新緑
翌日のこと。
旧市街には、商業地の喧騒から少し離れたところに、文教地区がある。地球周回軌道上ながら自然豊かに作られており、今は新緑が盛んに
「おはようございます!ごきげんよう!チャオ!」
いつでも騒がしい。
「おはようございます。ごきげんよう。」
「のののん、昨日なにか言おうとしてなかった?」
「うん。えーと、転入生が来るんだ、今日。」
「転入生?今日?」
「そう。私のはとこなの。」
「つまり、のののんの親戚?」
「そ。母の従姉の子。地上の子。こっちははじめてなの。」
「はーん。なるほど。どのクラスかはまだわからない?」
「このクラスよ。だから郁には話しておこうと思って。こっち慣れてないしさ。」
「あー……なるほど……悪かったね。」
「いやいや。とにかく、よろしくね。」
「りょーかい。」
話していると、担任の先生たちが入ってきて、朝礼が始まった。
教室のオーヴァルスクリーンに校長と生徒会長が姿を見せる。
『みなさん。おはようございます。ごきげんよう。今日は転校生があります。この学校やカレイズにはまだ不慣れなので、助けてあげてくださいね——』
地上からの転入生ということは、この不思議な擬重力空間にも不慣れだということだ。産まれた時から擬重力下で暮らしている
『——それでは、本日の朝礼を終わります。今日も一日、ぜひ励んでください。ごきげんよう。』
担任が口を開く。
「みなさん。おはようございます。ごきげんよう。先ほど、校長先生からもありましたが、転校生を紹介します。どうぞ——」
補助教員と、緊張した面持ちの、ひとりの女の子が入ってきた。
「
不格好に頭を下げお辞儀をする。しかし、ぎこちなさの中にも、何か力強さを感じさせるのだった。
「
担任がそういうと、
「今日の連絡事項です——」
朝礼が終わると、1限目の授業がすぐ始まる。その前に、声を低くして、さっと声を掛ける。
「こんにちは。ごきげんよう。」
「やっほー。きたね。ごきげんよう。」
「はじめまして。ごきげんよう。きたよー」
「私、のののん、あ、
「
「うるさい、今はだまってなさい。」
「はい……。」
「
「緊張しなくていいよ。今日からあなたの学校なんだからさ。友達になろ?」
「そーだそーだ、
「だからうるさい」
「ぜひ。いろいろ教えてください。」
「……ちなみに、のののん、どこでもこんな感じなの?」
「……はい。」
話していると、1限目の先生が教壇に上がる音がした。
授業が終わると、
「旧市街名物、ジェラートを
「うん。奢るよ。近くにいいお店があるんだ。お茶しようよ。コーヒーも、紅茶も美味しいんだ。」
「いいんですか!?わぁ……。」
「いいのだ!
「『のだ』じゃない。いいよいいよ。『はじめましてと、初めての一日おつかれさまの会』をしよう。」
「……ありがとうございます!」
「いーね!それ!『はじめましてと、はじめてと一日おつかれさまの会』?すてきな名案じゃん!」
かくして、学校近くの街角で、めいめいジェラートを選び、
カフェは非常に開放的だ。窓がとても大きく、開け放たれて、柔らかな風が肌に心地よい。
地球周回軌道上のお店は多くがそうだが、強い雨も風もなく、天候はスケジュールされていて、天気を心配することはない。重力も地上より遥かに弱いので、壁や柱もより薄く細く少なくなる。ここが真空から隔離された閉鎖空間であることを忘れてしまいそうになる。
「とりあえずこれ《ジェラート》たべよ!」
ジェラートをつつきつつ、
「
「私ですか?そうですね、コーヒーに砂糖を入れて飲むことが多いです。
「私はそうだね。ミルク入れないと飲めないや」と言いながら、
「私は紅茶派だな!
「知ってるよ。」
「知ってます」
少し声を低くして、
「いつもこうなの?」
「私の知る限りでも、いつもこうですね。」
思わず目を合わせて、
「えっ、なになに?なんなのよ?なに?」
「いや、変わらないんだな、と思って」
「そうです」
「?なにが?」
「「ふふふふふ。」」
「もう、あんたたちなんなのよもうーがるるる」
「そういうところですよ。」
「どういうところじゃ。きみもときどき謎だぞ?」
「謎はないと思うよ?」
そうしているうちに、ティー・コゼをとる時間が来た。
「さて」と
「まずは今日一日おつかれさま!」
「おつかれさまでした。疲れたでしょう?」
「おつかれさまです。ありがとうございます」
「改めまして、はじめまして。旧市街産まれ旧市街育ちの
「はじめまして。
「はじめまして、
「知ってるよ!」
「知ってます、ののちゃん……」
「有沙ちゃん、ほんとに畏まらなくていいよ。なんて呼んだらいい?」
「いえ、そんなに畏まってないです!アリスと呼ばれることが多かったので、アリスでも、
「了解、アリスちゃん。私のことは
「わかりました。でも呼び捨ても慣れないので、『
「わたしのことはのののんでもののちゃんでも」
「わかってるってのののん」
「ののちゃん大丈夫です……」
「のがおおいな」
「あんたの名前だよ!」
「
「アリスちゃん、アリス?
「はい。同い年で、ちっちゃな頃からいちばんの仲良しがののちゃんです」
「なのだな!わたしは
「なんで『のじゃ』……」
言われてみれば、
「なるほどなー。私とのののんは中等部の1年からだよね」
「うんにゃ違うよ。初等部の上の学年からだよ。」
「あれ?そうだっけ……」
「初等部で同じクラスやったやん?覚えてないのん?」
「そんな気もする……」
「あはは。おふたりも付き合い長いんですね」
「そういうことになるね」
「そうじゃな」
話をしていると、新緑の風が冷たくなってくる。もうしばらくすると旧市街に夜がやってくるのだ。
「今日はありがとうございました。」
「いえいえ、礼を言われるようなことは。明日もよろしくお願いします。さようなら。ごきげんよう!」
「さようなら。ごきげんよう!ばいばい!アミーゴ!」
「さようなら。ごきげんよう」
今回はじめて訪れた旧市街の
無闇に軽い身体や、少し
それで若干、酔いも感じるのだった。
この違和感や酔いは、
この土地がどんなところか。地上の人が見上げる街はどんな街なのか。まだ全然出歩いていない。
それはきっとこれから。これから、出会い、知っていくのだろう。今日はその一歩だ。
浮遊するめまいを、今日はあまり感じないことも忘れて、軽い布団に包まれながら、穏やかな眠りに落ちていった。
光跡 呼続こよみ @YBTGKYM
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