繋がりを求めて

みなづきあまね

繋がりを求めて(私サイド)

こんな日が来るとは想像もしていなかった。まるで映画の世界。私たちの日常は少しずつ狭まり、ついにはバタバタと荷物をまとめ、「元気でね」とあいさつを交わし、仕事場をしばらくあとにすることになった。これから始まる長い隠居生活に途方に暮れながらも、どうしたら有意義に時間を過ごせるのか。少しでも前向きにとらえられるよう、私は家での長時間生活を開始した。


日々変わるニュースや街の様子に翻弄され、私はそれよりも自分の気持ちに直接訴えかけられる事実に気づいていなかった。ようやく1日のルーティンが決まり始めたころ、私はこの状況が続くことが彼と全く会えないことを意味していることに気が付いた。連絡も仕事のことがあればするが、それもほとんど私のこじつけ。今年は被る仕事もほぼなく、彼に連絡する目的さえ見失っていた。


そんな中、メンタルヘルス対策として世間が、「普段会わない人や、最近連絡をしていない人にも積極的に連絡をして、外とのつながりを保ちましょう」という提案をしていた。確かに正しいのかもしれない。会えないけれど、今はどんな手段でも気軽に繋がることができ、物理的な障壁はあるものの、気軽に友達と会話をし、顔を見ることはできるのだった。


私はLINEを起動すると、彼とのトーク画面を開いた。1か月ほど連絡は取っていなかった。どうしようか悩んだが、この騒動に乗じることにした。


「お久しぶりです。最近連絡していない人に連絡してみようとふと思い立って、今日はこちらに。いかがお過ごしですか?暇つぶしに気が向いたら、お返事ください。」


私たちはここまで硬い話し言葉で会話するわけでもないが、なぜかいつも最初だけは事務的な口調になることがお決まりだった。そして彼がこんなくだらないことに時間を費やすかも分からなかったので、たいして期待せずにおいた。


だが、予想に反して彼は20分も経たないうちに返事をくれた。


そこから近況報告や仕事の話をした。あっという間に夕方になった。私は何度か会話を打ち切れるような雰囲気を演出したが、彼は全くやりとりを止めようとはしなかった。私は嬉しい反面、いつまでも続いたら迷惑だろうと思い、


「あの、やめどきが分からなくなりました。」


と送った。すると彼はそれに賛同したが、すぐに会話を再開した。


それからくだらない恋愛の話を少ししてみたり、いつもはしないようなお互いのプライベートに踏み込んだ話もした。そして若干私は策士な一面を見せ、その日は既読せずに眠りに入った。翌日も会話は夜まで続き、ようやく「おやすみなさい」の合図で終了した。


それからは特に音沙汰はなかった。ちょっと仲良くなれた気持ちで嬉しかったし、十分満足していたので、寂しいとは思わなかった。しかし、まだまだ続きそうなこの状況で、1か月も彼とのやりとりがないのは、またしばらくすれば落ち込む原因になりかねなかった。


しかし朗報は思わぬ時に来るものだ。すっかり油断・・・というか諦めていた日。ちょうど最後にやりとりをしてから2週間だった。昨年度の仕事の引継ぎのことで、彼が珍しく連絡を寄越した。正直、私に聞かないで上司に聞くべきものだと思ったし、わざわざ私に聞かなくても良さそうな質問もあった。しかし、それを聞いてきてくれるということは、少し期待してもいいのかな?と思ったのも事実だ。


基本はその日中に用件は終わったのだが、翌日も、その次の日も同じように連絡が来た。今までは1か月に1回こじつけて連絡するかどうかに悩み、連絡が来るか悶えて過ごしていたのに、もやはほぼ毎日連絡することが普通になってしまい、この反動にまた怯えるのだった。


そして毎日のやりとりが続いて5日目。昨日で引継ぎの件に関してはひと段落を迎えていたし、やりとりは彼が私のメッセージに既読をつけて終わっていた。特に返事を期待していたわけでもなかったので、しばらくこれで連絡が来ないだろうと、ちょっと寂しい気持ちでいた。ここ数日のやりとりを思い出していると、携帯の画面が光った。そこに映る名前を見て、私は食べていた箸を止め、すぐ画面を触った。


「なんか更新作業失敗してたりしましたけど、大丈夫ですか?」


「え・・・?」


私はベッドに置いてあったパソコンを振り返り、真っ青になった。さっきからずっとデータが保存されるのを待っていたのだが、なかなか保存されず待っていたのだ。耐えきれず昼ご飯を食べていたが、それでも完了しないので若干嫌な予感はしていた。


「やっぱり?電話してもいいですか!?」


私は自分の面子や彼とのやりとりのドキドキ感はすっかり忘れ、その仕事のエラー仰天し、思わず後先考えずそう送った。


「いいですよ。」


という彼の返事に間髪入れず、私は電話のボタンを押した。ほどなくして彼が出た。


「もしもし、すみません。なかなか保存されないから、嫌な予感はしてたんです。」


「どういう状況?」


「保存があと数%で止まったままで放置していたんです。」


「なるほどね、じゃあこれはまず削除・・・と。あともう1個エラーが出てるのは違う?」


「それは分からないです。でももう1個下書きができていると思うんですけど、それは最初に保存していたときにやり直したいところをみつけて、下書きに私がしたんです。でも、これからまたやり直すので消して大丈夫です。」


「了解。こちらで消しておきますね。」


「ありがとうございます・・・誰にも頼りたくなかったのにな~本当すみません!」


「いや、いいですよ。結局昨日もほかの人から質問があって、なかなかうまくいかないから、こっちで教えながらやるってことをさっきやってたので。」


「そうなんですね。本当助かりました!失礼します。」


「はい、失礼します。」


電話を切った。冷静になってから気づいた。そういえば、これが彼との初電話だ・・・勢いでしたとは言え、一歩の大きすぎる前進だ。心なしか彼の声は最後に聞いた時よりも高く、柔らかく、私のミスにも「仕方ないな」のような寛大な心を持っているように感じた。自分の都合のいい解釈かもしれないけど。


会えない日々はまだまだ続く。仕事の会議でオンライン上で会っても、彼と直接言葉を交わすことはない。けれど全く連絡を取れないと思っていたのに、今までで一番頻繁に連絡を取っている。まあ、これでさらにひと段落してしまったので、もう1か月くらい連絡はないかもしれない。それでもあまりにもこの数日間のできごとで心が満たされていて、今は今後の消耗期間については考えたくない。


私は1度溜息をついてソファに身を沈めた。もう一度彼とのやりとりを読みなおそう。そしてしばらくそれで満たされたままでいよう。そうこうしているうちにまた連絡がくればいいのに。あわよくば、長電話なんてできないかなあ・・・と贅沢な願いをスマホに託すのだった。

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