予約のないあなたには読ませられないモノ

ちびまるフォイ

1話以降は予約でいっぱいなんです…

「ねぇ君、カワイイねぇ~~。よかったら一緒に飲まない?」


髪をかきあげて悩殺ウインクで女性に声をかける。

これで落ちなかった女はいない。


「……予約してますか?」


女の反応はだいたいふたつにわけられる。

ナンパを毛嫌いしてゴミムシを見る目で無視するか、

カワイイと褒められて嬉しいのを噛み殺して追撃を待つか。


でもどちらのパターンでもなかった。


「よ、予約?」


「あなた、私に声をかけるという予約していないですよね。

 予約もないのに声をかけるなんて信じられない!」


「ナンパに予約って必要なの!?」


「通報します!」


「ちょ、ちょっと待ってって!」


慌てて止めようとしたが女性は止まらない。

あっという間に警察にダイヤルした。


「もしもし!? 警察ですか!?

 今、予約もなしに私に声をかけた男がいます!

 

 ……ええ、ええ。警察への通報予約、ですか?

 いえ……はい……はい……」


通報する女性の声は徐々にトーンダウンしていった。


「もしかして……警察への通報にも予約が必要なのか……?」


「今、警察に通報予約したわ! 明日にはここへ警察が駆けつけるわ!!」


女性が高らかに叫んだとき、俺は猛ダッシュで逃げた。


「こらーー! 逃げるなーー!! 女性の敵ーー!!」


ナンパを初めてこんなにも焦ったことはなかった。

汗だくになって公園で一息ついた。


「一体何だったんだ……」


息が整い始めると、公園に主婦の集団がやってきた。


「あの、なにか?」


「あなた、この公園に入る予約はしているのかしら!?」


「予約……?」


「予約もなしに公園に入るなんて!!

 きっと子供を連れ去ろうとする人よ!!」


主婦たちはどの家庭にもひとつはあるサスマタを構えて襲ってきた。

公園からは追い出され、あてもなくふらふらとさまよっていた。


「はぁ……散々走ったから喉乾いたなぁ……」


近くのファミレスに入ろうとすると看板にはデカデカと文字が出ていた。



【 当店は予約限定です 】



「げっ、ここもかよ……」


どの店も予約が必須で喉の乾きはピークに達していた。

人生の走馬灯の前に流れるマナー注意映像が流れ始めたときだった。


「あれは!? コンビニ!?」


砂漠のオアシスを見つけた旅人のようにコンビニへ向かって猛ダッシュ。

自動ドアをくぐった先は楽園だった。


「お客様、コンビニのご予約は?」


店員から絶望の一言を告げられた。


「予約は……していません」


「でしたらお引取りください」


「今、もう喉が乾いて死にそうなんですよ!

 たかだかペットボトル1本買ったってバチは当たらないでしょう!?」


「ここであなたの飛び込みを認めてしまったら、

 正規の方法でコンビニを予約している他のお客様に迷惑がかかるんです」


「なんで予約なんて必要なんだよ!」

「素性の知れない客を無警戒に入れるわけにいかないでしょう」


コンビニ店員は冷たくあしらう。

感情で反論すればするほど自分が嫌な客みたいになっていく。


「……うう、わかりました。予約します。それじゃ、一番近くで予約できる時間を教えて下さい」


「一番最近ですと……1年後ですね」


「1年後!? 1年後までここのコンビニは予約埋まってるのか!?」


「まあ予約だけ入れる人も多くいますしね」


「だったら俺ひとりが飲み物買うくらい問題ないじゃないか!!」


「そういう"自分だけなら大丈夫"という価値観で考えないでください」


「もういいよ!」


「あ、ちょっと! 結局、予約はしないんですか!?

 予約しなければいつまで経っても買えませんよ!」


「勝手に予約でもなんでもすればいいだろう!

 1年後に利用するつもりなんてない……な……うぐっ!!」


「お客様!?」


喉の乾きはすでにピークをとうに過ぎていた。

体に力が入らなくなり、乾いているはずの体には脂汗がにじみ出る。


「きゅ……救急車を……このままじゃ……死ぬ……」


「で、でも! 救急車の予約をしていません!」


「言ってる場合か!!」


店員は焦りながらも救急車を手配した。

たまたま救急車の予約が入っていなかったのが幸いだった。

救急車に担ぎ込まれると車はすぐに発進。


「頑張ってくださいね! あと10時間ですから!!」


「じゅ……十時間ってなんですか……?」


「向かう先の病院の予約が取れる時間です!

 病院にさえつけばいっぱつで治りますよ!」


「いいかげんに……し……ろ……」


怒りで頭に血が昇ったとき、意識がついに途切れてしまった。




しばらくして目を覚ます。

まだ自分は救急車の中にいた。


「いま、何時ですか? ずいぶん意識を失っていた気がします……」


「今は、午後6時ですよ。あなたは12時間ほど眠っていたんです」


「12時間……」


半日も意識を失っていたからなのか、妙に体が軽いことに気づいた。

あれだけ苦しめられていた喉の乾きも感じなくなっている。


救急隊員はニコリと笑った。


「我々は精一杯のことをさせていただきましたよ」


「ありがとうございます! 病院の予約取れなかったから

 ここで治療してくれたんですね! おかげですっかり治りました!!」


「あ、いえ。我々ではそこまでの治療行為はできませんよ。予約してませんし」


「へ……? それじゃ、なんでこんなにも体は軽くなってるんですか」


救急隊員は再び微笑んだ。




「天国も地獄も予約していなかったので断られちゃいましてね。

 でも精一杯のことはしましたよ。ちゃんと地獄の予約してきましたから」

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