第256話 前略、扉と見栄と

「んー……まだ、違和……感?」


 意趣返しともいえない、ただただひどい目にあった。

 眼球への攻撃は基本的にどの場合であっても推奨されていない、基本的には。


 視界的にも、ボヤけたり出血もなし。ただ少し傷ついてる気が……何度か擦ってみてもその違和感が拭えない。

 見えるから問題ないけど、問題ないけども……!


「おや」


 少し遠く、トボトボ歩いてきた帰り道の先。どうやら思ってたよりも早足になってたみたい。

 そんな細々した恨み言を黙らす光景……いやもとから声にだしてないけど。


 屋敷の入口、扉の前にリリアンだ。もちろん中身も。

 コチラに背を向けて扉と向かい合って。なにしてるんだろう?


 一瞬だけ思案。だけどすぐに、今度は意識的に早足に。

 きっと待っててくれてる、そんな予感。あぁ、そう考えるとあたしも会いたくなる。


 早足を超えて走り出す。

 大した距離でもない、さっさとこのもどかしい距離をなくしてしまおう。


「へいカノジョ、ご機嫌いかが?もしくは調子はどう?」


「…………セツナ」


 うーん、このなんだかばつの悪そうな苦虫フェイスをみるに、どうやらあたしは待たれてない。残念。

 んー、まぁよし。大した問題じゃない。


「あたしはぼちぼちって感じかな」


 その表情を見て少しだけ迷ったけど、気安さと陽気さそれらを一対一ほどのブレンドで会話を続けることにした。


「えぇ、私もぼちぼち……いえ、好調です」


「そっか、それは良かったよ」


 その声色で、リリアンがリリアンであることを確認できた。

 あたしは分かってたけど、ちゃんと中身もリリアンで良かった。なんで分かったか、それはなんとなくである。


「好調すぎて困るくらいに」


「??」


 その表情とは裏腹に調子は良さそうで良かった。心から良かった……良かったんだけどさ。

 …………なにしてるんだろ?リリアン。扉の取っ手に手をかけたまま神妙な表情に戻ってしまった。


「もしかしてなにかトラブル中だったりする?」


「いえ、特には」


「本当?それにしては表情が……」


「えぇ、本当に。トラブルとよぶにはあまりにも下らない……いえ、情けなくて」


「そう?んー……ならいいんだけどさぁ……」


 まぁ、そう言うなら今は流すけど……本当にヤバそうなら無理矢理なんとかしよう。


「おっと、そろそろ中入ろうか。多少は慣れてきたけど、やっぱり寒いからね」


 この土地に来る前に薄着ぎみになってたことを差し引いても、ここの気温はかなり低い。

 ただ立ってるだけだとそれを強く思い知らされる。それに扉の前で二人揃って立ってるだけなのは、あんまり印象的によくない。

 人に見られる見られないを抜きにしても。


「…………」


「……あの?」


「…………」


「……リリアン?」


「…………そういえば」


「そういえば?」


「アオノさんが迷惑をかけたとか」


 …………今?それ今なの?

 いや、んー、確かに大きなイベントだったけどさ。


「ん、迷惑ってほどじゃないよ。いろいろお話できて良かったよ」


「ほう、それはそれは……どんなお話を?」


「大した中身はなかったけど、アオノさんの人となりはちょっと分かったかな?……ってリリアンも聞いてたんじゃないの?ほら、心の中とかでさ」


「それがどうにもその時の記憶が……入れ替わり。その予兆は確かにあったのですが、まさかあんなに突発的に起こるとは…………アオノさんもこのままでは本当に乗っ取ってしまうと思ったから、今は奥にいるのでしょう」


 自分の胸のあたりを指差しながら、どこか納得したように。


「……なるほどね」


 本当に最後、か。

 なんとか……はさすがに無理かな。あたしが頑張ってとかの範疇はきっと超えてる。

 

 そしてリリアンが覚えてない事で、さり気なくあたしの柔らかな眼球にその指が突き立てられた記録は消えたのだった。

 

 まぁ、いいよ。

 いなくなったわけじゃないなら、また会うこともあるだろう。きっと。


「じゃあそろそろ入ろう、さっきも言ったけど肌寒いから」


「…………」


「リリアン?……おーい」


「…………」


 おやデジャヴ……じゃないね、つい数分前と全く同じ状況だ。

 頑なに右手は取手と仲良し。ちょっと妬けるね、いや妬けない。全く。


「……どうやら、そう……ふむ…………閉まってますね、鍵が、えぇ」


「うん?鍵?そんなのいつも閉めてたっけ……って閉まってたとしても持ってるでしょ」


「…………いえ、よく見たらアレですね………………建て付け?そう、建て付けがどうにも。ですので、ここは私に任せてセツナはどうぞ裏口から」


「んー……?なんかよく分からないけど、ちょっと見せてよ。知っての通りこれでもそこそこに手先は器用な方だから、任せといて」


「いえいえ、お客様にそんな雑務を任せるなんて私にはとてもとても……」


「今更だ……今更すぎるよ。ほら、ちょっと場所かわって」


「ダメですダメですダメなんです。えぇ、えぇ、セツナ。私のこの姿をみて下さい、この奉仕の心に溢れた姿を。お客様、ここは私に任せて先に」


「急にめっちゃ喋るじゃん……はいはい、似合ってるよ。そういう意図で着てるじゃないのも知ってるしね」


「引き千切りますよ」


「なんで!?」


 どこだ、どの発言がそのジェットコースターもびっくりな情緒をよんでしまったのか。


「…………」


 またも黙り込むリリアン。ふむ……

 動かないリリアン、とくにその右手…………


「…………ん」


 あ、こいつ壊したな、扉。


 推理ではなく経験。なんて簡単なアンサーなのか。

 もしかしたらあたし自身、その答えから無意識に目をそらしていたのかもしれない。


「ねぇ、リリアン。もしかして、もしかしてなんだけどさ……ドア、壊した?」


「…………定義によりますね」


 あぁ……確定した。

 嘘でしょ……いやまぁ最近は大分減ってたから忘れてたよ、いろいろ。


「んー……リリアンが触れたことによって、その扉が正常な動きをするのが難しくなった場合?」


「…………えぇ、そこまで広く定義されてしまえば、私も非を認めましょう。多少なりに関わってしまったので」


 相変わらずなかなかの往生際の悪さだった。


「で、どう壊しちゃったの?引っこ抜いちゃった感じ?」


「えぇ、引き千切りました。蝶番ごと」


「あぁ……」


 だから動かないのか、否、動けないのか。

 あんな顔してたからもっと深刻な問題かと思ったら、なんとも間抜けた理由だった。


「……いや、動けるよね?そのまま手を離せばさ。とりあえず」


 ちょっと混乱したけど正しくは、動けない、否、動かないが正解か。

 よく考えれば扉は閉まったままなんだし、とりあえず手を離せば見た目なんともないはず……


「はぁ……」


 そうため息を吐きながら、ついにリリアンは取手から手を離す。

 コンっ、とガンっ、の中間ぐらいの音。なぜかそんな音が同時に。


「おおぅ……」


 取手、まわりのパーツごと。

 なるほどなぁ……本当に動けなかったんだなぁ……


「なんて言うかさ……ごめんね」


 それにしても不器用なくせに、随分と器用に壊すなぁ……


「どうにもまだ力加減が……自分の強さに驚くばかりです。あらゆる物はこんなにも脆かったのか、と」


「それはまたとんでもない悩みだね」


 リリアンはついに観念したのか語りだす。

 だけどその悩みには、あたしもちょっと関わってるからあんまり責らんない。反省。


「という建前と」


「建前と?」


 建前……なの?

 十分理由になると思うんたけど、つまるところ危険だと思われなくない。じゃない?

 

「……長い間家を離れていて、経験して、帰ってきて。それでやっと関わろうと思えたのです。慕ってくれる……家族に」


 ……あんまり良くないことなんだけど。


「だから本当は……単純に格好悪いところを見せたくなかっただけなんです。難しいですね、人間とは」


 この場合、本当にあたしがするべきなのはその悩みを解決する為。

 その為に思考を向けるべきなんだろうけど。


「もっと頼りになるところを見せたかった……えぇ、彼女たちに、見栄を張りたい年頃なので」


 ちょっと見惚れる。最近増えた困ったような笑顔に。

 いや、何度も、少し前も考えを持っていかれた。


 やれやれ、チョロいぞ、あたし。


「そんな顔ができるなら十分だよ、十分すぎる」


 少なくとも、あたしがリリアンくらいの時はそんな表情出来なかった、歳知らないけど。

 捻くれてたし、いじけてダサい面してた。

 

「だからセツナにもデキる、格好良いところを見せる予定でした。それこそ歴代最高に」


「んー、あたしの格好良いランキングは、一位がなおかつ殿堂入りみたいなものだから難しいかなぁ。可愛い方でもいい?」


「えぇ、では今はそれで」


 さて、じゃあ丸く収まったところで───


「修理しよっか、メイドさんにも手伝ってもらってみんなでさ」

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これがあたしの王道ファンタジー!〜愛と勇気と装備変更〜 江西 遥 @enishi0226

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