テレポート

yoshitora yoshitora

第1話

   テレポート


 2020年、夏。杉山一家はキャンプに来ていた。

 東海一円の主要なキャンプ場にはほぼ足を運んだので、高速に乗って、北関東の山中にある、あまり知られていないマイナーなキャンプ場まで足を延ばした。

 途中、高速道路のパーキングエリアでの買い物などに、最初は元気のあった子供たちも、長距離の運転で疲れ果ててしまっていたようだったが、車が高山を登り行くにつれ、楽しみと緊張も高まってきたようで、また元気を取り戻してきた。

 杉山氏もこれまでにないような山の雰囲気、つまり周囲は本当に山で、人の生活の気配がないところまで足を延ばしてきたことで、やはり何らかの期待と緊張感を感じていたのであった。

 キャンプ場は山頂に近い湖のそばに建てられてあった。

 管理者はおらず、集金箱に利用料を入れて近くにある宿泊小屋を利用するか、テントを立てるかというシステムである。

 杉山一家は一軒の小屋を利用することにした。テントも持ってきてはいたが、風の強い日だったので、小屋の中で落ち着いて過ごした方がいいだろうという判断であった。

 小屋の中に荷物を置くと、外に出て湖の淵から世界を見渡した。

 これまでにない景色だった。というか、景色が日本らしくないのだ。日本といえば冬を除けば緑が目の中に飛び込んでくるのは緑豊かな自然だ。

 しかし、ここから見える景色には白が映える。まだ白樺が葉を落とす季節にはなっていないはずだが……。

 不可思議に思いながらも、杉山氏はこの景色を目で楽しんでいた。

 その時、後ろで車のモーター音が響いた。

 杉山一家のほか、このキャンプ場に来ていたたった一組の家族が片づけを終えて、走り去っていったのである。

 今、この世界にいるのは杉山一家だけだ。深呼吸をしながらそんなことを考えると、杉山氏は清々してきた。

 夜、ブリザードが吹き荒れた。

 あり得ることではない。異常気象というのではない。外は雪が叩き付けるように舞っている。

 北海道に住んだことがあるの経験がある杉山氏の妻からしても、こんなことはありえないというし、そもそも季節は夏であり、ここは北関東の山中なのだ。異常だ。

 麓に戻ろうにも、車が運転できる状況ではなかった。かといって、現在持って来ている防寒装備では役に立たない。一家は風が吹き抜ける、いや、雪さえその隙間から舞い込む小屋の中で、シュラフに身を包んで、さらに体を寄せ合い、眠ることもできずに必死にその一夜を越えようとした。

 下の子供が凍え死んだ。

 車は大雪の中に埋まっている。湖も凍っていた。

 大きな声で助けを呼んだ。声は向かいの山に反射してこちらに戻ってきた。

 家族の手足は凍傷で動かない。車を動かすことは不可能だ。この大雪の報を知った人々が助けに来てくれるのを待つしかない。

 食料は一日分しかなかった。すべて凍っているので、体の熱で解凍してから食べるほかなかった。

 夜、また嵐が来た。上の子をかばい、妻が死んだ。助けは来なかった。

 次の日、杉山氏は上の子をおぶり、下山を試みた。無謀なことはわかっていたが、他に術はなかった。

 翌年の春、異常気象で夏の間から嵐が吹き荒れたフィンランドから、不可思議な一報が伝えられた。

 山奥の湖のそばにあるキャンプ場で、日本人家族四名の遺体が見つかったというのだ。いずれも死因は凍死だという。

 日本人であるというのは、雪の中にうずもれていた車の型からすぐに判明できた。

 杉山一家の骨は日本に送られた。

 さて、とあるフリーライターが杉山一家失踪の謎を追った。

 そしてあのキャンプ場に足を運んだ。あの事件ののち、キャンプ場は閉鎖されていた。というか、もはやあの山の周囲に人が入り込むことはなくなっていた。

 フリーライターは極寒の地でも半年間持ちこたえられる重装備を携え、杉山一家が泊まったと思われる小屋で夜を明かした。

 特になんだということはなかった。ただ、やはりその季節としては考えられないほどの寒さにはなった。

 フリーライターは、もしこれで自分が北国に移動をしてしまったとしても、この冬を越えて生き延びればヒーローになれる、と強い動悸を押さえながら、小屋の中に広げたテントの中で、寝袋にくるまっていた。

 翌日、フリーライターはとてつもない暑さによって目覚め、異常を感じて小屋の外に出た。

 真っ赤な砂漠が広がっていた。空は灰色だった。

 向こうの方に、とてつもなく大きな岩山が見えた。

 どんな植物も目には止まらなかった。砂と岩だけの世界。

 彼は火星にやってきてしまったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テレポート yoshitora yoshitora @yoshitora_yoshitora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ