第34話

 


そうして、シルヴィアさんはプーちゃんと精霊王に付き添われてプーちゃんが昔一緒に住んでいたという人のところに向かうことになった。


とても田舎で、王都のように栄えてはいないようだけれども心の静養には良さそうだ。


プーちゃんには「お母さんも一緒に来るか?」と聞かれたが、丁重にお断りした。


だって、魔術学院の授業があるからね。


それにプーちゃんたちも一度帰るってだけでまたすぐに戻ってくるらしいし。


それがどのくらいの期間かはわからないけれども。


「大丈夫よ。エメロードちゃんには私がついているから。」


そう言ってくれるアクアさんがいるから私は一人じゃないし。


プーちゃんは最後まで「あいつにお母さんを紹介したかった。」と言っていたから、学院が長期休暇になったら挨拶に行くと言っといた。


 


 


☆☆☆


 


 


「それにしても、刺激がないわね。」


アクアさんが欠伸をしながら退屈そうにつぶやいた。


それもそのはず。


シルヴィアさんがいれば私たちにしょっちゅう噛みついていたのだが、今はそれがない。


しかも、アクアさんの精霊が精霊王、私の精霊が始祖竜ということもあり、他の生徒からは遠巻きに見られている。


誰もこの精霊王と始祖竜に敵うだけの精霊を保持している人がいないからだ。


「そうだね・・・。それに、なんかこれ以上友達を作るのも難しそう・・・。」


遠巻きに見られているため、学院内で友達を作るのは絶望的だろう。


私たちに近づくのも他の生徒の手前勇気がいるようだ。


「プーちゃんでもいれば少しは賑やかなんだけどなぁ。」


今朝早々に旅立っていったプーちゃんと精霊王とシルヴィアさんを思い浮かべる。


「そうね。精霊王もいるとうるさいしね。」


アクアさんと二人っきりが悪いということではない。


アクアさんと一緒にいるのは楽しいし。


だけど、プーちゃんや精霊王がいる賑やかさを経験してしまった私にとってはそれだけじゃ物足りなかったのだ。


「呼んだか?」


「なんじゃ。妾が恋しかったのかえ?」


ついに幻聴まで聞こえてきたようだ。


そう思ってアクアさんを見ると空を指さして珍しく口をポカンと開けていた。


「どうしたの?」


いつも冷静なアクアさんだけに、気になって問いかけるがアクアさんは何も言わずに指で空を指しているだけだった。


なんだろうと思って、私もアクアさんが指さしている方向を見る。


そこには、今朝出て行ったばかりのプーちゃんと精霊王がいた。


「え?なんで?今朝旅立ったばかりなのに・・・。」


私はプーちゃんと精霊王を見て驚きに目を瞠った。


アクアさんもきっと同じような状況なのだろう。


だって、プーちゃんたちが向かったのはここから一週間はかかるだろうド田舎の村だ。


それが、今朝行って夕方の今帰ってくるだなんてことは通常では考えられない。


いくらプーちゃんが空を飛べるからって光速で飛べるわけはないし・・・。


「ふむ。怒られたのだ。魔術学院では常に精霊が側にいなければならないと・・・。」


「あやつは変なところで真面目だからのぉ。久々に怒られたのじゃ。」


プーちゃんも精霊王も怒られたと言いながらも嬉しそうな顔をしている。


きっと以前一緒に住んでいたという人と会えてよほど嬉しかったのだろう。


それにしても、精霊王と始祖竜を叱れる人がいるだなんて思いもしなかった。


「シルヴィアさんは・・・?」


私はシルヴィアさんのことが気になってプーちゃんと精霊王に確認する。


シルヴィアさんはド田舎で上手くやっていけそうなのだろうか。


「うむ。きっと大丈夫だろう。」


「上手くやっていたように思うのじゃ。」


どうやらシルヴィアさんは大丈夫のようです。


一安心。一安心。


まあ、若干二人の言うことだから不安があるんだけどね。


それでも、今までよりも悪いようなことはないだろう。


プーちゃんと精霊王が信頼する人の元にシルヴィアさんはいるのだから。


「おお。そう言えばあやつから預かってきたのだった。」


プーちゃんはそう言って持っていた袋をガサガサとあさりだした。


そうして、目の前に差し出してくる茶色い何か。


「って!猫!?」


それは、茶トラの猫だった。


それもとても見覚えのある猫だった。


私が前世の記憶を取り戻すきっかけになったあの猫だ。


「うむ。あやつの家の猫なのだが、最近ちぃっとばかり行方不明になっておったのだ。」


「は、はあ。」


あ、あれ?


じゃあ、私が見た猫とは違う猫なのかな?


人の足でも一週間もかかるのだから猫の足だったらもっとかかるだろう。


そんな距離を移動できるはずもない。


だから、私が前世を取り戻すきっかけになった猫とは違うのだろう。


そう、思ったのだが。


「戻ってきたのはいいのだが、お母さんに会いたいと言っておったので託されたのだ。」


「お母さんって、この猫の?」


「違うの。プーちゃんの言うお母さんはエメロードのことじゃ。」


「え?私?」


「うむ。」


どうして、この猫が私に会いたいというのだろうか。


ちょっと不思議だ。


というよりわけがわからない。


「にゃあう。」


茶トラの猫はプーちゃんの手からピョンッと飛び降りると私の方にかけよってきた。


そうして、私の足に頭を摺り寄せる。


「えっと・・・。」


「名はテルナーグという。可愛がってやってくれ。」


プーちゃんはそれだけ言うと私の肩に乗った。


肩には始祖竜、足には茶トラの猫というなんとも摩訶不思議な状態になった私をアクアさんがそっと抱き寄せてきた。


「細かいことは気にしない方がいいんじゃない?だって、相手は始祖竜に精霊王よ?細かいことを気にしていたらやってらんないわよ。」


「あ、あはは・・・。」


「それに、まずは寮に猫を連れ込んでも問題ないか確認しないとね。」


確かにこの学院の寮に動物を持ち込んだ人は聞いたことがない。


それが動物を持ち込むような人がいなかっただけなのか、それとも寮で禁止されているのはかわからない。


「テルナーグ。私はエメロードっていうの。よろしくね。」


それでも、足にすり寄って甘えてくる猫を放り出すことなんてできなくて、私はテルナーグを抱き上げて顔を突き合わせて挨拶をした。


テルナーグは抱き上げた瞬間きょとんとした瞳をしたが次の瞬間には、目を細めて私の鼻をそのザラッとした舌で舐めてきた。


それはまるで、「よろしく。」と言っているように思えた。


そして次の瞬間、私の中から前世の私の記憶が薄れていくのを感じた。


 


 


 


 


 


End


 


 


ここまでお付き合いくださりありがとうございました。


きっとこの後、学院を卒業したら皆で各地を旅することになるでしょう。


なんたってトラブルメーカーのプーちゃんと精霊王がいるんだからね。


そのお話は機会があったら・・・。


 




 



 


 


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悪役令嬢は始祖竜の母となる 葉柚 @hayu_uduki

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