最終話 従者だった俺とパワハラ令嬢だった幼馴染の物語

 重力操作の魔法が効いているうちに、俺はラスティーナの手を取って走り出した。


「絶対俺から離れるなよ、ラスティーナ!」

「当然よ! あたしを絶対守り切りなさいよ、レオン!」


 走りながら彼女の方を振り向けば、ラスティーナは片手で涙を拭いながら、笑っていた。


「勿論ですよ、俺の愛しのお嬢様!」


 俺も彼女に笑顔で応えて、握る手に力を込めて前に向き直る。

 ラスティーナも自然と俺の手を強く握り、数歩遅れて俺のペースに合わせてくれていた。

 彼女ならヒールの高い靴でも問題無く走り回れる。子供の頃から散々屋敷の皆を困らせてきたお転婆娘に、この程度のことなど些事さじに過ぎない。

 俺達はひとまず城から抜け出す為、俺が通ってきたルートで階段を降りていく。


「ねえレオン、お父様も来てるって言ってたわよね? 何だかあちこちでとんでもない爆発音がしているけど、一人にしてしまって大丈夫なのかしら?」

「侯爵様なら、まだ多分大広間に居るはずだ。一旦そこで合流して、三人でここから出よう!」

「待って!」


 急に立ち止まったラスティーナ。俺もそこで一度足を止めて、彼女の方に振り返った。


「北の里まで行く途中、あたしを護衛してくれた騎士が……ルーシェが捕まってるはずなの。彼女のことも助けてあげないと……!」

「警備騎士のルーシェさんか……!」


 ルーシェさんは、ラスティーナがユーリス王子に発見されたと同時に、ラスティーナ誘拐の容疑で捕縛されてしまっているらしい。

 本来なら彼女はラスティーナのワガママに付き合ってくれただけに過ぎないが、相手が悪すぎる。今のユーリス王子は、手段を選ばない非道な権力者だからだ。

 俺は少し考えて、答えを出す。


「……それなら、俺にも考えがある」

「考え……?」

「侯爵様と合流して、ここから脱出しようって話だったけど……作戦変更だ。あの王子を止めて、正気に戻す。今のユーリス王子は魔族に操られてるんだ。それをどうにか出来れば……」

「ルーシェを、助けられるのね?」

「ああ……やってやるさ!」


 そのまま二人で、本来であれば結婚式が行われるはずだった大広間へと戻っていく。

 大勢の招待客達が飛び出していったまま開け放たれた扉を目指し、中へ駆け込んでいくと──そこには侯爵様と、どこか見覚えのある金髪の二人が対峙していた。

 一人は侯爵様を背に庇い、もう一人は大広間に飛び込んできた俺達に目を向け……ニタリと口元を歪ませて、笑っている。

 それと同時に押し寄せてきたのは、肌を刺すようなビリつく魔力。

 殺意と狂気の入り混じった、圧力すらも感じる真っ黒な気配。

 今のこの状況でこんなものを纏っている人物は、一人しか考えられない。


「ああ……貴方が例の従者ですか……!」

「……そういうあんたは、ユーリス王子で間違いないよな?」

「ええ……僕こそが次期国王。そして、そこの愚かな兄君よりもあらゆる才に秀でた王子! ユーリス・エル・テル・アリストスです……!」


 やはりこの男が、ユーリス王子……!

 ある日を境に様子がおかしくなった、魔族によって憑依され意識を乗っ取られている男。

 そして……ラスティーナと無理やり結婚しようとしている、俺の恋敵でもある相手だ。

 すると、ユーリス王子と睨み合っている金髪の男──俺よりも何歳か年上に見えるその人物が、剣を片手に口を開いた。


「ようやく来たか、レオン・ラント」

「貴方は……」

「そこのどうしようもない愚弟の兄だよ。ここは俺が引き受ける。侯爵を連れて、ここを早く離れるんだ」


 第一王子のレイヴン殿下は、そう言って静かに剣を構える。

 確かに二人は同じ金髪碧眼で、どことなく顔付きも似た部分があるように思う。

 だがレイヴン殿下は、反乱軍を率いていると騎士が言っていたはずだが……今の彼は、たった一人でここに居る。


「……チッ! さっさとしろ! 俺の臣下が王都騎士を引き付けている隙に、ここから逃げろと言っているんだ!」


 そうか……レイヴン殿下は、前から弟の異変に気付いていたんだな。それで今回の反乱を口実に、ユーリス王子の率いる王都騎士を爆発で引き付けて……!

 今日の式には大勢の貴族が集まっているから、そちらの警護も含めれば人員を割くしかない。彼の行動は、こうしてユーリス王子の周囲から人を離す為のものだったのか。

 しかし俺は、その言葉に首を横に振る。


「申し訳無いですが、それは出来ない相談です」

「何をふざけたことを……!」

「俺も貴方と同じく、ユーリス王子を止めなくちゃならない。……俺は十五年間愛し続けた彼女の為に、この勝負に勝つしかないんです!」

「レオン……!」


 俺はそっとラスティーナに聞こえるように、「少し離れていてくれ」と呟いた。

 ラスティーナは素直に頷いて、レイヴン殿下の後ろに居た侯爵様と一緒に俺達から距離を置く。

 すると、ユーリス王子の魔力が一段と膨れ上がるのを感じた。


「兄様と貴方をここで葬れば、僕に刃向かう邪魔者は居なくなる訳ですね……。僕より遥かに劣る人間達など、一瞬で消し炭にして差し上げましょう……!」

「やれるものなら、やってみるが良いッ!」


 ユーリス王子が魔法を構築していくよりも先に、レイヴン殿下が床を蹴って一気に距離を詰めていく。


「はぁぁっ!」


 大きく剣を振り上げたレイヴン殿下。

 それを一気に振り下ろした、次の瞬間。


「なっ……⁉︎」


 レイヴン殿下の剣はユーリス王子の身体を傷付けることもなく、硬質な音と共に弾かれてしまった。

 驚愕するレイヴン殿下に、弟は


「その程度ですか……?」

「ぐあぁぁっ!」

「レイヴン殿下!」


 薄笑いを浮かべながら、強烈な風の魔法でレイヴン殿下を正面から吹き飛ばす。

 兄のレイヴン殿下でも予想出来なかった、高レベルの防御魔法。王族である彼が持っていた剣も、相当の能力を持っているはずだが……魔族が憑依した影響で、本人の魔力の質が向上しているのだろうか?

 物理が効かないなら、魔法で攻めるしかないか……!

 続いてユーリス王子は、俺へと矛先を向けてきた。


「さあ、次は貴方の番ですよ。ふふっ……これをどう防いでいくか、実力を見させて頂きましょうか」


 そう言って彼は片腕を挙げ、そこから次々に風の刃を飛ばして来る。

 けれども俺は、前もって練り上げていた魔力を精霊に引き渡し、とある魔法を発動させた。


「今だ! 大地の守護アース・ガード!」


 すると次の瞬間、俺の目の前に黄色い半透明の壁が現れる。

 その壁とユーリス王子の風魔法がぶつかり合う。二度、三度と障壁に風の刃が当たるにつれて、少しずつ障壁がひび割れていくのが見えた。

 属性的にこちらが有利なはずだが、それだけ今のユーリス王子は圧倒的なパワーで攻撃を仕掛けているのだろう。

 俺のその予想は正しかったようで──


「つっ……!」


 障壁の一部が突破され、俺の左腕を魔法の刃がかすめた。

 そこだけでなく、顔や脚にも攻撃がわずかに通ってきてしまっている。……直接的なダメージには至っていないが、あえて手加減されているのかもしれない。

 そうだとしたら……下手に魔力を消費しきる前に、大魔法で勝負を仕掛けた方がベストか!

 その瞬間、俺の障壁が完全に崩壊する。このままではもろに攻撃を喰らう──かと思いきや、大勢を立て直したレイヴン殿下が俺の前に立ち塞がった。

 レイヴン殿下は自身の剣で風の刃を相殺し、その隙に俺も攻撃に転じる。


「光を司る精霊よ……」


 俺の契約する光の精霊と交信し、俺のありったけの魔力を引き渡していく。


「今こそ我にその意を示し、の者に聖なる光の裁きを与えたまえ……!」


 頭から爪先に至るまで、全身から根こそぎ力が抜けていくのが分かる。

 またラスティーナの前で倒れるのは格好付かないけど……後はお前に任せるぞ、ラスティーナ!


「いっけぇぇぇっ! 光の裁きリヒト・リヒター‼︎」


 俺が叫ぶと共に、ユーリス王子の頭上に無数の光の柱が降り注いでいく。

 魔族は光属性への抵抗力が低く、人間にはほとんど無害だとされている。

 俺が放った光の裁きは、光魔法の中でも高位に分類される大魔法。聖王国の王族であれば、ある程度持ち堪えてくれるはずだ。

 その分、彼に取り憑いた魔族には一溜まりもないダメージに繋がるだろう。

 絶叫するユーリス王子。その身体から、何かどす黒いモノが抜け出ていくのが見える。

 それども俺は、まばゆい光に照らされた大広間の中で、次第に意識が薄れていき……そのまま、そこでパタリと記憶が途絶えるのだった。




 *




 それから十日後。

 やっぱり俺はあの場でぶっ倒れて、またラスティーナに情け無い姿を晒してしまったらしい。

 目が覚めたのは、エルファリア邸の医務室のベッド。俺が意識を取り戻すと、すぐに侯爵様とラスティーナが駆け付けてくれた。


 どうやら俺は、無事にユーリス王子から魔族を引き剥がすことに成功していたようだった。

 大規模な魔法を使ったり、無茶をすると毎度のように倒れるのを叱られたが、これぐらいで救われるものがあるのなら安いものだ。

 ただまあ、あれだけの魔法を喰らったユーリス王子もただでは済まなかったらしい。魔族の憑依から解放された後、レイヴン殿下が大急ぎで回復魔法を使える人を呼び寄せてくれなければ、かなり危険な状態だったそうだ。

 けれどもユーリス王子は城で手厚い治療を受け、俺よりも先に意識が回復した。


 ユーリス王子は、自分が操られていた自覚があったそうだ。

 彼の異変を察知し行動に出たレイヴン殿下の反乱は、ユーリス王子の証言によって国家転覆を目的としたものではなかったと証明されたという。

 そして……ラスティーナとの結婚は白紙に戻った。

 それと同時に、ラスティーナ誘拐の容疑をかけられていた女騎士のルーシェさんも、あれからすぐに解放されたそうだ。

 後日、俺の回復を待ってから、ユーリス王子から公式な謝罪を受けることになっているらしい。なのでもうしばらくの間、ルルゥカ村に戻るのは後になるだろう。


 俺の目が覚めて、もう二日が経っている。しかし、急に動くのは心配だからと、医務室での寝泊まりをゴードンさんに言い付けられていた。

 そうして大人しくベッドで過ごしていると、ドアをノックする音がした。


「レオン、今ちょっと良いかしら?」

「ああ、大丈夫だよ」


 すると、ラスティーナがやって来た。

 それに彼女の後ろには、ジュリとセーラの姿もある。

 ルルゥカ村から一緒に来た二人には、何も言わずにフィエルタ城に向かってしまっていた。

 今になって思えば、あの時の俺はラスティーナの結婚の件で頭が真っ白になっていた。本来なら、彼女達にも相談してから動くべきだったのは間違いない。

 そのせいで、二人には随分心配を掛けてしまったからな……。

 

「彼女たちとも相談したのだけれど、あたしもあなたたちの村に行くことにしたわ!」

「えっ、どうして急にそうなるんだ⁉︎」

「ジュリに聞いたら、あなたって村に建てる学校で先生をやるつもりなんでしょう? それならあたしも手伝ってあげようと思ったの!」


 急な話で混乱する俺に、今度はジュリが話に加わり始めた。


「ラスティーナさんって、王都の学校を卒業したばかりなんだよね? それなら村で学校を運営するのも、ラスティーナさんの助けがあればもっと良くなりそうだなって思ったんだ〜!」

「そ、それはそうかもしれないけど……侯爵様は許してくれるのか?」

「それなら問題無いわよ! だってあたしたち……ほら、お父様から結婚のお許しも頂いてるし……ね?」


 そう言って頬を染め、もじもじと恥じらうラスティーナ。

 どうやらあの一件の後、俺の知らない間にトントン拍子で俺とラスティーナとの婚約話が進んでいたらしいのだ。

 おまけに俺が眠り続けている間に、ジュリ達とも仲良くなってしまっているのだから、そりゃもう驚いた。

 もしかしたら、こうして村に移住する時の為に人脈を広げておきたかったのかもしれないが……。まあ、本人達も楽しそうにしているから、そっとしておこう。

 すると、セーラが言う。


「君も明日には外出許可が出るのだろう? ならば近々、城でユーリス王子にも会えるはずだ。そうすれば……君とラスティーナは、村に帰ると良い」

「セーラ……」


 セーラは、俺に好意を寄せていた。

 けれども俺がラスティーナを忘れられなかったから、彼女の気持ちには応えることが出来ずに終わった。

 ……セーラにしてみれば、ラスティーナは恋敵だ。そんな相手と俺の婚約を知った彼女の心境は、複雑なんてものではないだろう。

 それでもセーラは、俺とラスティーナの未来を祝福してくれている。

 俺はそんな彼女に感謝を込めて、笑顔を浮かべた。


「……ありがとう、セーラ。君も蒼海族の件が落ち着いたら、いつでもルルゥカ村に戻ってきてくれ」

「ああ……。いつか必ず、ジュリと共に帰ると誓おう」


 正気を取り戻したユーリス王子は、蒼海族による虐殺事件へ早急に対応すると約束してくれたらしい。

 二人が村に戻って来られるのも、そう遠くないうちに叶うかもしれないな。

 すると、少ししんみりとした空気を塗り替えるように、ラスティーナがパンッと手を叩いてこう言った。


「そうそう! 丁度今朝、ルルゥカ村から取り寄せた茶葉が届いたのよ。そろそろお茶の時間にしましょ!」

「レオンさんも一緒に、四人でお茶会しよう!」

「もしかしてそれ、俺が淹れるやつか……?」

「いや、今回は私が淹れることになっている。ジュリに何度か指導を受けていてな……。君にも是非、私の淹れる紅茶の味を審査してもらいたいのだ」

「さあさあ、そうと決まればさっさといらっしゃいな!」


 そんな賑やかなやり取りをしながら、ベッドから起き上がった俺の腕を引くラスティーナ。

 ジュリはグイグイと俺の背中を押して、早く早くと急かしてくる。

 セーラは二人の後ろからクスクスと笑い声を漏らして、俺達は食堂を目指して歩いていく。




 以前よりも賑やかさの増した、エルファリア邸の午後。

 俺はもうこの家の従者ではなくなってしまったが、この世で最も大切な幼馴染の婚約者として。

 そしていつかは、彼女の夫として。


 俺はこれからも、ラスティーナの側で生きていく。




【END】

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