同じとなることだ。

 しかし電磁気学は光速が関与するため(電波の速度は光速と同等)、ニュートン力学とは矛盾が生じてしまう。この矛盾が、先の方程式(これをローレンツ変換式という)で解決された。

 このローレンツ変換式の大きな特徴は、時間も変換されるということだ。

 ニュートン力学ではt'=tであったものが、電磁方程式とニュートン力学の矛盾を解いたローレンツ変換式では、t'とtが一致しない。

 もちろん速度vが光速cに比べて小さければ近似的に一致するものの、そうでないケースでは一致しないのである。

 例えば光速に近い速度で一分移動したあとの時間は、移動した本人にとっては一分でも、それを見ている静止した人にとっては違う時間ということになる。

 これが先程から述べている、双子のパラドックス事象と関係している。


 次に重力が光を曲げるという説明は、比較的簡単だ。ここでは再びロケットに登場してもらう。

 宇宙空間に存在するロケットが、地球の重力によって地球に落下しているとする。しかしロケットの中は重力と慣性力が釣り合い、無重力状態という設定だ。

 つまり、ジェットコースターが落下する際体がふわりと浮く感覚があるが、まさしくそれが持続している状態を設定とする。

 このロケットに乗っているAさんの目の前に、ボールが浮いている。それをAさんが真横に押すと、ボールは真横に移動する。

 しかしこれを地球上から見たら、ロケットは地球に向かい落下しているため、ボールは放物線を描いて地球に落下している。

 このボールを光に置き換えると、全く同じことが言える。

 この光はAさんには水平に飛んで離れていくように見えるが、地球上から見ている人には放物線を描いて光が落下するように見えるのだ。

 これをアインシュタインは、光が重力によって曲げられたと考えた。

 重力により空間が歪む件は、次のように説明できる。

 地球の重力により落下するロケットの中で、ボールを適当な間隔で二個並べる。重力と慣性力が釣り合っているため、ロケットの中が無重力であることは変わらない。

 二つのボールがロケットと一緒に地球に落下する場合、厳密に言えばそれぞれのボールが地球の中心に向かっているため、その軌跡は平行ではなく角度がついている。つまり二つのボールは、ロケットの落下と共にじわじわと近づいていき、最後には地球の中心で重なることになる。

 ロケットの中でその様子を見ていれば、それは何も力が加わっていないのに、勝手にお互いのボールが動いて近づいていくように見える。

 アインシュタインはこれを、重力が空間を曲げた、つまり歪ませたと考えた。空間に存在するボールは、空間が歪んだために勝手に動いた、ということだ。

 ついでにもう一つの重要な法則を述べると、質量mがエネルギーEと等価ということである。

 馴染みの深い

E=mc^2

 という式である。

 cは光速であり秒速三十万キロメートルであるから、質量に光速の二乗をかけたエネルギーは莫大なものになる。

 その数式は若干補正され

E=√(m^2c^4+p^2c^2)

が導かれた。ここでpは粒子の運動量であり、その粒子の全エネルギーがこの式で表される。

 この式により、膨大な原子力エネルギーが、質量のわずかな部分から転化されていることを理解することができる。

 こうして相対性理論を俯瞰すると、時空やエネルギーは、光と密接に関係していることが分かる。

 それでも歪んでしまう空間や時間とはそもそも何で、宇宙で最速の光とは何か、などと考え出すと、それはそれでやっぱり頭が痛くなる。

 しかしアインシュタインの理論がなければ、今やみんなが便利に使っているGPSはなかったかもしれない。

 GPSは、GPS衛星が発信する複数の位置データと正確な時刻データ(GPS衛星は、非常に正確な原子時計を少なくとも二個実装している)を端末で受信し、端末に届くまでの時間と届いた位置情報を計算しながら自分の位置を計算している。(衛星と端末の距離=電波の速度×届くまでの時間)

 しかし、高速で移動する衛星の時間は地球上の時間と違うため、相対性理論を使い補正しているのだ。端末側に原子時計などは実装できないため、端末内の時刻は衛星から受け取る時刻情報によって常に補正されている。

 このように相対性理論は、身近なところで活用され、役立っている。決して荒唐無稽なものではない。


 こんな話をフィリピーナ妻にすると、超常現象も幽霊話も、何でもすぐに信じる人種であるがゆえ、未来に行きたいとか、過去に戻ってみたいという話になる。

 アインシュタインの説によると、この世に完全な固体は存在しないらしい。

 例えば大きな質量を持つ天体は自らの重力で縮み、最後は点になるそうだ。それがブラックホールなのかもしれないが、そんな話もフィリピーナ妻にすると、数年後には地球も点になると騒ぎ出す。

 とにかくこの世にはまだまだ不思議なことがたくさん残されているが、身近なフィリピーナ妻の不思議さも、解明に至るには当分時間がかかりそうで、中々飽きが来ないことが救いになっている。

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