二人の相性

平中なごん

二人の相性(※一話完結)

「――うぐっ…!」


 鉄筋コンクリート造りの堅牢な密閉空間内に、肉塊を強かに打ちつける鞭の音と、気色の悪い私の呻き声が木霊する……。


 その三畳ほどの狭い取り調べ室には窓一つないものの、頭上で煌々と光る蛍光灯のためにむしろ昼間より明るいくらいだ。


「この堕落した自由主義者のブタめ! ブタならブタらしく、国への忠誠心など捨てた方が身のためだぞ!」


「はぐっ…!」


 私の前に仁王立ちする、タイトな軍服にグラマラスなその身を包んだ女性士官は、制帽の縁から凍てつく氷のような眼で私を見下ろし、頑丈な革の鞭で再び露出した柔な素肌を思いっきり打ちすえる。


 スパイ容疑をかけられ、独裁的な某社会主義国で拘束された外国人の私は、こうして今、助けを求める声も外には届かぬ隔離された部屋で、人権もへったくれもない苛烈な拷問を受けているのだ。


「ほら、とっとと卑怯者のスパイであることを認めろ! このクズのブタ野郎めが!」


「あぐっ…! ……うがっ…!」


 後ろ手に手錠をかけられ、上半身を裸に剥かれて石の床に転がされた私を、諜報部の士官である彼女はなおも執拗に鞭で責め立てる……。


 薄い衣一枚まとわぬ無防備な私の皮膚は、鞭打ちされる度に弾けて赤い血を四方に迸らせ、焼けた鉄のように熱くたぎる、幾条ものミミズ腫れを痛々しくその表面に刻んでゆく。


「……フン……何度も言ってるだろう……私はスパイなどではない……」


 だが、それでも私は容疑を認めることなく、この肌を焼く熱い刺激に堪えながらも意地を見せてやる。


「くっ……生意気なブタめ。だが、いつまでそんな減らず口を叩いていられるかな……おい! こいつを丸裸にしろ」


 そんな私の態度が癇にさわったらしく、女性士官は赤いルージュの引かれた艶めかしい口元を歪めると、部屋の入口で見張っていた兵士を呼んで、残っていた下半身の衣服も剥ぎ取るように命じた。


 屈強な男の腕力で、私は一瞬にして全裸にされ、再び冷たくて寝心地の悪い床の上へ乱暴に放り出される。


「あらあら、大の男が貧相なナニも晒しておねんねとはなんとも恥ずかしいこと」


 後ろ手に手錠を嵌められているため、股間を隠すこともできぬ私の哀れで惨めなその姿を、彼女はあの氷のような眼差しでまたも見下しながら、わざとおどけた言葉使いでさらなる恥辱を与えようとする。


「……ひ、貧相かどうか……わかるほど男を知ってるようにも……見えませんがね、お嬢さん……」


 その言葉に気が昂ってしまった私は、場違いにも思わず挑発するような返しを口にしてしまう。


「チッ…舐めた口をきくなぁっ! この薄すぎたないブタ野郎めがっ!」


「…あぐっ! ……あふっ…! ……んぐっ…! ……くはっ…!」


 案の定、私の減らず口は彼女の苛立ちに油を注ぎ、よりいっそう防御力のなくなった裸体の私を、残忍な女性士官は怒りに任せて容赦なく鞭で連打する。


 バシン! バシン! と乾いた革の肉を弾く音と、堪えようにも漏れてしまう私の悲鳴がコンクリ壁に響くにつれ、それまで綺麗だった下半身の皮膚にもジンジンと疼く赤い条痕がその数を増してゆく……。


 あまり時を置かずして、無事でいる場所の方が少ないほどに、私の体は血の滲むミミズ腫れでいっぱいになった。


「……はぁ、はぁ……どうだ? いい加減……はぁ……はぁ……吐く気になったか?」


 苛立ちを解消しようとするかのように私を責め立て続けた後、息の上がった女性士官はようやくに鞭を振るう手を止め、艶やかに紅潮した顔で甘い吐息混じりに尋ねてくる。


「…うく……ま、まだだ……こ、こんなことくらいで私が満ぞ……もとい、口を割るとでも思ってるのか? そっちこそ……はぐっ……そろそろ疲れたんじゃないのか?」


 だが、焼けるように熱い満身創痍の肉体を仰け反らせ、あえて反抗的な目をして彼女を見上げながら、なおも私は挑発するような台詞を投げかけてやった。


「くっ……バカにしおってぇ……ブタの分際でこのわたしにそんな口をきくなあっ!」


「…はぐぁっ! ……あうっ! ……あひっ! ……あぐっ!」


 プライドの高そうな彼女はやはりその言葉に激昂し、疲労した自分の身にも〝鞭打って〟、最早、拷問の目的など忘れて私を責め立て続ける。


「……はぁ…はぁ……はぁ……はぁ……こ、これで……どうだ……はぁ……はぁ……ブタくせに……わたしに逆らいおって……いい加減……おまえも堪えただろう……?」


 ひとしきり私を打ち続け、腕の乳酸値がピークに達した彼女は、肩を激しく上下させながらもなお高飛車な口調で私を尋問する。


 ……ああ、確かにこれは堪えた。私もそろそろ限界だ……。


 その私をゴミ以下の存在としか思っていないような冷たい眼差し……私の命がどうなろうがお構いなしに鞭を振るうその残忍さ……。


 ああ、もうこんな責めには堪えられない!


「もっと、もっと叩いてください! もっと強く! もっとこのブタめを苛めてください!」


 我慢の限界を超えた私は、思わずそう叫んでしまった。


 そう……私はドがつくほどのMなのだ。加えて露出狂のド変態でもある。


 故にこの拷問シチュエーションは私にとって地獄どころかまさに天国! パラダイスである!


 その上、責め立ててくれる相手は明らかにSっ気のありそうな高飛車クールビューティ……愛の鞭を打ち込まれる度に彼女を愛おしく思うようになった私は、いつしかその女性士官に本気で恋をしていた。


 その堪えがたい彼女への劣情と興奮によって、私の下半身も今やR18でなければ書けないような有様に変化している。


「キモっ! 卑怯者のスパイの上にそんな趣味まで持っていたのか? ほんと人間のクズだな! この変態ブタ野郎が!」


 そんな私の様子を見て、彼女は自らの肩を抱いて身震いすると、尖ったヒールの靴で転がった私をぼろ雑巾のようにガシガシと踏みつける。


「…あうっ! ……ああ、いい! …あぐっ! ……も、もっと……もっと踏んでください女王さまっ!」


 もちろん、その責めも私にとっては大好物である。


 肉にヒールが食い込む心地良い痛みを感じながら、私はさらにおねだりをする。きっと今の私は、恍惚とした表情を満面に浮かべているに違いない。


「誰が女王さまなんて呼んでいいと言った? …はぁ……はぁ……ほんとにキモいド変態ブタ野郎だな、貴様は!」


 そんな反応がさらに彼女を刺激し、紅潮した顔の女性士官は荒い息遣いになりながら、なおも私を容赦なく踏みつけ続ける。


「…………でも、そんなM男、私も嫌いではないぞ」


 そして、やはり冷徹な口調でぽそりと呟いた彼女の方を見上げると、その瞳は熱を帯びて艶やかに潤み、その頬はまるで恋する乙女のようにピンクの色に染まっていた。


                           (二人の相性 了)


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