繋がりを求めて(彼サイド)

急に出社をすることがイレギュラーになり、ほとんどの時間を自宅で過ごしている。元々家に引きこもっていることは苦手ではなく、休日は一日中ゲームやネットサーフィンに費やしているだけあり、この自粛はそんな苦痛でもなかった。ごみ捨てと買い物を手早く済ませるだけで、あとはほとんど外出しない。


急に賑やかな職場から放り出され、淡々とした毎日ではあるが、在宅ワークならではの問題の対応などをする担当ということもあり、ここ2週間くらいはあまり得意ではない同僚たちからの質問に答えるという作業が多い。まだ4月下旬。一体いつまでこんな生活が続くのか分からないが、まあ仕方ない。


働き方は正直どうでもよかった。同僚たちと何気ない話をできないことや、自由に運動できないこと、そしてあの人の姿を見れず、声を聞けないことは嫌だった。実際に仕事場で直接話す機会はあまりない。しかし、業務の関係でLINEを交換してからは、次第にくだらない話で連絡することや、気軽に業務の用件で連絡されることが増えた。顔には出さないようにしているが、嬉しい。


昼ご飯を終えて、ベッドに転がっているとスマホの画面が光った。昼寝気分でいたが、仕事のものだと放置もいけないと思い、その通知を開いた。それは意外なものだった。たった今、会いたいと思ったあの人からのLINEだった。しかも仕事の用件ではなく、単純に最近どうしているかと近況を尋ねるものだ。


俺はすかさず返事をした。彼女は俺に遠慮して、時間があるときにと言っているが、そんな待たせることはない。彼女を好きだという気持ちを抜いたとしても、今は休憩中で暇をしているわけであるし。


最近の仕事の状況などを話し、平均して10分に1回はやりとりがあった。あまりにも長く続いたため、彼女からやめどきが分からなくなったと返事が来たが、俺はそれに笑った。そりゃあ、やめどきがないように必死に話を繋げているからな、と。時々彼女が会話をクロージングしようとするのに気づいているが、文面からそれが俺を思いやってのことなのか、嫌がっているのかは微妙だ。前者であってくれと何度も祈っている。


結局一連のやりとりが終わってから数日後、昨年度彼女から引き継いだ業務でどうすればいいか行き詰った。もう同じ部署ではないし、上司に聞けばいい。ただ、こんなどうしようもないきっかけがないと、彼女に自分から連絡する勇気はなかった。俺はあえて彼女に相談するLINEを送った。なんだかんだで4日間やりとりが続き、心の中では、このまま仕事がもっと複雑になり、質問し続けられればいいのにと思っていた。


昨日既読を付けた内容は、返事をするものでもなく、俺はまた何か送りたい気持ちとの葛藤の中、同僚に作業を教えるために電話をしながらPCを開いた。他の大勢のデータも見られる中で、1個エラーがでているものを発見した。タイトルを見る限り、彼女が保存に失敗したらしい。同僚との作業を終えてからすかさず、俺は彼女に連絡を入れた。


「なんか更新作業失敗してたりしましたけど、大丈夫ですか?」


数分後に彼女が慌てた様子で、


「やっぱり?電話してもいいですか!?」


と返してきた。文字通り頭を抱えてわたわたしている様子が目に浮かび、俺は苦笑しながら、「いいですよ」と言った。なんだかんだで連絡先を知ってから初めての電話だ。嬉しさと緊張で自分の落ち着きのなさを戒めた。


すぐに彼女から電話がかかってきた。


「もしもし、すみません。なかなか保存されないから、嫌な予感はしてたんです。」


「どういう状況?」


「保存があと数%で止まったままで放置していたんです。」


「なるほどね、じゃあこれはまず削除・・・と。あともう1個エラーが出てるのは違う?」


「それは分からないです。でももう1個下書きができていると思うんですけど、それは最初に保存していたときにやり直したいところをみつけて、下書きに私がしたんです。でも、これからまたやり直すので消して大丈夫です。」


「了解。こちらで消しておきますね。」


「ありがとうございます・・・誰にも頼りたくなかったのにな~本当すみません!」


「いや、いいですよ。結局昨日もほかの人から質問があって、なかなかうまくいかないから、こっちで教えながらやるってことをさっきやってたので。」


「そうなんですね。本当助かりました!失礼します。」


「はい、失礼します。」


通話終了ボタンを押して、「はあ・・・」と一息ついた。なんだかんだで2週間ぶりに彼女の声を聴いた。いつもはどちらかと言えば低い声が、焦りと電話でちょっと高く感じた。いささか俺もテンションが上がり、いつもより愛想よくなりすぎた気がしないでもないな。


これでしばらく連絡は来ないだろう。そう思うと、また自分が何かこじつけて送れる理由がないか探し出しそうだった。


しかし、彼女がデジタルに弱いことが俺に味方した。


在宅ワークで分からないことは、会社の掲示板に投稿すると、俺やその他数人の担当者が解決策を返信することになっている。月曜は自分の休業日だが、常にパソコンを開いているので、仕事の連絡もプライベートの連絡にもすぐ気づけるようにしていた。午後、掲示板に投稿がされた通知が届いた。彼女がクラウド上の作業に関してうまくいかないことがあるようで、質問してきた。どうやらミスも生じてるようだった。


俺は「ほかのやつに先を越されたらせっかくの接点がなくなる」と思い、すぐに掲示板を開き、彼女の疑問を読み、あれこれと対応策を書き込んだ。入力から返信までわずか5分。我ながらやる気を出す時は違うな、と笑った。そして親切心と下心から俺は彼女のLINEにもメッセージを送った。


「お疲れ様です。掲示板の読んだので、回答しておきました。」


30分ほどすると、彼女から返事が来た。


「助かりましたー!涙 朝から別件でも苦しんで4時間格闘し、昼頃はこのトラブルが発生して、何回も連絡しようかと・・・心折れた・・・。休みなのにありがとうございました!しかもミスまで訂正してくださって。」


いつも律儀だ。俺が休みだと特にそこを気にして、謝ってくる。俺が休みだろうとそうでなかろうと、むしろ連絡したがっていることに気づいてほしい。


「休みですけど、連絡してもらってよかったのに・・・そういえば月曜日はほかの担当者も休みだから終わってる、笑」


そう打ち込みながら、冷静に考えれば俺みたいに常にPCを開いていることがなければ、多分ほかのメンバーは彼女の投稿には気づかず、先を越されることもなかっただろう。


彼女がお礼を送ってきて、やりとりは終わった。俺は椅子に体を預けて、スマホでここ最近の彼女とのやりとりを読み直した。・・・一人でニヤニヤしながらこんなことしていると知れたら、終わるな。とりあえずは職場ではどちらかというと笑ったり、口数が多かったりという所からはほど遠いタイプと思われているし、彼女なんて少し打ち解けた後に、俺のことが怖かったと面と向かって言ってきたくらいだ。そのイメージはさすがに崩したくない。


仕事もひと段落し、同僚たちも在宅ワークに慣れて質問も減ってきたから、彼女からの問い合わせも望めないだろうし、この間質問した業務もとりあえずはやることはすべてやってしまったから、連絡するきっかけがない。またどこかで連絡する時がくれば、意地でも会話をひっぱって長引かせてやろうと思いながら立ち上がり、もう1度ベッドに寝転がった。

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繋がりを求めて みなづきあまね @soranomame

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