第17話 邪神チトセ
————————暗い世界。
私、チカは確かあの時無数の手によって体が崩壊した。そこからは無限の彼方に彷徨い続けて何がなんだか分からない。が、記憶はしっかりと残っているようだ。
私が体を失ってからもう悠久の時は過ぎたのだろうか。
目は見えないしあげくに手足の感触もない。
そういえばケミは? アテルさんは? チトセは? マロは?
みんな、みんなは今どうしているの? 私の視点ではケミの最後しか見れていない。特にケミはあの後どうなったの?
私個人としてはケミのことなんてどうだって良い。どうだって良いはずなのにどうしてだか心がざわつく。これだけは不思議な感情だ。
あの社での出来事以来私はケミのことが大嫌いだったはずなのに今ではその憎しみも怒りも無い。チトセも……マロもこいつに斬られたはずなのにどうして? どうして許そうとしちゃうの?
『それは君が内心僕たちは殺されても良かったと思っていたからでしょ?』
近くからチトセと思わしき声が聞こえた。
違う、そんな筈はない。私は本当に心からあなたのことを信頼していたし、心から尊敬もしていた。それで殺すなんて私の頭おかしいじゃない。
『そんな君はタケヒコさんを殺したよね?』
違う! あの状況ではそうしないとダメだったじゃない!!
それにタケヒコさんは私たちと違って人間じゃない。人間じゃないの。そう人造人間よ。それなら殺しても問題ないでしょ?
彼らは人を殺すために創られた人間。こんな危険な存在は殺しても良いじゃない。
『人造人間も同じ生物だよ?』
分かってる。そんなこと分かってるわよ……。
『それに君も研究所で作られたよね?』
違う! 私は人間、私はチホお母さんの娘、チカなの!!
『愚かだね、タケヒコさんは殺しても良い対象なのに同じ研究所生まれの君は別? ふざけないでよ』
なら、あなたはどうやって生まれたの?
『培養器と神によってだね』
神なんて信じているあなたがおかしいんじゃないの。
『おかしい?』
えぇ。もし神に生み出されたのならこの世界をどうにかしてよ。救ってよ……。そうもしないのに何が神に生み出された? それすら出来てないのによくそんなこと言えるわよね。
『面白い……分かった。なら共に言いたいことを言い合おう』
すると周りが暗闇から一変して大草原に変わった。
手足の感覚はもうすでに戻っている。私は地面の上に立っている。
そして……。足下の水面に映る私はいつの間にかケミの姿に成長しており、右手にはケミが使っていた槍があった。そしてその槍は今までケミが持っていたのが手形の血痕が残っていた。
「これ……いつから持ってたの?」
すると追い風が吹く。
後ろを振り向くとチトセが意味深な表情で私を見つめていた。そのチトセの姿は変わらずあの時と同じタコに似た姿をしていた。
「成長したね。チカ」
「……そうね。どっかの誰かさんが私をよく分からない世界に誘ったお陰でね」
私はチトセに軽蔑のまなざしを送る。
ずっと私がいた世界がチトセのせいだったかは分からないけど、このチトセの表情から見て犯人はこいつに違いない。
「……ふふっ。ま、こうして二人きりになれたんだし、ちょっと話そうか」
そして私の目の前でチトセは宙に浮く。
「けど、どうやら君の目を見るに穏やかではなさそうだ」
「そうね。あの暗闇でお互い言い争ってたわけだし、穏やかでは無いのが普通でしょ?」
私は槍の先端をチトセに向ける。
「……本当に君は姿だけじゃなくケミと似ているね」
チトセは嘲笑うかのように言葉を吐く。
「……………」
「はははごめんごめん。確か君はケミが嫌いだったか。病室で寝ている時毎晩ケミの子守唄で寝て寝ぼけながらケミにしがみついていた君がね〜」
「うるさい!」
私はチトセの触手何本か斬り落とす。
チトセは間抜けな顔を私に見せる。
「それが何だっていうの? 別にケミのことなんてもう何とも思ってないし今はただお前をどう殺すかを考えるのに脳を使ってるしね」
「ふふふ……ははははははは!」
チトセは高笑いをする。
「良いねぇ。それ、嫌いじゃない……よ!」
するとチトセから半透明な赤い球体が出現しチトセを覆った。
これは……多分自分の身を守るものだろう。私の記憶ではケミの攻撃には耐えられなかったけど実際はどうなんだろ。
「どうしたの? 殺すんじゃないのか」
「絶対に殺す!」
私は試しにチトセの脳天目掛けて槍を突きつける。が、予想通り球体まで貫けず、その反動が私に伝わり後ろに吹き飛ばされ地面に尻もちをつく。
「ははっ。これすら貫けないのに僕を殺そうとは反吐が出るよ」
チトセはそんな私を見てあざ笑う。
「……!」
私は再びチトセ目掛けて突っ込む。
「無駄だよ」
そして再び吹き飛ばされる。
なるほど。このバリアはその力のまま逆の方向に跳ね返す。そして……。
「ほら、どうするよ。もう僕の番でも良いかな?」
「まだ……まだやれる」
「なら見せてご覧よ」
私はチトセに槍を向ける。
ほんの僅かだけどバリア攻撃した時一瞬ヒビが入った。
だったら連続で攻撃できる位置にいればその分バリアにダメージが入る。
私は槍をチトセに向けながら高く飛び上がりバリアを上から叩く。
そしてバリアはガラスにひびが入るかのような音を鳴らす。
「……また同じことを」
そして予想通り上に吹き飛ばされた。
「ぐっ……! よしっ、行けた!」
予想通りだ、チトセのバリアに攻撃した後そのまま同じ方向に飛ばされる。しかも同じ力で。
だったらそのまま――――――。
「また同じ方向にすぐ攻撃すればまたいける!!」
私はまた上から攻撃を仕掛けて、さらにバリアにひびを走らせ、上に飛ばされた。
「……っ!」
決まった!
が、流石のチトセも私の思惑に気づいたのかニヤリと笑う。
「もう一回!」
するとチトセは横に避けた。
「予想通り!」
私は再び飛び上がってチトセに再度同じ攻撃を仕掛けた。
「流石に同じ手は食らわないよ!」
「ふん!」
私はこちらに向かってきたチトセの触手を二本切り落とす。
あれ……そういえばチトセの攻撃って……何かあった?
私はチトセのちょっとだけだってけど旅をしている時どんな攻撃をしていたのかいまいち分からない。
次に瞬間私の胸に強う衝撃が突如加わり、骨が折れるおとが耳の内側から聞こえた。
「————!!」
待ってチトセの……後ろの触手!?
私は前に倒れこむ。えっとチトセの攻撃手段はバリアと触手とは感じていたけど……あんなに柔らかい触手が鉄以上に硬いなんて。
そんな私にチトセは楽しそうな笑みを見せた。
「……そんな目で見ないでよ」
「あ〜ごめんね。悪気はなかったんだ」
チトセは私の背中を触手で強く殴る。
「————!」
「けど、これはまだ序の口だよ。それにもうこの世界は終わりさ。僕、チトセ……そしてスグヨの名の下で常世計画は完遂する。あとは君を殺すだけなんだ」
「常世計画……?」
「そうさ。でも、君は何も知らないで良いよ。君の役割はもう殺されることなんだから。あとは頼んだよ、イザキシリーズ」
その時チトセの背後からケミが酷く怯えていた白い衣を着た大男とケミに似た女が現れた。その総数は十二人。四人が女で八人が男だ。
その十二人は槍、弓、剣の三種類を持っている。
チトセはそのイザキシリーズが来たのを確認すると私に触手を向け————。
「やれ」
そう冷酷な声で指示した。
「……!」
その指示を聞いたイザキシリーズと呼ばれた十二人が私に一斉に襲い掛かって来た。
私はその攻撃をかろうじてかわす。しかし、彼らの攻撃のせいでよそ見する間もない。
「————!」
肩に矢が刺さった……!
私は弓を構えるイザキの腕を切り落とす。が、その次にもう一人が矢を放ち、私の太ももに深く刺さった。
こんなんじゃ埒があかない。
私は剣の斬撃を槍で叩いて防ぎ、周りにいるイザキの横っ腹を槍で殴り飛ばす。
そして服を槍と矢がかすめる。
「やっぱり弓と槍を先に対処したほうが――けど」
私はイザキの槍を掴む。
「こんなに攻撃が激しいと攻勢に出る隙が無い……!」
そして私は掴んだ槍を引っ張ってイザキを前のめりにして胸を貫く。そして槍を抜くと血が噴水みたく噴き出て、私を真っ赤に染める。
「はぁーー!!」
続けて私は後ろにいる三体のイザキの上半身を同時に切り落とした。
「これで後は七人……は?」
その時腹から槍の先端が見えたと思ったら何かがと一緒に血が噴き出した。
「……な…んで?」
ぎこちなく後ろに振り返ると顔面を破壊したはずのイザキが私の背中に腕を突き刺していた。
じゃ…‥槍だと思っていたのは……イザキの手?
気づいた頃にはイザキは手を引っこ抜き、私はゆっくり地面に倒れる。
そして痛みに耐えながら体を起き上がらせて前を見ると倒したはずのイザキが全て何事もなかったかのように服はそのままだけど、失った箇所や傷は再生していた。
「い、一体…‥何者なのよ……」
「それは答える気なんて僕にはさらさらないよ」
「チトセ……!」
チトセはどこに隠れていたのか私の目の前に降りた。
「ま、君に言えることなんてないよ。あるとすれば全ては常世計画の為なんだよ」
「――――――」
「常世計画は全てを消してくれる。嫌なことも思い出も何もかも消してくれるんだ。そんないい計画なんてないでしょ」
「……何を馬鹿なことを」
私は維持で体を起き上がらせ、落ちた槍を拾う…‥。
そしてチトセに向ける。
「おや? これだけされたのにまだ動けるんだ」
「ふざけるなぁー!!」
「馬鹿なことを」
私が槍を突くと同時にチトセはバリアを張る。こんなもの!!
私は全体重をチトセに掛けて飛ばされるのを防ぐ。
「……ちっ、しつこいよ」
私は徐々に体重をかける。それから少ししてバリアから火花が散り、ひびも広がってる。
「いける、いける!!」
ついにバリアから出ている火花も量が増えてくる。そして徐々にチトセの顔が焦っているのかがわかる。
「はぁーー!!」
私はさらに全体重をバリアに掛ける。そしてついにバリアが破裂した。
いける……いける……!!
その時口に何かが入り、そして一直線に喉を突き破った。
「――――――」
口が痛い……? 何が……。
「あ、ごめんね。今のはやりすぎたよ」
「――――――」
もしかして私の口に入ってきたのは――――――。
「けど、もう君は死ぬんだし良いよね?」
チトセは残りの触手で私の手足を掴む。
「生命は自らの手で、自らが望む理想を達成するのが生命だ。常世計画はまさにその本筋に行っている。その本筋に行くための最後の大仕事なんだ。君を殺すことがね」
もう何が何だかわからない。何が理想、何が生命の宿命よ……そんなのいきなり言われてもわかる筈なんてないじゃない。
「君の思い描く理想は? この惑星個々の生命が持つ理想を。君が望む環境は殺戮か? 平和か? それともただ変わらない日常か……」
チトセは私の手足を引っ張る。
「それに君はあの村ではずっと星空を見ていたよね。もしかしてああいうおっとりとした環境が君の理想だったのかもね」
私の理想の世界……確かに私はのんびりとした環境を望んで…‥。
体の中から肉ちぎれる音が生々しく聞こえる。
そして痛みが強くなり、意識が飛びそう……。
「ねぇチカ。もう喋れないけどこれだけは言わせて」
「――――――!!」
肉が握れる音がもう爆音みたいに聞こえ、もう意識が持たない……!
「もし君が勾玉から出れて……覚醒出来たら僕を殺してね」
チトセがそう意味深な言葉を言ったとたん目の前が真っ暗になった。
————————。
—————。
———。
気が付くとまたあの時と同じ無の空間……。
それからどのぐらい時がたったのだろう。この空間から見えるものは暗闇だけ。聞こえる音が無いし、手と足の感覚はあっても不気味な感じだ。
その時地面で水の音が聞こえた。それから徐々にあたりは夕暮れ時に変わり、足元をよく見ると私は浅瀬の上に立っていたようだ。
「いや……それにしたってここはどこなの?」
私は辺りを散策する。
あるのは水面がオレンジ色に輝いているだけで何もない。一体ここはどこ?
てっ……。今更なんだけど口やお腹の傷、そして縦に引き裂かれたはずなのにどうしてだかその痕跡すらない。
これ私も化け物ってことで良いのかな?
私は両手でお腹を擦る……いや、両手?
そういえば何か手が軽い気が……あ。
「槍は!?」
私はつい声を上げてしまった。
いやいやいやどうすればいいのこれ。確かにあの槍はそもそもケミが使っていたもの。だから別になくしても良い気がするんだけど良いのかな?
『どうしたの?』
後ろから懐かしい声が聞こえる。
「その……ちょっと知り合いの槍を無くしちゃって……」
『そう……。その槍ってこれのこと?』
後ろの人――――――ケミは私が持っていたあの槍をこちらに持ってきた。
「あ、うん。それ。ありがと……えっと……ケミ?」
よく見るとあの懐かしい声の人はケミだった。
ケミはいつに増して嬉しそうな顔で私を見る。そして小さな声で。
『チカ……』と呼んだ。
あれ……体が勝手に……。
気づけば私はケミを抱きしめていた。
『あらあら……』
そしてケミは優しい手で私を撫でる。
「あ、ケミはどうしてここにいるの? 私が覚えてる限りケミの最後……知らないの。一体何がどうなったの?」
するとケミは
『そうね……多分貴女は死んだ辺りであれが起きからしょうがないわね』
「一体……何が?」
ケミはゆっくり息を吐く。
『チカも見たでしょ、あの無数の手を。あれこそが邪神チトセ。いえ、大邪神スグヨの本当の姿』
「あれが……チトセ?」
『信じられないと思うけど本当よ』
私はケミから離れる……。
「だったら……チトセが邪神なら彼は自分自身の存在をどうして消しに行くの?」
『……?』
「チトセが言ってたの。邪神を消すための……そして生命を理想郷に導く常世計画を。ケミも。チトセを殺すのは手違いみたいなことを言ってたよね。もしかしてだけど常世計画について知ってるの?」
『ふふっ』
するとケミは小さく笑う。
『えぇ。知っているわ。けど、私は騙されてたみたいだけどね。アテルさんも村の人たちも……。いえ、この計画に関わる全ての人が』
「騙されてたって……?」
『そのままの意味よ。その常世計画は最初からチトセが主導していた計画。いえ、正しくはスグヨが主導していた計画』
「そういえばさっきからスグヨとかチトセとか全く意味が分からないんだけど」
『チカ。驚かないで聞いて?』
「……?」
『あの時……人狼の村で話したチトセに対しての認識は……私の間違いだったの』
「チトセは邪神じゃないって……」
『えぇ……私も当初は邪神ではなくこの計画を実行する仲間だとけど、ゾハクが復活してあなたのあの小屋で避難させている時にチトセを見た。そう、ゾハクと一緒に村人を殺していた』
「そんな……」
『アテルさんはチトセに殺され……私は貴女を見届けた後背後からゾハクに……ね?』
「————!」
そんなはずがない……そんなはずがない……。チトセとマロがそんなことする筈なんて……!!
『信じて?』
「無理よ……。出来るはずがないよ!」
私はその場で座る。
もしチトセが本当に邪神であっても……殺せる筈なんてない……。だってチトセは、チトセはマロ以外で初めて私と対等に話してくれたんだもん。
殺すなんて到底できない……。
「それに私はもう殺されたのよ。そんなこと言って何になるの?」
『——————私の可愛いチカ』
「な、何よ……」
ケミは私のおでこにキスをする。
『こんな人殺しの母親でごめんね』
「母親?」
ケミはその後後ろに振り向き、遠くに向かって歩きだした。
「待って。母親ってどういうこと? 私のお母さんはチホお母さん。貴女がお母さんなんかじゃないわ」
『――――最後にここは私が首にかけていた勾玉の中。貴女があの手に殺される寸前に封印したの』
「だから急に――――」
『で、今私がいるのは残された私の霊力が偶像化している感じかな。ごめんねチカ。お母さん。最後の最後まで貴女に嫌われることしか出来なかった』
「――――――」
『今チカが持ってる槍。私のお母さんが使っていたもの。その槍は伝承では邪神を消し飛ばす神器』
「――――分かんないよ」
『……?』
「まとめるとこれで邪神を倒せ? 本当に意味が分からないよ。どういうことなのよ」
『――――――ならチカ』
「なに?」
『なら特別。この体がもつまであとわずかだけど……。せめて母親らしく……勇者らしい戦い方を教えてあげる』
「勇者らしい?」
こうして私はケミとの最後のじゃれ合いが行われた。
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