第18話 終焉 〜時を超えて戦った〜

「ケミ……」

 私はケミから受け取った勾玉を握りしめる。ケミはあの後私に言霊術を教えてくれたけど、風だけであった。

 ケミは風の言霊しか使えなかった。けど等のケミは満足そうな顔をし、その場に倒れた。

  「どうしてケミは私に言霊を教えたの? 世界はもう終わってる。元に戻すことなんてできない」


 そう言うとケミは鼻で笑う。

 「そうね。この世界はもうダメ。元になんて戻れない。だけどせめて最後の抵抗はしたいでしょ?」

 「別に……。抵抗なんて考えてない。だってこの世界なんて。思い出なんてないから」

 「——そうね」


 ケミはゆっくり起き上がった。

 「私もこの世界なんて正直言って滅びろと今でも思ってる。人として扱われず挙句におもちゃみたいにされてきた。そんで世界の危機になったら今までおもちゃとして弄んできた私に世界を救えでしょ? ふざけてるの? ——だからこんな世界なんて壊れてもおかしくないし誰も救わないでしょうね——」


 するとケミは涙を流し始めた。それもただ悲しいとかではなく、憤怒に飲まれ、この世界に復讐できなかった時の涙なのかも知れない。確証はないけど、今のケミの涙からはそれとしか考えられないのからだ。

 「だけどアテルさんの……アテルさんの仇だけでも取りたかった。アテルさんはずっとチトセを信じて動いてきたの。私はそのアテルさんの後ろ姿を見て動いてた。アテルさんは私の恩人で、お父さんみたいな人だったから」

 ケミは涙を流しながら手に持っていた槍を私の押し付ける。

 

 「もしアテルさんがこの世界にいなかったら私はこの世界を滅ぼしてた。だけどアテルさんは私に言ってくれたの。『この計画が完了すればあの研究所の存在価値はない。その時はお前の腹の子を助け、この学会重視の社会を破壊しよう』と。だからチカ。これは私の仇じゃなくてアテルさんの仇だったら……」


 ケミはそう言い残すと徐々に光の粒となっていった。

 「もう……。時間はないの。どうなの? ねぇ?」

 私はどうすればいい? ケミの願いを叶える? けどケミは……私を。だけど今のケミはあの時のケミの顔じゃなくて本当の母親のような……優しい顔。

 

そうか——私は最初からケミの正体に気付いていた。


 なぜなら私はケミの発言と行動になんの違和感も感じなかった。もしかしたらケミを見ている時の嫌悪感は似たもの同士、だったからだろう。

 そしてもう一つ嫌悪感を感じた理由は母親という対象にいまいち理解ができていなかったから。ケミは村の病院で常にチホお母さんのように優しく、ずっとそばにいてくれた。いや逆か。

 私はチホお母さんと比べてケミが本当の母親らしくて気持ち悪かったんだ。

 チホお母さんは私と接する時ずっとどこか遠くを見ていて私を見ようとはしてくれない。だけどケミはずっと私に視線を向けていてくれた。

 「分かった。引き受けてあげる」

 「……ありがとう。あと、最後に一つだけ……」

 ケミは上半身のほとんどが光の粒となる。

 「もし世界が元に戻ったら。今度はちゃんとした私の娘として——」


 ——私がマロとチホお母さんのそばにいたかったのはそう言うことか。

 私はずっと。母親が欲しかったんだ。

 私はしっかりとケミを見つめて。ケミに最後の言葉を発した。


 「大好きだよ。お母さん」


 あたりが真っ白に包まれた。


 ————————。

 ————。

 ——。


 目を開けると森の中。私の姿は相変わらずケミのままでかつての姿には戻れない。だけどこれで終われる。

 空は真っ赤に染まり、森はかつての正気なんて感じれない。

 「とりあえず歩くか」

 次の瞬間林から異形の化け物たちが飛び出した。

 「————」

 私はそれを無視して前に進む。なんとチトセの元に向かわないと。

 私は次々襲いかかってくる化け物を斬り捨て前に進む。私はなんとしてでもチトセのもとに行かないといけない。


 それからだいぶ先に進み、広い空間に出るとそこにはマロが静かに立っていた。

 「ほう、来たか小娘」

 「マロ……」

 マロは禍々しい黒い殻を輝かせ、眼はまるで憤怒の輝きを放っていた。彼は息を荒くしながら私を睨む。

 「ねぇ……。マロは本当に邪神なんだよね?」

 「……。そうでなくば?」

 「だったら。ただ殺すだけ」

 私は「風の言霊、疾風」と口に出し、マロが反応する前に背中に槍を突きさした。

 「―――!」

 「次っ!」

 それから私は槍を振り、マロの体を両断した。

 「―――――!」

 しかしマロもやはり邪神。両断されてもすぐに生えてくるほど再生能力が高い。

 そしてマロは長い尻尾で私を叩きつける。私は受け身を取って地面に倒れ、すぐに起き上がった。

 「はぁー!」

 これは次々攻撃していかないときりがない。なんとしてでも今仕留めなければ……!

 マロは口から光弾を放つ。私はそれを跳ね返しマロも跳ね返す。

 私は跳ね返しながら徐々に近づく。そしてついにマロの体に光弾が辺り、マロの体から煙が上がった。

 そして私はマロの腹を切り裂く。マロは同時に悲鳴を上げた。

 「―――マロっ! マロっ!」

 私はマロの名前を叫びながらマロを串刺しにする。

 しかし、マロはまだ倒れず光弾を放ち、私はそれを跳ね返し続けた。

 目の前が真っ白で何も見えない、熱い液が流れ出ているのが解る。

 「その程度で泣くのか?」

 「泣かないっ!」

 私は後ろに下がり視力の回復を待つ。目の前が真っ黒で何も見えない。音も怪しいぐらいだ。

 「目が見えない。我々もそうであった」

 「後ろ――!」

 私は横に動く。その瞬間風を切る音が耳元に聞こえた。

 「邪たる存在は白と黒の世界であっても存在を許されぬ。ただ何もない虚無の空間さえにも拒絶される」

 「虚無の存在……!」 

 私は耳を凝らして攻撃を察知して避け続け、マロはそのまま語り続けた。

 「お前も本来は我らと共に邪神となるはずだった。なのに貴様の母、ケミが我々が考えていた以上に霊力が高くお前を邪神にすることが出来なかった。だがお前はケミに会った時はまだ邪神であった。なのになぜ貴様は邪神ではなくなっている?」

 「――――」

 私はケミとあの村で話した事を思い出す。確かケミと話した範囲では私は突然邪神でなくなっていた。その原因は不明。

 そこでケミとアテルさんの推察では私の中にあった邪神の力はただ入っていただけで増えてすらいなかったもの。それを私が何だかんだ力を使い続けていたのが原因であると言う。

 

 「それは簡単。私が最初から邪神ですらなかった。ただ邪神の力が体内に埋め込められていただけで邪神ですらなかったの。私は最初から、ケミの娘だった」

 「―――」

 「あ―――」

 突然目の前に風景が帰って来た。マロは何故か空高くに浮いていた。

 するとマロは口からよだれを垂らし、そのよだれに触れた地面は黒く焦げた。

 「ならば……。我以外の邪神に殺されるがよい。貴様みたいな軟弱物を相手する暇はないのだからな」

 その瞬間地面から大きな口をした

得体のしれないナメクジのような巨大生命体が出てきた。

 「さぁ…‥。邪神ムデカラよ。こいつを食らうがよい」

 マロはそう言うとどこか飛び去った。

 ムデカラは私を見ると口を広げ、私を包み込もうとした。

 「まずい!」

 私はかろうじてやつの口を切り裂く。

 ムデカラは動きは鈍いものの喉から出す瘴気が鬱陶しい。

 けどこいつは斬っても斬っても再生する。どこを指しても同じだ。

 「弱点、弱点はどこ!」

 「胸ですよ」

 「え?」

 空から青い髪の女の人がゆっくり降りてきた。

 私はその女の人の指示通り胸を狙った。


 ――――――。

 ――――。

 ――。


  私はムデカラを片付け、女の人に駆け寄った。

 「貴女はいったい何者なんですか?」

 「私ですか?」

 すると女の人は髪を耳に掛ける。

 「初めまして。私は女神ナビィの使い、ミコと申します」

 ミコさんはおっとりとした笑顔を私に向ける。

「…‥。分かりました。で、ミコさんは何をしにここへ? この世界はどう見ても滅んでいるとしか考えられないのですが」

「そうですね。もう滅んでます。現に天ではナビィ様は泣いておられます」

「だったら。何しに来たんですか。まさかですが私にこの世界を救えと? 私とお母さんを救ってくれなかった女神の願いを叶えろと?」

 ミコさんは少し悲しい顔をする。

「私も気づくべきでした。あの子から邪な心を消しても生み出した時の純粋無垢なあの子には戻れない」

「教えてください。チトセの正体を知っているのでしょう?」

「そうしたいところですが、早いところあの社に向かった方が良さそうですね」

「社?」

「ほら、あの山のてっぺんです」

ミコさんは山に指を差す。私は差された方向を見ると樹日本の柱が空を月抜き、空は血のように真っ赤に染まっていた。

「―――――」

「邪神による世界の破滅。太古昔、藍の姫巫女が巨大なコンピューターの脳となり、邪神を封じ込めてもやはり訪れました」

ミコさんは声を震わせながら言葉を漏らす。


「いけば良いんでしょ」

私は槍を山頂に向ける。

「どうせ破滅するのになぜ救う理由があるのかはわかりませんが!!」

私はチトセのいる社に向かって走り出した。

 

私が山に入ったと同時に地面から血がにじみ出した。

「ミコさんこれは?」

「見たまま血ですよ。それも邪神が殺してきた生物のもの」

 ミコさんは淡々と話す。

「もう、私以外は死んでいるんですか?」

「いえ、まだ生きてます。五本指で数えられる程度ですが。でも、生きyているのはあなただけと考えた方がいいかもしれません」

「―――――」

「世界が常世に染まれば自らの願う世界に行ける。が、願う人が自分でなければ違う世界となる」

「それぞれが望む個々の世界は生まれないの?」

「それが理想だけど自分以外殺した後だと実質その人だけの世界」


ミコさんは言い終えると紙を耳に掛けた。

私はケミが言った言葉を思い出す。ケミは確か私に本当の母子として過ごしたいと言っていた。

もし私が自分だけ生き残って叶えれば。

「常世は生きていないといけないの?」

「もちろん。とはいっても常世自体私もナビィ様も存じません。が、学会たちの間では生きていることが条件に勇者の霊力、そして邪神の力の双方がぶつかることで出来ると言う仮説です」

 ということはさっきまでの発言は確証がないことか。

「けど勇者……。 ということはケミの力を受け継いでる私の力とチトセがぶつかることで―――――」

「行くことが可能です」


 そういうことか。結局私が動かないことにはこの世界は救われず崩壊したまま。けど私には救わないといけない人、お母さんを救わないといけない。

 「行く」

 私は山を駆け上がった。

 山の中は邪神で溢れ数多の怪物が私に襲い掛かって来た。


 「ええい! 邪魔!!」

 私は長い槍で殴ったり霧吸ったりするが数は減らない。

 「チカさん上です!」

 「――っ!」

 私は巨大な蝶を切り捨てる。すると蝶から煙が漏れ出た。

 「吸わないで、毒です」

 私は口を押えながらさらに駆け上がり、大蛇や天狗、竜などを切り伏せていく。

 しかし数が多すぎる。腕も痛くなってきた。

 けどいつ頂上の社に? 流石に時間が掛かりすぎる気が――あ。

 私は足を止める。

 足元を見るとアテルさんと走っている時に観た子供の屍骸のなれ果てがあった。


 するとその子供の屍骸急に起き上がる。よく見ると

その死骸にまとわりつくウジ虫がまるで寄生しているとしか言えない姿となっていた。

 眼から血が流れ出て、手足は骸骨、腹と頭はウジ虫の塊となっていた。

 「……何てこと」

 ミコさんは顔が青ざめていた。

 「確かここの先をずっと言ったら社。なんだ、もう少しじゃない」

 私は屍骸に斬りかかる。

 しかし屍骸は俊敏に動き、かすりもしない。

 槍を突くと上に乗って蹴りかかり、叩こうとするとハエのように避ける。

 

 「チカさん、これはもう無視しましょう!」

 ミコさんが大声で叫ぶ。

 私は殴りかかってきた屍骸の腕を掴む。

 「ごめんね」

 私はそう言って屍骸の腕をへし折り、そのまま頭を切り落とした。

 私はミコさんを見て会釈し、社に向かった。


 社に着くとあの時の惨状よりもひどいものだった。すると頭のない白装束の服の人が本殿から歩いて出てきた。

ミコさんはそれをまじまじと見る。するとミコさんは私の手を握った。

「ミコさん?」

「どうやら私はここまでみたいです」

「どういうことですか?」

「ここは邪神の力が強すぎる。もう私がいれる環境じゃありません」

 ミコさんは苦しそうに地面に倒れる。

 「……チカさん。後は頼みます……」

 ミコさんはそう言うと光の玉となって天に帰っていった。


 次の瞬間背後から肉を引き裂く音が聞こえる。振り向くとマロが白装束の人を食べている最中だった。

 「マロっ!」

 「ほう…‥。人の手に作られた邪神はそれほど弱かったか」

 マロは口に入れた人だった肉塊を吐き出す。

 「だがやはりもうナビィでさえも邪神は止められぬか」

 マロは私に近づく。マロは唾液を地面にこぼしながら私を見る。これで、マロを倒したら。

 「よろしい。暇つぶしだ。かかってくくるがよい」

 するとマロは尻尾を私に目掛けて飛ばす。私はその攻撃をかわす。

 マロには普通の攻撃も言霊術も効かない……。

 「風の言霊。カマイタチ!」

 私は槍先からカマイタチをマロに放つがマロの硬い装甲には傷一つつける事ができなかった。確かマロも私と同じように研究所にいた。だからその時に改造されていてもおかしくない。

 どうしたら勝てる? どうしたら?


あれから私はマロに攻撃を仕掛け続けた。いくら時が経ったのだろうか? 分かるのは長い間、マロの硬い殻を闇雲に斬っていただけだ。

 なのにマロにはなんらダメージもない。

 「もうここまでか?」

 マロはくぐもった声を発する。

 「ねぇ、マロ。最後に一つだけ聞いても良い?」

 「冥土の土産か? まあいい。一つだけ聞いてやろう」

 私は手を握る。

 「マロはさ。どうして研究所で私に優しくしてくれたの? 本当はマロは私が邪神ではないって気づいていたんでしょう?」

 「……愚かなことを」

 「私は怖かったの。いつかマロに嫌われるんじゃないかって。だけどマロと過ごして行くうちに、マロは良い人だと思ったの。……人じゃないけど」

 するとマロの黒い殻にヒビが入った。

 「マロはどうなの? やっぱり私のこと嫌いだったの?」

 「もしそうであるのなら最初からお前を殺していた。だが、何故かできなかったのだ」

 マロはゆっくりと話を続けた。

 「邪神はかつては清き神であった存在。だがそれが汚れたのが邪神だ。簡単に汚れる神には清らかな心が少ないが、大神まで来ると邪神になっても理性が残る。私はその大神であったのだ。

 邪神は孤独だ。清らかな神々には見放された挙句、邪神たちとはまともに意思疎通ができない。

 私は知っての通り人の手によって生み出された神。私が持っている記憶は前の体の、魂が本来宿し者の記憶だろう。

 これは予測だが、私はお前に安心していたのだろう。そう、無意識に。私はお前の清き心に引かれたのだろう——」

 私は槍先をマロに向ける。


 「そう。だったらマロはどうしてチトセの味方を?」

 「——我々はお互い苦しみを理解出来なかった。我々邪神は清らかな心を望み、お前たちは欲を望んだ。その望むものが違う時点で我々は分かち合うことなど不可能だったのだ」

 するとその時背中に激痛が走る。そして背後からの何かが突き刺さった感覚。その正体は白く光る槍だった。

 私は手に持っていた槍を落とす。

 そして今度は上空から同じ形状の槍が降り注ぎ私の両肩に突き刺さった。

 声にならない激痛が走る。

 私はそのまま背後に倒れ、背中から貫通している槍がどんどん私の体内の奥に入り、穴が大きくなって行く音が聞こえる。

 「おやおや。やっと来たんだね。エビくんも、もっと早く出来たでしょう?」

 私は激しい激痛の中、ゆっくりと立ち上がる。

 目の前にいたのはチトセだった。

 「チトセ……!」

 私はを見たチトセは大笑いした。

 「ふははは! こんなにボロボロになっても立ち上がるか。やはり勇者は違う!!」

 「どうして、どうしてこんなひどいことをするの?」

 「酷いこと? なにが? ボクたちはただ清らかな心を味わいたいがために常世計画を推進したんだ。君も素晴らしいと思うだろう?」

 チトセはマロを横目で見る。しかしマロはどこか様子が変だった。

 「エビくん?」

 「馬鹿馬鹿しい……」

 マロはチトセを尻尾で殴った。チトセは突然の攻撃に対処できず、そのまま社に吹き飛ばされた。

 マロはさらに追撃を加えようとチトセに突っ込んだが、瞬きほどの速度でマロは縦に一刀両断され、塵に帰った。

 私は唖然とした顔で見つめる。そして現れたのは何食わぬ顔をしているチトセだった。

 「よし、そろそろ始めようか」

 チトセは腹から突き出た槍先に触れる。そしてチトセが何か呪文を唱えた後、あたりが真っ赤に染まった。


 それからゆっくり目を開けると小学校の校門前に立っていた。

 小学校は木造で歴史も古い。その小学校は雨水に濡れて少し不気味な感じがする。

 私はゆっくり家へと向かう。すると曲がり角にケミお母さんが立っていた。

 「ケミお母さんケミお母さん!」

 私は雨の日わざわざ学校の帰り迎えに来てくれた母の元に向かう。

 「こら、チカ暴れないの」

 お母さんは優しく撫でてくれる。

 ケミお母さんはとても優しい。私が悪いことをすればそれを叱ってくれるし、良いことをすれば褒めてくれるだからだ。

 私はお母さんに頑張って追いつこうと歩く。するとお母さんは私の手を優しく握った。

 「もう、無理しなくても良いんだよ」

 「だって早く大人になりたいもん」

 「だったら今は甘えておきなさい。大人になったら甘えることなんて無理なんだし」

 「むー!」

私を頬を膨らませながらお母さんを叩く。もちろん子供の攻撃なんて大人には蚊に刺された程度でただ母は笑っていた。

 そろそろ手が疲れてきたからもう叩くのはやめよう。

 私はお母さんの手を握り、家に帰った。


 家に帰った私は母に宿題と言われ、渋々と宿題を終わらせていく。それから時間が過ぎていき、空は暗くなっていく。

 4時を過ぎる頃には宿題が終わり、自由な時間を過ごしていた。すると光の雫が上から降って来た。

 教科書の上に一粒つく。気になった私は天井を見た。

 すると天井にタコによく似た生物が浮いていた。それも私を見下ろしながら泣いて。

 「どうしたの?」

 私はタコに声を掛ける。するとタコは涙を拭う。

 「見つからない。見つからないんだ……」

 「何が見つからないの?」

 「ボクが望む世界がどこにもないんだ。せっかく、せっかく常世へと行く扉を開いたのにどこにもないんだ」

 常世? このタコは一体何を言いたいの?

 「そうか。君は常世に行けたから覚えてないか」

 タコはそういうとゆっくりと透明となり、消えた。


 翌日私は母に昨晩のことを話した。母は最初私の戯言だと受け取っていたけど何度も話すとようやく信じてくれたのか、首を縦に動かした。

 「そう……常世ね」

 母はそう言って作業を一旦止める。

 「チカもそろそろ気づいたの?」

 「気づいたって?」

 すると母は壁に包丁を突き刺す。すると壁はまるで糸も容易く切れて行き、斬った先は外ではなく真っ暗な空間だった。

 「お母さん?」

 母はさっきまでの優しい顔から真剣な顔つきに変わった。

 「チカは覚えてないと思うけど。ここはあなたが望んだ世界。あなたがずっと見たかった世界なの」

 「私が望んでた……世界」

 私の頭に身に覚えのない記憶が再生される。なのにどうしてか変な感じはしない。

 お母さんはそんな私を見て優しそうに微笑む。

 「ありがとう、チカ。私がまたあなたの母親となることを許してくれて。ほんの一週間だけだったけど私はあなたと過ごせて幸せだった。——もしよかったらあなたのお母さんとなっても良いかな?」

 お母さんはそう言って手を差し伸ばした。私はお母さんの手を握った。


             *


 あれ? 気がつくと周りは草原に変わっていた。そして目の前にはひどくチトセが落ち込んでいた。

 私は自分ん体を見る。先ほど槍に突き刺された体は元に戻っており、服装はケミに似たような白装束だった。

 私はゆっくりちとせの元に行く。

 「どうしたのチトセ?」

 「どうしてボクだけ常世を見れなかったの?」

 「それはあなたが何も望んでないからでしょう?」

 「望んでない?」

 「私は普通の家庭で普通に過ごしたかった。だけどあなたはそれがないじゃない」

 「どうしてわかるのそんなこと?」

 私は地面に落ちていた槍を拾う。

 「どうしたもこうも。自分で気付きなさいって!!」

 私はチトセに斬りかかる。無論千年はすぐに避けて戦闘体制に入る。

 チトセは尻尾を変げ自在に伸ばして私を攻撃する。


 それからチトセは地面を抉って足場をわざと悪くしていった。

 「常世は望んだからいける世界。どうしてこの段階で理解出来ないの?」

 「ボクが望んでいる世界がないからだ。ボクは望んでいる世界に行けると思ってこの計画を何度も失敗して繰り返して来たんだ!!」

 チトセの職種が腹に当たり、後ろに吹き飛ばされた。

 「君は知らないさ! ボクがどれだけ勇者の一族を弱体化させるのに苦労したと思う? 君の母親が言霊を一つしか使えないのは必然として君は無数に使える。その対策として君を研究所で監禁してたんだ。現に君はケミから教わった一つの技しか使えない」

 やっぱり全てチトセが仕組んでいた……。やっぱり? どうして私はチトセが何かしたって自覚しているの? おかしい?

 「混乱しているのも無理はない。それにこんなよくわからない空間なんだ。——いや、この空間はもしかして——」

 チトセは突然攻撃をやめて空を見上げる。

 「時空間コンピューター淡路の中? なぜこの中に僕たちが……。もしかしてアイツら…!」

 チトセの顔が険しくなる。一体何が起こって? するとチトセは地面の手を突き刺す。それから触手を抜く。その触手には欠陥のようなものが握られていた。

 「チトセ……これは?」

 「この世界を生み出した張本人の核に繋がる重要な管。馬鹿な人間どもだ。こんな手に掛かるとでも……」

 『無駄』

 するとチトセの後ろからとても髪が長い痩せ細った女の子が歩いてきた。その女の子は藍色の髪に青色の着物を身に纏っていた。

 「あなたは?」

 『淡路、この世界を生み出した者。古よりそこにい邪神チトセをここに封じていた。そして私はあなたに気づいて欲しくてあなたに協力してあげてた』

 「は? どういうこと?」

 『だったら外を見てみれば——』

 淡路がそういうと空が真っ白に包まれた。


 気がつくと私は血まみれの社の目の前に降ろされた。

 私の横にはチトセは呆然と立っていた。

 チトセは俯きながら「気づけってなにさ」と何度も繰り返し言っていた。

 「ねぇ、チトセはどうして常世計画をしようと思ったの?」

 「分からないよ。多分繰り返しても同じ結果だったさ」

 チトセは倒れた柱の上に座ってぽつりぽつり話し始めた。


 「最初、正しくは繰り返す前のボクは純粋にこの世界を滅ぼそうとした。その際チホと会って常世計画に参加しつつ、乗っ取りボクに都合がいい世界にしようと思った。

 その時もう一人のボクが作られた。そのもう一人のボクこそがケミが言っていたスグヨさ。その後世界は滅ぼせた。だけどスグヨは納得出来なかった。その気持ちはボクにも理解出来ないしスグヨにも理解出来なかった。

 そこで時空間コンピューター淡路と邪神の力を使って全く別の世界を生み出した。それが何度も繰り返し行われ今に至るんだ。

 多分チカはミコにあったでしょ? あの人、一応ボクの姉なんだ。違う点は善を司るか悪を司るかの二つ。ボクは悪を司る神でずっと善に憧れて、欲していた余りに復活しては勇者に封じられてきた。

 でもあの人は必ずボクを救おうと来てくれるのにそれを利用してきた。この常世計画でも同じようにね」

 

 「そう……。だとしたらケミが苦しんだのもチトセが原因なのね」

 「そういうことだね。ケミをあんな目に合わせたのはボクさ。ケミから無理やり子供を産ませたり奪ったりしたのも全てボク。けど、この世界のボクは少なくともケミと出会うまではボクと同調していないから何も知らなくて当然。だから君に対してあんなに当たり前のように接したのは嘘じゃなくて本当なんだ」

 「でも今のあなたは全ての真実を知っているんでしょう?」

 「そうだねー。そうなるよ」

 チトセはゆっくり浮き上がった。

 「だったらチトセはどうして何度も繰り返したかったの?」

 「——そういうことか」

 「そういうこと?」

 チトセは満足そうに笑ってい始めた。

 「ボクは家族愛を欲しかったんだ。同調する前に会得した家族愛をもう一度欲していたから何度も繰り返したんだ」

 「家族……。メイさんとタケルさん」

 「——知っているんだね。まぁ、そういう事だよ。ボクはあの人たちにもう一度会うために。戦って来たんだ。時を超えてね」

 「その分、多くの罪を作ったけどね。純粋に邪神を消してくれるといった人々の願いを潰して」

 私は皮肉を交えてチトセに行ってやった。例えチトセが可哀想でもしたことは完全に外道以下。もう道を外れ過ぎているのだ。

 「そう、私たちに会いたかったの」

 「「え?」」

 声の方向を見ると崩れた鳥居の上に男の人と女の人の二人がいた。 二人はどこか落ち込んでいる顔で、チトセをじっと見つめていた。


 「メイお姉ちゃん……、タケルお兄さん……!」

 二人は顔を緩めず真剣な顔つきでチトセを見た。

 「良かった。生きてたんだ。生きてたんだ!」

 するとタケルさんは銃をチトセに突きつけた。

 「全てはメイから聞いた……!」

 タケルさんは鼻が詰まった声で引き金を引き、チトセの頭を撃ち抜いた。チトセはあっけなく撃たれ、そのまま地面に落ちた。

 しかしチトセの顔はとても嬉しそうだった。

 二人はチトセの前まで歩いた。

 「あなたがした罪は大きい。みんなを裏切ったり、挙句に無実の人を虐殺した時点で。そもそも私たちは気づくべきだった。あの邪神は勇者の力を引き上げる者ではなくて無実の市民たちを虐殺するためのものであることに」

 メイさんはそう言って銃をチトセに向けて引き金を引いた。それからタケルも混じってチトセの頭に何度も銃弾を当て、するとチトセの体が真っ白になった。

 そしてメイさんは泣き崩れ、それを兄であるタケルさんが支えた。

 チトセは、一番嬉しそうな顔で息を引き取った。


              *

 

 ——君は何を思う? 常世は全てを叶えてくれる。 なぜなら君が望んだ世界なのだから。いや、君の理想の世界なのだから。


 目を開けるとそこは白い霧に覆われた草原だった。

 そして私の目の前にはチトセはどこか遠くを見ていた。私は千歳に近づき、話しかけた。

 「チトセはこれで良かったの?」

 チトセはゆっくり振り返る。

 「うん。死ぬ前にお姉ちゃんやお兄ちゃんに会えたからとても満足だよ。それにボクはもう生きる希望もなく、清らかな心を求めていただけだけど、そういうことだったんだ」

 「淡路が言ってたことに気づいたの?」

 「そうだね。ボクは寂しかったんだ。長い年月通して一人ぼっちだったから。そこで今回の常世計画を淡路がどこからか知ったらしく、それをボクに言ったんだ。もしかしたらあの子はぼくに幸せになって欲しかったんだねと理解できるよ」

 「なら良かった。もしもだけどもう一度世界を作れるならチトセはどうしたいの?」

 私がそういうとチトセはしばらく考える。そしてゆっくり口を開いた。

 「だったら今度もし普通の生物で生まれてきたらまたあの人達と愉快に暮らしたい。邪神とか関係なくね」

 チトセはそう返答した。チトセはそういうとそのまま煙となって消えた。


 私は前に進む。すると霧の中からあてるさんが見えた。

 「アテルさん……」

 「ん? あぁ、チカか。一見ケミに見えたから見間違えたよ」

 アテルさんは安心した顔になる。

 「まぁ、ワシは見た通りだ。まさかこんなにも早くヤツが復活するとは思ってもいなかった。で、奮闘虚しく容易く討ち取られ、村も守れなかった。結局勇者とはなんだろうな。事実正当な勇者はケミだ。ワシは分家。宗家には敵わんよ」

 アテルさんは遠くを見る。

 アテルさんは村の人たちのために必死に戦った。だけど結局打ち取られ、守れなかった。だからもっとも後悔していておかしくない。

 「アテルさんはやっぱり後悔しているの?」

 「もちろんだ。もし願うことなら、彼らを守れる人となりたい」

 「だったらもし、理想の世界に行けるとしたら何がいいの?」

 「——いや、俺には理想はない。だがあるとするなら。みんなが笑ってくれる世界が良いな」

 アテルさんは即答した。

 「ん、もしかして叶えてくれるのか?」

 私は小さく頷いた。アテルさんはそれを見て満足そうに煙となった。


 「メイさんとタケルさんは良いの? 何もなくて」

 「何も……」

 メイさんは困った顔をする。

 「どうしてチトセを殺したのに泣いているの?」

 「それは本当の弟のように、そう思っていたから。義務とか関係なく。ただ純粋に」

  メイさんは泣き始めた。

 「だったら。新しい世界ではチトセとまた過ごさない? 私が保証する」

 私がそういうとメイさんとタケルさんは照れ始めた。

 「そうだな。もし、それができるのなら……」


 そのあと、私はみんなの言葉、思いを聞いた。

 みんな、邪神関係なくただ自分らしい生活を望んでいただけなんだ。常世関係なく、別の世界であればこんな悲劇が生まれなかったのかもしれない。

 もし、新しい世界が生まれるのであれば、私は盛大に手を叩く。

 そしてみんなの話を聞き終えると目の前に襖が現れた。開けると私は巨大な亀の甲羅の上に立っていた。

 『頂上までおいで』

 と、どこからか聞こえた。

 私はその声に従って頂上まで登った。

 頂上には長い槍が突き刺さっており、そこには一人の女性が立っていた。

 その女性は私に気がつくとニコリと笑った。

 「初めましてチカさん。よく来ましたね」

 「——この槍は?」

 「天の逆鉾。全てを作り直す矛です」

 「これを回すことで常世へ行けるんですか?」

 「はい。純粋な思いで矛をまわせば、あなたが望む世界となるでしょう」

 私はゆっくり矛を握って回した。

 私はただ願おう。今度こそ世界が平和で、みんなが馬鹿みたいに騒ぎ放題で、幸せな世界へ——。


 あれ? 私何してたっけ?

 目を開けるといつもの居間で私は寝ていた。そして目の前の台所ではケミお母さんが朝ごはんを作っていた。

 あれ〜おかしいな。何かしようとしてたはずなんだけどなー。

 「ん? あ、こらチカ。今日村長さんに呼ばれてたでしょ?」

 「村長さん?」

 そういうとお母さんは私の口におにぎりをねじ込む。

 「あっつ!!」

 「ほら早く行く! 村長さん怒らせたら怖いわよ」

 「分かった、行くってば!!」

 私は村長さんの家まで向かった。門の前まで来ると私は大きな声を上げた。

 「村長さんごめんくださーい! お邪魔しても良いですかー?」

 「邪魔するなら帰ってー」

 「はーい……。て、チトセさん!?」

 花壇に目をやるとチトセさんが半笑いで出て「決まったぜ」とドヤ顔で言い出した。

 「はぁ……。ここで何してるんですか。メイさんとタケルさんとなんかあったんですか?」

 「いや、二人今日仕事や学校で暇だから」

 「この無職タコやろう」


 チトセはまた今度〜と良いなガラどこかに飛び去っていった。

 すると大きな門はゆっくり開いた。

 「あ、アテルさん」

 「あー。来たかい」

 アテルさんはそう言って笑った。


 すると背後からなぜか誰か知らない人の笑い声と一緒に風が吹いた。



 「どうした?」

 「ううん。何も」

 「そうか、なら今日はちょっとした依頼をだな——」



 神と人が調和した世界。みんなの理想の世界。



 新生命体チトセは、時を超えて戦った。 

 


 

 


  

 

 


 

     


 

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新生命体チトセは時を超えて戦った 皐月 @satuk

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