第62話 恋人の時間。

「なおくんなおくんっ。ここらへんぜんぜん人いませんよっ」


 興奮気味に結愛ゆあが手を引く。青空の下、笑顔と水着が眩しかった。


 やってきたのは人の集まる海水浴場からは少しだけ離れた砂浜。岩場を超えた先にあり、周りからは遮断された場所。


「ふたりっきり、ですね……♪」


「そうだな。やっとふたりきりだ」


 愛奈ちゃんに背中を押されてやっと、というのは非常に情けないが。それでもやっとスタート地点だ。


「少し歩きましょう。ふたりで」


 手を繋いだまま、ゆっくりと砂浜を歩く。


「あ、そういえばさっきまで愛奈と何話してたんですか?」


「へ? あー、いやそれは……」


 ありのままを話すのはさすがに恥ずかしいな……。


「……ダメですよ?」


 上目遣いに結愛はこちらを見る。


「浮気は、ダメです……」


 少し不安そうに瞳を潤ませて、結愛は握る手のチカラを強めた。


「い、いやさすがにそれはないって。愛奈ちゃんはまだ子供だろ? しかも結愛の妹だ」

 

「でも……可愛いですよ? 世界一可愛いんですよ……?」


「そりゃまぁ可愛いしいい子だけど……結愛がいるから」


「え……?」


「結愛がいるから、愛奈ちゃんは俺の世界で二番目だな。世界一可愛いのはその……ゆ、結愛だ」


 やばい。すこしドモッた。格好悪い。それでも、少しでもこの想いは伝わっただろうか?


「なおくん……」


 結愛が身を寄せる。よかった。ちゃんと伝わっていたらしい。


「いや、その何て言うか、ほんと……可愛い。いつも可愛いけど、今日は水着でまた一段とだし……ってこれもう言ったよなたしか。……でも、何度でも言いたいくらい可愛い。めちゃくちゃ可愛い」


 しどろもどろな言葉を付け加える。語彙力など知ったことか。


 言い終わると、結愛はいきなり繋がれていた手を放してさっと後ろを向いた。それからなぜか、ぱたぱたと足踏みをする。両手は頬に添えられているようだった。心なしか、肩から首まで真っ赤に染まっている気もする。


「結愛……? どうした? 具合悪いか?」


 結愛の顔を覗き込もうとする。しかしまたさっと避けられた。顔を合わせてくれない。


「ち、違います! 違うんです! 大丈夫! 大丈夫ですからちょ、ちょっと待ってください……い、今はダメです……」


「ほ、ほんとか……? なんか真っ赤に見えるんだが……」


 なんだかものすごい慌てようだ。やっぱり身体の調子が悪いのではないかと思ってしまう。


「は、はい……だ、大丈夫です……か、顔が……顔が熱くて……にやけちゃって……それだけなので……」


 結愛は恥ずかしそうに、小さな声で告げる。


「その……嬉しくて……♪」  


 また、たまらない様子でぱたぱたと足踏みする結愛。恥ずかしがっている仕草だったらしい。その姿をしばし眺める。


 しかしたまらないのは俺も同じだった。


 こんな姿を見せられては……


「――――結愛っ」


 後ろから、小柄な体を抱きしめる。


「可愛い。可愛いよ」


「そ、そんな……きゅぅ……」


  結愛が悶えるようにもがく。


「顔、見せてくれないか? 恥ずかしがってる顔、見たい」


「だ、ダメですよぉ……こんな顔……ぜったい……」


「見せて」


 その真っ赤の肩を掴んで、こちらへ正対させる。あまりにも可愛すぎる彼女の反応故か、あまり抑えが効いていなかった。それでもなるべく優しく、振り向いてもらった。


「だめぇ……だめだよぉ……なおくん……」


 結愛はいやいやと両手で顔を隠そうとするが、その手をそっと止めた。


 そしてやっと、目と目が合う。大きな、水晶みたいにきれいな瞳だ。うるうると潤んで輝いている。


 そしてその顔は耳までぜんぶが深紅に染まっていた。


「ダメじゃないって。可愛いから。俺には見せてほしい」


「うぅ……恥ずかしいぃ……」


 結愛は視線を彷徨わせながらも、俺の顔を見てくれた。俺もきっと、赤くなっていることだろう。そう思うと恥ずかしさもお互い様だ。


「キスしていいか?」


「……人、いるかもしれませんよ……? 見られちゃうかも……」


「大丈夫だって。ここには来ない。それに――――」


「え? え?」


「――――ごめん。我慢できない」


 戸惑う結愛の唇を奪う。柔らかい唇。海のせいか、少しだけしょっぱかった。でも、気持ちいい。


「ちゅぷ……れろ……なおくん……なおくぅん……」


 キスを始めてしまえば、もう結愛も嫌がる様子を見せなかった。


 でもやっぱり少し強引だっただろうか。理性を手放し気味になってしまった。それほどまでに可愛かったのだから仕方がないといえばそうなのだが。埋め合わせを込めて、キスに想いを込める。


 同時に、結愛の想いも感じる。キスをすると普段よりももっともっと、お互いを知れる気がした。分かり合える気がした。何よりも通じ合える心と心のコミュニケーション。


 それはとてもとても、幸せな時間だった。


 

 気が済むまで想いを伝えあった後、今度は波打ち際に足を踏み入れた。


「……しちゃいましたね」


「可愛かった」


「なおくんまだスイッチ切れてない……」


「んあっ……いやすま――――」


 謝ろうとしたらその口を人差し指で押さえられた。


「その言葉はいりません。その……わ、わたしもキスできたのは嬉しかったです……し。それに……」


 結愛は言うべきか悩むように瞳を伏せた。それからやっぱり瞳を流し目に逸らしつつ、ゆっくりと口にする。


「な、なおくんになら強引にされるのも……嫌いじゃないかも……です……」


「そ、そう、か……」


 その告白に、胸が鳴った。またしても想いがこみ上げる。


 なんでこんなにも可愛いのだろうか。俺の彼女は。


 それからもう一度、懲りずに唇を重ねた。


 それが海の楽しみ方として正しかったのかは分からないが、お互いが通じ合っているのならそれでいいのだと思った。




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小悪魔後輩だけど実は恥ずかしがりやな学園一の美少女に告白されたので付き合うことにした。 ゆきゆめ @mochizuki_3314

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