第17話 新たなページ
「黙ってて悪かったな」
次の水曜、大学で顔を合わせると結城は頭を搔きながら言った。
「隠してるわけじゃないんだけど、お前の好きなやつは俺の妹だぞ、なんてさすがに言い出しづらくてさ」
「気にするな、怒ってなんかないから」
気持ちはわかる気がする。
「で、最初から知ってたのか?」
「いや、気がついたのは結構最近だ。ほら、お前がこの前授業を休んだときあったろ? ちょうどそれと同じタイミングで妹も元気がなさそうにしてたから、それでもしかしたらって思ってな。確信を得たのは学食でお前の話を聞いた時だ。花音から聞いた話と状況が似通ってたからな」
「そうか」
「ちゃんと話はできたのか?」
「伝えるべきことは全部伝えた」
「そのあとは?」
「返事待ち」
結城は「ああもう、じれったい」と自分のことのように嘆いた。それから、
「俺が直接聞く」
と言いだし携帯を取りだした。俺はそれを止めた
「いいって」
「そんな悠長にしてたらするすると逃げられるだけだぞ」
「明日、答えがもらえるんだ。だから、そっとしておいてほしい」
結城は携帯を持つ手を下ろした。
「……わるいな。気持ちは嬉しいけど、こればっかりは誰かに手を借りるものじゃないと思うから」
「そうだな……けど、どうなったかはあとで教えてくれよ」
「わかってる」
それから少しして授業が始まった。
審判の時が近づく。
時の進みが遅く感じる。それは、ことある毎に時計を見て「まだこれしか経ってないのか」と思っていたからだろう。夜に映画館に行くのが楽しみであり恐ろしかった。いや、恐ろしさのほうが強い。風岡さんが来てくれなかったらと思うと、身体すくむ。
永遠に続くんじゃないかと思えた講義が無事に終わりを迎え、俺は駅で電車に乗った。電車は定刻どおりに動き、俺を運んでいく。ひとつまたひとつと俺が降りるべき駅まで着実に近づいていく。最初は埋まっていた座席も都心から離れるほど空きが増えていく。俺は空いた席に座った。車窓からは光の粒しか見えなかった。
俺は電車を降りる。ホームに降りると冷たく乾いた風が俺の身体を震わせ、俺の心を奮わせた。冬の寒さになんか負けていられない。俺は前を向き、歩き始めた。
バイクを駐め、映画館の中へ入る。そしてロビーへ。
ざっとあたりを見回す。風岡さんはまだ来ていない。落胆はない。先に彼女が来ているとは思っていなかった。
ソファに座る。チケットは買わなかった。
ロビーに入ってくる人をひとりひとり確認していく。違う、違う、違う違う…………。
風岡さんはまだ現れない。どれぐらい時間が経ったのか、ロビーに設置された時計を見ようとして、意識して時計から顔を逸らす。
時間など関係ない。ただ風岡さんを待つだけでいい。時間を見れば気が急くだけだ。
それからしばらく警備員じみたことを続けていると、館内アナウンスが入場の開始を伝えた。否が応でもいまの時間がだいたいわかってしまう。
風岡さんは姿を見せなかった。ロビーにいる人が皆いなくなると俺もソファから腰を上げる。
この時間になっても来ないという事実が語ることは一つ。風岡さんにはもう俺と会う意志はないということ他にない。
気持ちの整理などできていない。けれど、いつまでもここに留まっていることにもう意味はなかった。出口へ向かう。
と、まだ自動ドアに近づいていないのにドアがひとりでに開いた。いや、不具合でない限りドアが勝手に開くことなどない。
開いたドアの向こうには、肩で息をした風岡さんが立っていた。風岡さんは俺を見るや、鞄からスケッチブックを取り出し、
『ごめんなさい。遅れてしまって。でも、まだいてくれてよかった』
と書いて見せた。書かれた文字は草書体のようにくずれていた。
俺は笑って、自分の鞄から新しいスケッチブックを取り出した。
映画と僕と彼女 雨野 優拓 @black_09
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