Ex20 野球の未来 金髪の小悪魔は第三リーグ構想の夢を見るか

 特定のスポーツが爆発的な人気を得るためには、スーパースターが必要だ。

 上杉勝也がそれだと思っていたが、それに対抗する人間が出てきた。

 白石大介。

 高校生の頃から、人間離れした身体能力だとは分かっていた。

 計測の結果を見た学者が、解剖して調べてみたいと冗談めかして言っていたが、あの目は本気だったと今でも思っている。


 スーパースターは一人では足りない。

 ピッチャーはスーパースターになりにくい。なぜなら登板間隔があるからだ。

 甲子園で優勝するような大エースであっても、そのままプロでチームを優勝させるなど、ほとんどないのだ。

 上杉は例外であるが、あれは野球選手としての能力以上に、そのカリスマ性がチームを引っ張ったのだと思う。


 白富東の監督の座から退いて、セイバーはとにかく日本の野球市場を大きくし、世界の中での影響力を高めようとしている。

 単に球団経営をしたいなら、MLBの弱小球団を買い取るか、マイナーの球団を買い取ってそこから侵略していくという手もある。

 だがセイバーはアメリカのベースボールの姿を体験した後、日本の高校野球を体験してしまった。

 過酷だとは言いながら、チャンスはいくらでも転がっているMLBだが、あれは本当に選ばれた人間のためのものだ。

 だがそのMLBで、特に投手では日本人選手の活躍は著しい。


 野手においても、活躍する者は年々出てきた。

 一番バッターや三番バッター。それに守備でも美技を見せる者たち。

 だが唯一、スラッガーだけはいなかった。

 いや、スラッガーになれたかもしれない者はいたのだが。


 純粋なスラッガーが日本から現れたとき、MLBは新しい時代に入るだろう。

 まさかそれが、単にスラッガーなだけではなく、三冠王まで取ってしまうバッターになるとは思っていなかったが。

(いやあの子、本当になんなの?)

 様々な選手を見てきて、リーグのレベルや状況も違うので比較は出来ないが、あんな選手はいなかったと思う。他にいたら怖い。


 今の日本には、世界最強のバッターと、世界最強のピッチャーがそろっている。

 MLBの内部事情を知っているセイバーでさえ、そう判断する。

 世界を取るためには、確かに傑出したタレントが必要だ。

 しかしそれがほぼ同時期に、しかも自分の手の届く範囲で出現するとは。


 日本人はこういうのを、縁と言うのだろう。

 ややアメリカナイズした思考を持っているセイバーは、運命的だと思う。

 神は信じない。グラウンドの中では彼らこそが神だ。




「うにゅう……」

 誰の影響かは知らないが、そんな呟きをしながら、セイバーはモニターに映ったグラフを見ている。

 野球関連の中で、特に放映権料に関わる会社の株価だ。

 日本の関連会社は、軒並値上がりしている。

 ただ思ったとおり、高校野球に関連する部分は、それほど上がっていない。


 むしろ下がる場面が多いため、売りを入れておいて良かった。

 これは野球関連と言うよりは、放送権を持っているテレビ会社全体への評価と言える。

 純粋に野球関連の問題であれば、今はとにかく何でも買いの場面だ。


 既に一つ、野球系の中継については買収を完了している。

 高校野球は地区予選を地方局、大学野球やプロはネットと、かなり野球を見る環境は整ってきている。

 社会人野球なども全国大会は、テレビ中継があったりする。

 しかしそれ以外にも、見せられる試合は多いのだ。


 独立リーグ。そしてクラブチーム。

 セイバーは現在、日本版マイナーリーグ構想を持っている。

 そしてこのマイナーリーグは、より地元に密着したものとなる予定だ。

 出来るならば、全ての都道府県に一チーム以上。

 各地区でリーグ戦を行い、それぞれのリーグの成績優秀なチームで、最後にはトーナメントを行う。


 さすがに全ての都道府県は無理かな、と思わないでもない。

 他の都道府県でのアガリを、採算の取れないチームに回すという案もある。

 だが経済的に成立しないようなシステムは、最初はどうにかなってもいずれは破綻する。

 全てのチームが、最低でも赤字にならないように。

 あるいはそれぞれのリーグが、と考えてもいい。


 セイバーのこれは、はっきり言ってしまえば、日本全土を巻き込んだ、第三のリーグの創出と言ってもいい。

 そんなバカなと言われるかもしれないが、サッカーのクラブが日本中に存在することを考えれば、不可能な話ではないのだ。

 実際に独立リーグが存在している。セイバーはそれをより強固に結びつけ、完全に一つの巨大な組織にしたいというだけだ。


 地域に分けざるをえないのは、さすがに移動に伴う負担が大きすぎるから。

 それに選手の年俸も、NPBとは比べ物にならない安さになるだろう。

 しかしそれでも、クラブチームよりは給料を出したい。

 まあ社会人チームの方が、総合的な待遇は良くなってしまうかもしれないが。


 


 セイバーは都道府県に一つ以上のチームを作る上で、独立リーグやクラブチームの人間と話したり、各種統計を取ってみたりした。

 野球人口は中高生大学生共に、2010年代の後半からは減っていっている。

 そしてサッカー人口に負けていた。

 だがそれがこの数年で、また逆転した。


 まず理由の一つとしては、スーパースターの誕生であろう。

 上杉の出現以来、中高の野球部員は急激に増えた。その前のシニアの数もだ。

 面白いことにこの数年で、瑞雲や明倫館、水戸学舎、それに言うまでもない白富東など、新興の強豪が出てきている。

 やや毛色は違うが蝦夷農産も新しい強豪だ。


 これまでの野球では通用しない、新しいシステムを、これらのチームは持っている。

 蝦夷農産はちょっと違うが。

 対して急激に弱くなった名門もあったりして、その理由に統一性があるのかと見てみたら、全てのチームが坊主頭であった。

 もちろん強いままの坊主頭もいるので、これが関係しているとは限らないが。

 だが新しい強豪は全て、頭髪自由となっている。

 まあ桜島などは、ずっと坊主で強いままだが。


 新しい野球が、日本には生まれてきているのだ。

 セイバーはその動きを、自分の構想の中に組み入れたい。

 第一には都道府県に作るマイナーリーグには、高校生も参加可能にしてしまう。

 今でも別に高校生はクラブチームに入れる場合が多いのだが、とにかく旧来の高校野球に合わない才能を、拾い逃さないようにしたい。

 出来れば高校と連繋して、高校生をやりながらクラブチームの人間として鍛えたいのだ。

 このあたりは既にサッカーはやっていることだ。


 とにかくセイバーは調査の中で、古い野球の体質だけは、どうにかしないといけないと思った。

 追い詰めることで精神力が鍛えられるなどというのは、間違いであると既に科学的に判明している。

 それで強くなるのは、元々そういうやり方が合っている人間だけなのだ。

 そういった人間だけが残るので、いつまでたっても体質が変わらない。


 サッカーが野球と違ってそのあたりが進歩的なのは、皮肉だが日本が弱かったからだろう。

 弱いがために、強くなる方法をどんどんと取り入れた。だからシステム面から変化していった。

 野球はアジア最強で、しかも国内で完結していたのが、強くなる限界になっていた。

 しかしアメリカに選手が流出し、そこでアメリカタイプの指導が紹介され、日本の旧来のシステムでは上手くいかなくなっている。


 セイバーはユーキのような、将来は全くプロに興味のない人間を、あえて送り込んだ。

 野球の上手い人間はプロになるという価値観を、破壊したかったのだ。

 それでもなおプロに入れようとするなら、プロの世界が魅力的にならないといけない。

 指導、待遇、環境。

 別にプロを目指しているわけではないが、普通に高いレベルは楽しみたい。

 そういった人間が存在するためのリーグが必要なのだ。




 ここに、一人の大学生がいる。

 プロには全く興味がなく、しかし休日には時々草野球を楽しみたいな、と思っている程度には野球が好きな青年だ。

 彼を満足させるだけの人材を、どうにか用意出来ないものか。

 そしてこのリーグからNPBへ選手を輩出することによって、底から日本の野球界を変えていきたい。


 アマチュアの選手が、プロの選手と頂上決戦を行う。

 そんなサッカーの天皇杯のような大会、あるいは試合が、どうにか作れないものか。


 直史を搦め手でプロの世界に引きずり込むことは、おそらく手段を選ばなければ可能である。

 だがセイバーは、あの直史がほしいのだ。無理に調教されて、走ることをやめたサラブレッドはいらない。

 受動的にではなく能動的に、しかも魅力的な勝負を。

 直史と大介を対決させるためだけに、全ての準備をする。


 もちろんそれは副次的な産物で、実際にはこの第三のリーグ構想で、利益を得る準備はしてある。

 かつてはテレビ局が独占していた放映権を、いくらでもネット配信できるのが大きい。

 既にケーブルテレビなどに、占領されていてはいけない。

 独立リーグだけではなく、クラブチームだけではなく、社会人でもない。

 新しく放映するための、試合が必要になる。


 これに地域ごとの試合も、放映すればいい。

 地元の人間には格安にするなどして、直接に野球場に足を運ばせるようにするのだ。

 そしてそれらから得た権益を、上手く分配するシステムも必要になる。

 これはMLBを参考にして、収益のあまり得られない弱小チームを、ある程度存続させるために使おう。

 最終的には地域密着のサポーターなども作らせよう。


 既存のNPBの集客を、奪うことになるだろうか。

 そんなことにならないように、まずは沖縄から始めようか。

 そして既に独立リーグの文化が定着している、四国あたりも狙い目だ。

 ただ野球人口や、野球人口割合などを考えると、意外と地方の県の方が、割合的には野球が盛んだったりする。




 これらの思惑は、ある程度リーグの人間には受け入れられている。

 地域密着型で、野球のパイ自体をもう一度大きくするのだ。

 幸いにも日本は、野球場が大量に存在する国である。

 出来ればこのリーグの決戦は、台湾のチームなどを招待して日本で行いたい。


 台湾の野球人気は高いし、規模の割りにそれなりのレベルである。

 興行収入的にも、他国との試合というのは、国民全体にウケルものであると思うのだ。

 だからと言ってアメリカは日本との試合にメリットはあまりない。

 日本に負けたら自国のレベルに疑問を抱かれる。ブランドの価値というものがあるのだ。

 だから興行的に成功しそうでも、アメリカとの決戦という形は取りにくい。


 出来れば沖縄で、日本の第三リーグ選抜と、台湾リーグの選抜。

 あるいは第三リーグの優勝チームと、台湾リーグの優勝チームの対決をさせたい。

 国外との対決をすることで、大きな大会としてしまう。

 欧州でサッカーがしていることだ。


 ただこれは、かなり政治的な意味まで持ってきてしまう。

 なので日本の政治家のお偉いさんや、そしてアメリカにも話を持っていく必要がある。

 単なるスポーツではなく、世界的な同盟関係の予備交渉の形になるかもしれない。

「めんどくさ」

 経済の問題ならともかく、政治の問題は面倒なのである。

「でも面白いんでしょ?」

 子供をあやしながら、早乙女がそう問いかける。


 キングスサイズのベッドに寝転がり、セイバーはノートPCで色々と操作をする。

 部屋の片隅には、モニターが五つほどあって、様々なグラフを示している。

 デスクトップPCは三つあり、それぞれの機能の端末として、ノートを使っているのである。

 彼女の指先が動くたびに、数億から数十億の金が生まれ、そして消える。


 セイバーは自分のことを、計算する人間だと思っている。

 だが早乙女から見れば、セイバーも立派な天才であり、そして世界を動かす怪物だ。

 だが彼女は、スーパースターではない。

 個人的な魅力ではなく、能力で動かす。

 その根源的な力は、数字である。


「イリヤにもまた会わないと……」

「そういえばもっと曲を作るペースを上げてほしいって、姉さんが言ってたけど」

「彼女の場合は、神様が動かないとどうにもならないから」

 セイバーはイリヤのことを、そう思っている。

 彼女は芸術に愛された、彼女自身が芸術の女神だ。

 その彼女が日本に留まっていることで、実は色々な影響が起こっている。


 日本の芸能ビジネスが、変化しつつある。

 S-twins向きではない曲が誕生してしまった時、イリヤはそれを歌える人間を探す。

 そのグループが今、音楽シーンに覇権を築きつつある。


 たった一人の才能で、その世界が動く。

 音楽というのもそうなのだ。

 誰かが伝えなければ、その芸術はないのと一緒などと言われるが、イリヤは違う。

 彼女の音楽を一度聞けば、誰もが理解するのだ。

 自分の聞いているこれは、商品ではなく、作品だと。


「面白くなってきたわね」

「あまり面白くしすぎないでね」

 教育ママになりつつある早乙女は、育児よりもセイバーの世話の方が、よほど大変だと思うのであった。

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エースはまだ自分の限界を知らない[第一部+Ex+1.5] 草野猫彦 @ringniring

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