軌道上の貴族。暗黒街のチャイニーズシンジケート。有象無象を両断する指先のサイバネ兵器。フルサイボーグの悦びと苦悩。
各所に仕組まれた模倣子をレセプターが感知した時、我々は脳裏に「ニューロマンサー」の著者、ウィリアム・ギブスンを召喚する。「ブレードランナー」の模倣子(ミーム)を拡張再生産する。
それはもう、分裂の際に細胞核の中で行われる遺伝子転写や複合作業と同じぐらい、至極自然な事なのだろう。
ただ一つ酢酸と我々で違うのは、この復号作業(デコード)にギブスンより後発作家たちの因子や書き手の指紋アルゴリズムを〝勝手に〟見出すことで、筆舌に尽くしがたい喜びを見出している点だ。
耽美派。そう、そのように形容するのがふさわしい作品でしょう。情景の切り出し方、人間の心情の描き方、そのひとつひとつが、美しくあるように注意深くなされているのがわかります。猥雑なストリートを描いていても、その手つきは変わらない。わたしとしては、もう少し“汚い”感じでもよいのですが、これはこれで、これまで読んできたサイバーパンクとは異なるテイストであり、個人的にはかなり楽しみました。ルビを多用した語りや登場人物のセリフ回しには先達への敬意も感じられますし、ジャンルの定石を踏まえた、しっかりした作りの短編といえるでしょう。次作も楽しみです。
衛星軌道上に神の如く君臨する軌道貴族。その走狗であるグッドシェパードから、フルボーグである主人公リーファへと、地上に逃走した老医師エドワード・チャンの殺害指令が下されるところから、物語は始まります。
文頭から繰り出される、外連味あふれた造語とルビの嵐。高度に発達した科学によって造られた小道具と兵器。弾丸すら通用しないほどのサイボーグたちの目眩く高速戦闘。
サイバーパンク好きには堪りません。
程よくモダナイズされたサイバーパンク的世界観は素晴らしく、そこに生きる一癖も二癖もある人々の生活を際立たせています。
また、ストーリーにも芯があり、示唆に富んでいます。
なぜエドワード・チャンは地上へと逃げたのか?リーファの真の目的とは何なのか?
小気味よく物語が収束する終盤は、非常に素晴らしいです。
リーファとその忠実な従者であるゾフィとの関係性も、多義性のある、興味深い描かれ方をしていて好みでした。
サイバーパンクが好きな方には、ぜひ読んでいただきたい傑作です。
軌道貴族から機械の身体を持つリーファに依頼されたのは、軌道より堕天した末端の医師の追跡だった。
古式ゆかしいとあらすじに銘打たれているだけあって、のっけからweb小説らしからぬ(というと多少語弊があるかもしれないけれど)情報の渦と耳慣れない単語の波に攫われそうになります。
天上人と、汚染された大地に住む者と、機械化の進んだ世界。そうしたSFによくある設定を、単なるお約束的に流さず、独特の単語や意訳されたような言葉で配置しているのは作者さんの腕の良さでしょう。読み終わった時には思わずクラクラしました。いい意味で。
前後編という短い話の中にそれらが凝縮していて、一作の短編映画を見終わったような気分でした。
古き良きSFを探している方には是非。