Ex19 野球の未来 金髪の小悪魔は16球団構想の夢を見るか 2
第三部読了後に読むことをオススメします。
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プロ野球16球団構想を考えて東奔西走、あるいは様々な人々の意見をネットで聞いたりもするが、どうやら結論が出た。
セパ両リーグの8球団制というのは不可能ということである。
プロ野球の球団、この場合はNPBであるが、会社である以上必ず収益の問題がある。
中にはオーナー企業が企業イメージを高めるために、赤字でも維持しているチームというのもある。だが過去にプロ球団が身売りした事実なども考えると、最初から収益を度外視した経営は無理がある。
そして収益の減少の分かりやすいのは観客動員数であるが、それよりも16球団構想において弱点となるのは、純粋な試合での収益である。
単純に言ってしまえば、もし8球団になった場合、試合数はどうなるのかということである。
プロ野球は年間130試合の期間が長く、それからやや変化はあるが、現在は143試合である。
球団が増えて、自軍の球場での開催試合を維持するとなると、年間の試合数をさらに増やすことになる。
ごく単純な話であるが、選手に対して試合数を増やして、年俸はそのままという論理が通用するかという話である。
セパ交流戦を調整して、試合数はそのままというのは、チーム数自体が増えるため不可能である。
本拠地開催が減ってしまえば興行収入が減るため、さすがにこれを飲むような球団は少数派である。
幸いと言っていいのか、かつてのタイタンズの人気一強時代は終わったため、交流戦自体への反発はなくなっている。
「あかん、オワタ」
「今日それ五回目」
ぐてんとベッドで不貞寝しているセイバーに対して、早乙女は呆れながらも声をかける。
「球団を増やすこと自体は、ほとんど反対はないんでしょう?」
「ただし収入増が大前提ってところが全て悪いの……」
「年に何試合か地方の球場でやってない?」
「それを回すだけじゃ全然足りないの」
この世はやはり金である。
セイバーが儲けるのではなく、球団も、選手も、ファンも儲ける。あるいは喜ぶ体制。
単純に主催する試合が減れば、それだけ球団のチケット収入が減る。
元々球場が全然埋まらない不人気球団もいるではないかと言われるだろうが、それではなおさら主催する試合が減っては経営出来なくなる。
自軍の球場で開催する試合と、相手の球場で開催する試合が、単純に半分ずつとする。
まあ交流戦を除いて120試合。その半分が60試合。
5球団相手に60試合というのは分かりやすい。
これが7球団になると、割り切れなくなる。
7球団に12試合ずつを割り当てるとなると、84試合。
単純に成績などでマッチングを決め、60試合を守るとしても、どうしても対戦に不公平感が出てしまう。
だがおそらく、実際にやってみればもの珍しさでファンは喜んだりするかもしれない。
しかし経営する側としては、はっきり根拠のある収入増加のロジックがなければ、賛成できるはずもない。
16球団構想を期待していた人々は、むしろ夢想家だったのだろうか。そう考えなくもない。
(元プロの人だって、16球団構想には賛成していた。だから何か解決策はあるはずなのに……)
試合数をこれ以上増やすというのも、実はありえなくはない。
MLBにおいては年間の試合数は162試合であり、それを日本よりも短い期間で終わらせるのだ。
あの広大なアメリカ大陸を移動しながら。そしてポストシーズンがある。
一応色々な人に話を聞いてみたセイバーであるが、現実的には難しい。
球界のレジェンドなども賛成はしてくれる。野球愛が強いため、よりファンを増やすためには開拓、ならば球団を増やしてその地元を増やすべきだと考えるのだ。
だが現状の球団が、収入は減らさずに、そして選手の負担も増やさずに、どうやって16球団構想を実現すると?
さすがのセイバーも諦めるか、いっそのこと韓国や台湾のリーグを巻き込めないかという悪魔の囁きに耳を貸そうとしてしまった。
だがそんな中で、一人のネット配信者を発見する。
別に16球団構想についてえ話していたわけではない。ただ大学野球の後に独立リーグや海外リーグでもプレイしていたという経歴から、現在の日本の野球事情を客観的に見ようとしたのだ。
そしてその中で、マイナーリーグについての話、大学野球の人数多過ぎの話などを聞いていて、天啓を得た。
16球団は不可能だ。NPBの現在の利権を犯さずに、球団を増やす確実な手はない。
だから、18球団かそれ以上にしてしまえばいい。
「は?」
同居人がとうとう気が狂ったかと思った早乙女であったが、詳細を聞けばそんなんでいいのか、と確かにこれまでとは違った視点ではある。
アメリカのMLBは基本的に二つのリーグを、東・中央・西で分けている。
日本の野球もリーグは二つである。
アメリカはメジャーの下にマイナーのリーグがあるわけだが、日本のNPBだとこれがファームとなる。
球団によっては三軍まで存在する。
現在のNPBの人材確保は、FAやトレードもないではないが、流行はドラフトと育成だ、
金持ち球団は育成枠で素材をどっさりと取っていってしまうが、その三軍ともなれば対戦相手は、独立リーグやノンプロ、あるいは大学のチームとなっている場合もある。
育成ドラフトで指名され、ずっとくすぶっているような選手が、果たしてプロ野球選手と言えるのか。
いや、もちろん契約を交わした以上、三軍であろうが育成だろうが、プロであるのは間違いない。
だが独立リーグだって、ちゃんと給与が出ているところは出ているのだ。
そしてNPB選手の中には、育成ではなく支配下登録に入ってようやく、自分がプロ野球選手だという実感が湧いた者もいるそうな。
おおまかなところを聞いた早乙女は、大筋は納得出来た。
つまり――。
「大統一独立リーグ構想よ!」
独立リーグは地域密着型のリーグであるが、一応ちゃんと一つの組織が統括してはいる。
その下にそれぞれの独立リーグがあり、セイバーは四つの新球団を作るにあたっては、そこの人材をかなりアテにしていたのだ。
東北から北信越と関東を中心としたリーグ、北海道のリーグ、九州を含む四国のリーグ、関西のリーグが現在活動中の主なリーグである。
なので新潟、京都、愛媛あたりを有力な新球団の本拠地としていたのである。
だが独立リーグはきっぱりと、NPBへ選手を送り出す、あるいはそれに至る受け皿になっていたりと、それなりの存在価値がある。
「じゃあもう独立リーグなんて言ってるんだし、日本で三番目のリーグにしちゃえばいいのよ!」
セイバーの発想は基本的に積み上げていく形式なのだが、時々情報がどすんと一気に入ると、こういった発想の飛躍があるのだ。
「指導陣や選手の待遇はどうするの?」
球団運営は金がかかる。独立リーグがどうにか運営出来ているのは、はっきり言って選手に金をかけてないのと、地域密着で地元の支援があるからだ。
だがそれでも、NPBの育成などとは環境が違う。
コーチの目にも止まりやすいし、結果を出せばすぐに一軍に上がれることもある。
それと別だが、育成枠というか三軍の存在によって、リーグ内の戦力均衡が崩れかけているという問題がある。
セでは巨神と広島、パでは東鉄と福岡が導入している三軍制度。
簡単に言うと育成枠で素質だけの選手を取ってきて、より基本的なところから野球を教え、二軍のイースタン・ウエスタンとは違い、社会人や独立リーグ、大学のチームなどと対戦させるのだ。
現在の日本野球界の問題点を考えていくうちに、受け皿を上手く増やすことによって、野球離れを防がなければいけない。
セイバーが調べたところ、競技人口自体は減っているにもかかわらず、大学野球の人数だけは増えている。
そして一番問題は陰湿なものになりやすいのも、この大学野球であるらしい。
「大学に進学しても、大学野球はしたくない人もいる。そういう人のためにクラブチームに少し援助をして、野球はしたいけど大学ではしたくない人を集めれば……」
詳しい構想などはまだ全く出来ていないが、セイバーが考える原点は、野球人気の長期的な維持である。
地元にある球場で、ある一定以上のレベルの試合を、毎週開催出来るようにしたい。
大人になっても安価で簡単に、野球が出来ればいい。
そのために必要なのは、野球が楽しいスポーツであり続けること。
見る側にとっても、やる側にとっても。
甲子園を体験してしまったセイバーには、アメリカのベースボールが全て日本より優れているなどとはとても言えなくなった。
だが平均的に言うならば、日本の野球の抱えている問題点は大きい。
問題は色々とあるがその最大のものは、野球が上手くなるため以外の制約が多すぎるということだ。
監督やコーチの指導についても、そもそも理論が根本的に間違っていて、しかもそれに選手側が異を唱えることが出来ない日本の野球は、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる。
これが通用するのは選手の移籍がないからだ。はっきり言って高校と大学の上下関係や規律は、他のスポーツに比べて厳しすぎるし理不尽すぎる。
チームに失望し侮蔑する選手の前に、他の選択肢を与えてやるのだ。すると選手の流出を止めるために、少なくともアマチュアの野球は、体制の変革や従来のシステムにメスを入れざるをえなくなる。
「甲子園はともかく神宮レベルなら、別に出なくてもいい子もいるだろうし」
セイバーは秩序を破壊する。そこに前よりも良い環境が生まれるのなら、旧来の支配者たちなど滅ぼしつくしても構わない。
プロや、プロでなくても野球で食べて行くことを選択する人間を、全て引き抜いてしまえばいい。
「選手とついでに、コーチもNPBとか大学野球出身から持ってこれるし、あとは事務の出来る人間に審判……」
毎年100人以上が去っていくNPBや、あえてプロを選ばない人間にも、引退後のポストを与える教育も受けてもらった上で、より日本の野球を強くする。
最終的には、メジャーで活躍するのは日本出身ばかりと言わせれば、セイバーの勝ちである。
それにこの構想であれば、彼を野球の世界に携わり続けさせることも可能かもしれない。
副業でやれる野球選手。そもそも社会人野球にはそういう面があるのだ。
漲って立ち上がるセイバーを生温かく見ながら、おやつとお茶の用意をする早乙女であった。
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こちらの第一部は現在カクヨムコンに参加しております。
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