第1章 開幕の記憶
——やっぱり、私が接待なんて無理な話だったんだ。怒鳴り散らした客が拍子に溢したお茶を拭きながらため息を漏らす。客は怒るし、同僚は役に立たない。オマケにトップはトリックスターなのだから笑いたくても笑えない。
「さっさと起きろ。」
そんな環境にいる私自身に腹を立てながら同僚を叩き起こす。仕事中に寝るなんていい度胸だ、なんて言ってやろうかと思ったけど私が言えた口じゃないから黙っておいた。
「ん〜」
叩かれた数秒後に、体を伸ばしながらだらしない声を上げるこの男。余程幸せな夢を見ていたのだろう。そう思うと余計に腹立たしくなってきた。
「おはよう。」
「あぁ、いい夢は見れたか?涅色。」
涅色蓮。私の同僚にしてビジネスパートナー。聞こえは良いが、実情は最悪だ。こいつはまさしく「器用貧乏」にふさわしい。仕事はそれなりの癖に、いざという時に役に立たない。さっきの客との騒動で起きないなんて、私の事なんて本当にどうでも良いのだろう。
「うん。とても良い夢を見た。また君の夢を見たんだ。」
「はっ。そいつは良い夢だったな。」
皮肉を交えて、適当に返す。こいつは私が好きなのか嫌いなのかよく分からない。
「そう言えば今日来るお客さんは?」
「カンカンになって帰って行ったよ。寝ていたお前の代わりに私が接待したからな。」
「だろうね。白が相手したなら8割は帰るだろうさ。」
...こいつやっぱり私の事が嫌いだろう。なんだってこいつは嫌味なくなんでも口に出来るんだ。私はそう言う所が一番嫌いだ。
「ところで、所長は?」
蓮は再び体を伸ばしながら聞いてきた。
「ナイアか?あいつは用事だってさ。午前中には戻ってくるって言っていたからそろそろ——」
言いかけたところでガランガラン、と事務所の扉のベルが鳴った。どうやら私達のトップが帰ってきたらしい。面倒くさいが一応あれでもトップなんだ。お茶くらい入れてやるか。
「今帰ったよ!あと依頼を持ってきたんだ〜!」
「くたばれ。」
沸かしておいたお湯が溜まりに溜まった鬱憤と共にぶち撒けられる。熱さに叫び悶え苦しむトップとケラケラと笑う同僚。そして『少しだけ異常』な私。そんな私達を悪魔が祝福するかのように憂鬱な今日が幕を開けた。
雛芥子の記憶 猫月見。 @nekotukimi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。雛芥子の記憶の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます