番外編 ジーナとお兄ちゃんのためのお菓子
ジーナは、ジーナともうします。
お父さんは魔物ハンターをしていて、あまり村にはいません。
だけどその分、お母さんとお姉ちゃんと、おじいちゃんがいてくれます。そうして、ジーナとたくさん遊んでくれるのです。
お父さんが村に学校を作ろうとしているのは、ジーナたち子供のためなのだと知っています。だからジーナは、そんなお父さんのお仕事を応援しているんです。
……それでもやっぱり、さみしいなと思うことはあるんです。
たとえば、ジーナのお誕生日にお父さんがいなかったり。
夜中に目が覚めた時に、おてあらいに行きたいと思った時だとか。
もし今お父さんがお家にいたら、ジーナと一緒にいてくれたはずなのになぁ……って、思っちゃうんです。
だけど、ジーナは決めたんです。
怖い魔物と戦って、お金を稼いできてくれるお父さん。きっと、お父さんの方が怖くてさみしい思いをしているはずだから。
だからジーナは、なきごとなんて言いません。
ちょっとうっかりさんなお姉ちゃんと一緒に、お父さんの帰りを待つと決めたから。
そんなある日、ジーナにステキな出会いがおとずれました。
本の中に出てくる王子さまのような、キラキラした笑顔のお兄ちゃん──レオンお兄ちゃんとの出会いです。
最初はちょっと話しかけられなくて、物陰からこっそりと眺めることしか出来なくて……。怖い人だったらどうしよう。お母さんやジュリお姉ちゃんを騙している悪い人だったら、大変なことになっちゃう……。
そんな風に思っていたのに、ジーナは気が付いたら、どんどんレオンお兄ちゃんのことが気になってしまっていたのです。
レオンお兄ちゃんは、たった一人で何頭ものドラゴンを追い払ってくれました。
そのおかげで、セーラお姉ちゃんは悪いドラゴンから守ってもらえたんです。
お兄ちゃんはジーナとも遊んでくれるし、村のみんなのことも大切にしてくれる、とってもとっても優しい人でした。
それで無茶をして倒れてしまいましたが……ジーナがもっと上手く魔法を使えるようになったら、お兄ちゃんだけにそんな危ないことはさせません!
だから、お兄ちゃんが王都に行っている間にも、ジーナは頑張って魔法の練習を続けています。
レオンお兄ちゃんが帰ってきたら、『ジーナちゃんはすごいね!』って、いっぱいいっぱい褒めてもらうんです……!
そしてあわよくば……たくさん頭をなでなでしてもらうのです……!
「ジーナ、こっちへいらっしゃい」
「お母さん……!」
ジーナがお部屋で本を読んでいると、お母さんがジーナを呼びに来ました。
お母さんの手には、お手紙の入ったふうとうがあります。
「もしかして、レオンお兄ちゃんからのお手紙ですか……?」
「ええ、そうよ。もうすぐ王都から帰って来るんですって」
「ほ、本当ですかっ⁉︎」
「レオンお兄ちゃんが嘘を
「思いません……!」
ジュリお姉ちゃんとセーラお姉ちゃんと一緒に、王都へ行ったレオンお兄ちゃん。
悪いドラゴンに襲われないようにするために、セーラお姉ちゃんはジュリお姉ちゃんと王都にお引っ越しすることになりました。お兄ちゃんはその付き添いです。
お姉ちゃんたちが無事に王都に着いたから、お兄ちゃんがもうすぐ帰ってくるんですね……!
ジーナは飛び跳ねたいほどに嬉しさが爆発していましたが、そんな気持ちをぐっとこらえて、お母さんに言いました。
「あの、お母さん……。ジーナに、名案があるんです……!」
*
王都での騒動からしばらくして、俺はようやくルルゥカ村に帰って来た。
本来ならラスティーナも一緒に来るはずだったんだけど、流石にいきなり王都を離れる訳にはいかないらしい。
ユーリス王子との結婚は白紙になった。だが、俺と彼女は口約束での婚約関係でしかない。なので、後日改めてエルファリア家に赴き、正式に俺達の婚約発表パーティーを開くのだという。
なのでラスティーナは、侯爵様と一緒にパーティーの準備に大忙し。あちこちに出す招待状を用意したり、村に移り住む為の準備なんかを進めているそうだ。
それに、俺は俺でこの話をルルゥカ村の皆に報告しなくちゃならないからな。俺がラスティーナと婚約するっていう話と、彼女もここの住民にさせてほしい、という相談をする必要がある。
「それにしても……少し離れていただけなのに、この景色を見ると懐かしい気持ちになってくるなぁ」
大きな湖と、のどかな草原。
馬車を降りた俺は、そんな穏やかな風景の中に佇む村の様子に、心を落ち着かせた。
俺が今日帰って来るという連絡は、村長さんの家に送った手紙で伝わっているはずだ。ジンさんやオッカさん達は不在だろうけど、ジーナちゃんや村長さんなら家に居るだろう。
一旦荷物を自宅に置いてから、村長さんの家を訪ねる。すると、家の中からほのかに香る甘い匂いが──。
「この匂いは……林檎、か?」
玄関のドアが開かれると、そこには笑顔のジーナちゃんが立っていた。
栗色の髪の毛は今日もツヤツヤとしていて、心なしか薄っすらと頬を染めた彼女が、何やらうずうずとした様子で俺を見上げている。
「お帰りなさいっ、レオンお兄ちゃん……!」
「ああ、ただいまジーナちゃん。元気そうで何よりだよ」
「お兄ちゃんも、お怪我が無いようで何よりです……っと、その前に……!」
少し前までは、俺と一言も喋ってくれなかった女の子とは思えない積極性で、ジーナちゃんが俺の服の裾を引っ張って言う。
「ジーナ、お兄ちゃんが帰ってくるってお手紙で知って、お兄ちゃんのためにお菓子を作ったんですっ! 馬車に乗り続けて疲れてるでしょうから、甘いものでリフレッシュしてもらえたらと……!」
「お菓子を? ああ、だから甘くて良い匂いがしてたのか……」
「お、お母さんにもちょっぴり手伝ってもらいましたけど……でも、ほとんどジーナが一人で頑張ったので……! まずはおててを洗って、それから美味しいお茶と一緒に召し上がって下さいっ!」
ジーナちゃんに連れられて、水場で手を洗ってからテーブルに案内される。それと村長さんだが、今は村の釣り仲間と川の方は釣りに行っていて不在なんだそうだ。
そして彼女の言葉通り、テーブルの上にはお母さんのアデルさんと一緒に作ったのであろう、焼き立てのアップルパイが用意されていた。
アデルさんがそれを切り分け、以前にもご馳走になったアップルティーも淹れて……。自慢の林檎尽くしのティータイムが完成した。
いそいそと俺の横に座るジーナちゃん。
「えっと……味見はちゃんとしたので、大丈夫だと思います。ひとおもいに、どうぞ……!」
時々言葉遣いが不思議なジーナちゃんに促され、俺は自分の分のアップルパイにフォークを刺した。
サクッ、ザクザクッというパイ生地の軽やかな音。そして、中から溢れんばかりの林檎が顔を覗かせているのが分かる。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……いただきます」
フォークでそれを口に運ぶ。
すると、口の中から香り高い林檎の香りが鼻を抜ける。熱が通った林檎はシャキシャキとした食感を残しており、それ以外の甘み……温かいカスタードクリームが、林檎の酸味をまろやかに包み込んでいく。
そして、パイ生地のパリパリとした食感と小麦の香ばしさが、それらの甘さを上手く纏めてくれていた。
家庭で作るお菓子にしては、かなりハイレベルなアップルパイだと言えるだろう。これまで散々ラスティーナの為にスイーツを作ってきた俺が言うんだから、間違い無い。
これなら王都の貴族達に出しても絶賛されるのでは? ……と思ってしまうのは、ジーナちゃんが俺の為に作ってくれた手作りの品だからだろうか。余裕でもう一切れは食べられるな、うん。
「ど、どうでしょうか……? ジーナのアップルパイ、ちゃんと美味しく作れていましたか……?」
不安そうに、じっとこちらを見詰めるジーナちゃん。
俺はフォークを持っていない方の空いた片手をそっと伸ばして、彼女の頭を優しく撫でながらこう言った。
「うん。これまで食べてきたどんなアップルパイよりも、ジーナちゃんが作ってくれたアップルパイが一番美味しいよ」
「ぴゃっ、ぴゃああぁぁ〜……‼︎」
「あらあら、ジーナったら……林檎みたいに顔を真っ赤にさせて……。お兄ちゃんに褒められたのがそんなに嬉しかったのね」
アデルさんが指摘した通り、顔から湯気でも出そうな様子のジーナちゃん。
きっと一生懸命作ったお菓子を褒めてもらえたのが、とても嬉しかったんだろうな。
俺も父さんと母さんが生きていたら、こんな風に俺の作ったものを食べてもらえてたのかなぁ……なんて、勝手にしんみりしちゃったな。
それにしても、だ。
「まだ八歳でこれだけの物を作れるなら、将来ジーナちゃんの旦那さんになれる人は幸せ者だろうなぁ……」
「そっ、そうですか……⁉︎ そ、それならジーナ……一生幸せにしますっ……‼︎」
両手をぎゅっと握り締めて、やけに気合いを入れて頷くジーナちゃん。
今度はまた別の料理にチャレンジして、もっと腕を磨くのだそうだ。
うんうん、向上心があるのは良いことだよな。次のお茶会にお呼ばれしたら、俺も何か作って持って行ってみようかな?
それからもお茶会は続いて、俺が居ない間もジーナちゃんが魔法の自主練習をしていたことや、村長さんが湖で巨大な魚影を目撃した話なんかを聞いたり……。
そんな時間をのんびりと過ごしながら、俺はルルゥカ村での日常を満喫するのだった。
従者な俺とパワハラ令嬢のすれ違い逃亡記 由岐 @yuki3dayo
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