目指した舞台
七川夜秋
目指した舞台
2020年4月
「おーい、
今日から新学年だ。
俺は今年、大きな目標がある。
それは
香奈とは小学生の頃から同じスクールに通い、ダブルスのペアも組んでいる。家は少し離れていたので小学校、中学校は違ったが高校は同じ学校にすることにした。
お互いにテニスの強豪校でダブルスで全国優勝しようと誓ったのだ。
今までの大会では全国に進んだことはなかったが大会に出るたびに成長はしているので次こそは全国へと共に思っている。
一年のときは枠の関係で大会に出場するどころか基礎練習ばかりでダブルスの練習すらできなかったが、俺と香奈は部活が終わったあとにも練習をしていたので実力はかなりついているだろう。
「おい、急がないと遅れちまうぞ!」
「悪い悪い、すぐ行く。」
ぼーっと考え事をしていたらいつの間にか時が過ぎてしまっていたようだ。
いつも通りの長い始業式が始まった。
周りを見渡すと眠そうにしているやつがほとんどだったが、ピンと背筋を伸ばしている人たちもいた。
新入生だ。
その姿を見ると今年から先輩になるんだなぁ、と改めて実感する。
気付くと、その間に長い話は終わっていたようだった。
放課後になり、部活が始まる。
新入生は来週から部活に参加ができるらしいが見学に来ている人たちもいるようだった。
「ミノ!もう来てたんだ。」
振り返ると香奈が立っていた。
「おう、香奈か。」
「今日からダブルスの練習できるようになるから楽しみだね!」
「ああ、そうだな。」
うちの部活は1年生の前半は体力作り、後半は素振りや壁打ちなどの基礎的なことをするので試合形式の練習ができるのは2年生からということになる。
2年生からはペアも組めるようになるし、試合にも出られるようになる。
「これからは部活でも練習できるけど自主練どうする?」
準備体操をしながら香奈に尋ねる。
「もちろん!大会までもう2か月もないんだから練習しないと!」
俺たちが目指している大会の予選は6月の半ば。
普通、2年生はこの大会にはダブルスでは出場しない。
ダブルス組んでから間もないために、練習する時間が少ないからだ。
その点、俺たちは練習をしていたのでちゃんと先輩達に実力を見せれば大会には出場できるはずだ。
準備体操を終えると俺たちは足早に部長の神崎先輩の元へ行った。
「先輩、俺たち6月の大会にダブルスで出場したいです。」
神崎先輩とはあまり話したことはなかったが部活での様子を見ているととてもしっかりとした人のようだ。
「ふむ、わかった。だが今年はダブルスの出場希望が多くてな。もう定員ギリギリなのだ。」
「え。」
ダブルスはうちの学校ではあまり出場する人がいないので希望すればてっきり出場できるものだと思っていた。
「君たちで2年生のペアの出場希望は二組目でな。なるべく3年生が出場できるように2年生の出場は1組にしたいのだが……」
俺が戸惑っていると香奈が
「どうやって決めるんですか。」
と尋ねた。
「そうだな、試合をしよう。それで勝ったほうが出場できるという条件でどうだ。」
「はい、大丈夫です。」
これには自信を持って答えることができた。
「そうか。では相手の方には私から伝えておく。」
「お願いします。」
それから数日後。今日は土曜日だ。
これから試合を行うらしい。
「まさか、2年生で他にもペア組んでる人がいるとわねぇ…」
「そうだな、意外だった。」
「相手を侮ってるわけじゃないけど、私たちなら勝てるよ」
「ああ、絶対勝とう。」
それから少しして素振りをしていると話しかけてくる人がいた。
「もしかして君が今日の対戦相手?」
身長は180センチはありそうかという高身長で顔もなかなかのイケメンだ。彼の名前は知らないがその容姿もあってか人気者なのでよく人に囲まれている所は何度か見たことがある。
「あ、はい、そうです。えーっと。」
「
「俺は
相手をよく観察してみる。体格は良いし、身長も高い。運動神経は良さそうだ。
「じゃあ、後でな。」
そう言って俺はその場から去った。
それから少しして、香奈がやってきた。
「ミノ、さっき誰と話してたの?」
「今日の対戦相手だとさ。」
「そうなんだ。それよりもう試合始まるよ。準備できた?」
「おう、準備万端だぜ。」
「じゃあ、行くよ。絶対勝とう!」
午後3時30分 試合開始
「審判は部長である私が務める。改めて確認だがこの試合で勝ったペアが大会に出場できる。今日はあまり時間が無いので1セットマッチで行う。先攻後攻はそちらで決めてくれ。」
ラケットを回した結果、桐谷のチームが先攻で俺らが後攻となった。
桐谷のペアを見ると桐谷ほどではないが背もそこそこ高く、よく運動しているのか日焼けしていた。
「ザ ベスト オブ ワンセットマッチ 桐谷 サービス トゥ プレイ」
部長がコールすると同時に試合が始まる。
桐谷がボールを真上に投げ、ラケットを素早く振り下ろす。
思ったよりも速いがこのくらいなら返せない速さじゃない。
パァン
気持ちの良い音と共にボールを打ち返す。
だが俺はボールを追うのに必死で相手の位置を見ていなかった。
後ろにいたはずの相手が前に出ていたのだ。
そのせいで予想よりも速くリターンが来たため反応できなかった。
「15-0」
「香奈ごめん、反応出来なかった。」
「今のはしょうがないよ、切り替えていこ!」
「ああ。」
またしても桐谷のサーブだ。対してサーブを受けるのは香奈だ。
「フンッ!」
気合の入ったかけ掛け声とともにサーブを打つ。
先程のサーブを見て香奈も警戒していたのだろう。余裕でサーブに追いつく。
だが今回は気持ちの良い音が聞こえなかった。
空振りだ。
相手も良く考えているようで先程は変化はしないが速いフラットサーブだったが今回はそれよりも少し遅いがバウンド後に変化する球を打ってきた。
「気ぃ引き締めないとな。」
「ええ」
しかし桐谷のサーブに対応できず、そのまま1ゲーム取られてしまった。
次は俺のサーブのターンだ。
テニスは基本的にサーブ側が有利になるので自分のサーブのターンでゲームを取られてしまうと勝つのは苦しくなる。
俺のサーブは速くはないがコントロールには自信がある。
「フッ!」
俺も気合を入れてサーブを打つ。だが、力まないように狙いを定めて慎重に。
良い角度でラケットをボールに当てることができた。
ボールは俺の狙い通りサイドラインのギリギリを跳ねた。
桐谷は外れると思ったのか手を出さなかった。
まずは1ポイント。続けてギリギリのコースを狙う。
次は手を出してきたがラケットは空を切った。
3球目今回もコースをずらして際どいところを突く。
さすがに次は返してきた。
だが香奈が上手くそれを返し3ポイント。
次は今までとは全く逆のコースに打ち1ゲームを返す。
それからは一進一退の攻防だった。
そしてタイブレークに入った。
今のカウントは5-6。
さっき相手サーブのゲームを取ることができたのが大きかった。
次にこちらがゲームを取ればこちらの勝ちだ。
サーブは香奈だ。
香奈は桐谷と同じ速球と変化球を織り交ぜることができる。
香奈がボールを高く上げラケットを振り抜く。
お互いにお互いのサーブには慣れてきているのでサーブで点を取れることは少なくなった。
だが今回は相手が追い付くことができずに点を取ることができた。
これはでかい。
「香奈、いけるぞ。」
香奈に声をかける。
いくら練習してきたとはいえ実戦形式の練習はあまりできなかったのでこのゲームで決まるとなると緊張しているだろう。
「うん」
疲れているのかいつもより香奈の声が小さく感じた。
再び香奈がラケットを振り抜く。
今度はさっきよりも緩やかな球だ。バウンドをして変化する。
だが相手も追いついて打ち返してくる。
体力はキツイはずなのに力強い球を返してくる。
それでも俺はここで打ち負けるわけにはいかなかった。
香奈との約束を守るために。
相手の球に負けないくらいに力一杯返した球は相手コートの右端を抜けていった。
「30-0」
あと2点。
あと2点取れば俺らの勝ちが決まる。
香奈がボールを上にあげる。
その直後小さく「あっ」という声が聞こえた。
見るとボールが転がっていたのだ。
「フォルト」
という部長の声が聞こえた。
「大丈夫だ、もう一回落ち着いて。」
テニスではサーブのミスが2回続くと相手のポイントになるので次をしっかりと決められれば大丈夫だ。
「ごめん。次はちゃんとやる。」
ミスのせいか香奈の声は硬かった。
そして再びボールを上げる。
今度は俺にでも香奈が力んでいるのが分かった。
ガコッ
香奈のボールは鈍い音を立ててネットに引っ掛かった。
「ダブルフォルト。30-15」
一度、香奈を落ち着かせなければ。
「なあ、香奈。全国ってどんなのを想像してる?」
「えっ?」
突然のことに香奈は目をぱちくりさせていたが俺は構わず続ける。
「俺には真っ青な空の下、テニスコートを大勢の人が囲っててさそこに俺らが立ってるんだ。どうだ、ワクワクしねぇか?この試合勝って大会に絶対に出て全国の景色見ようぜ。」
俺の話を聞き終えると香奈の緊張はとれたようだった。
「よし。じゃあ、まずはこの試合とらなきゃね!」
そう言って彼女はボールを上げ、ラケットをしなやかなフォームで振り下ろした。
2020年8月
「ほら、ミノ。試合始まるからアップ始めないと。」
「ああ、そうだな。」
あの試合は香奈のふんばりもあって無事に勝てた。
それから大会まで、桐谷に練習相手を頼みつつかなりの練習を積んだ。
その結果、全国に来ることができた。
桐谷には感謝だ。
改めてコートを見てふと俺の口から一言漏れた。
「全国の舞台ってスゲェ。」
目指した舞台 七川夜秋 @yukiya_hurusaka20
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