エピローグ


 うだるように暑い夏がなりを潜め、柔らかな日差しに涼し気な風が交わる、九月某日――


 俺……、『桝田 大介』は、汗ばむ首筋をパタパタと手で煽りながら、新緑の木々に囲まれ、目を瞑ったまま掌を合わせているコウメの背中を、ボー―ッと眺めていた。


 「……まさか、墓参りに来たことがなければ、葬式にすら出てなかったとはな、道理で顔に覚えが無かったワケだぜ――」


 浩介の墓石の目の前で、いつになく神妙な雰囲気を漂わせているコウメが、ポツンと、こぼす様に言葉を放る。


 「遅くなってごめんね、浩介……、ようやく、来られるように、なったから――」


 コウメが静かにまぶたを開き、ゆったりとした所作で腕を降ろす。浩介の墓石をジッと見つめながら、語り掛けるように、言葉をつむぐ。


 「コレで……、本当に、お別れ。……もう、声が聴こえることも、ないと思う――」

 「――はっ?」

 「――ううん、なんでもない!」


 よく分からないコウメの台詞に、俺は口をポカンと開いていた。コウメはくるっと振り返ると、ニッコリ笑って、晴天の空へと、目を向ける――



 ――『ムゲン・ライド』リリースから、一か月が経った。

 満を持してこの世に送り出した、俺たちの、社運を懸けたオリジナルタイトル――


 単刀直入に言うと、その結果は、『そこそこ』だった。


 斬新なゲームシステムがSNS上でバズり、リリース直後こそ、サーバー落ちするくらいのアクセス数がなだれこんできたものの、ややコアゲーマー向けに設計された操作難度に、半分くらいのプレイヤーが三日も絶たずに離脱してしまった。

 ――とはいえ、歯ごたえのあるアクションが一部のゲーマーに熱狂的に受け、なんとか開発費を回収できるくらいの売り上げを確保することができた。沈没寸前でギリギリ体勢を立て直した泥船を本格的に修繕すべく、魔王……、じゃなかった、社長は新規案件の獲得へと連日奔走している。

 不具合対応やら、ゲームバランスのチューニングやら――、リリース後のドタバタがなんとか落ち着き、俺とコウメは一週間の有給休暇をようやく取得することができた。休みの間にどの積みゲーから消化してやろうと、ニヤニヤが笑いの止まらない俺に向かって、「浩介のお墓参りに行きたい」と言い出したのはコウメだった。



 夏の残り香がそよ風に運ばれ、

 俺の鼻頭をくすぐるように撫でる。



 「天国で、プレイしてくれてるといいなぁ、浩介――」

 「――マッチング相手のユーザー名に、『浩介@天国』とか出てきたら、笑っちゃうねっ!」


 思わずこぼれ出た俺のこそばゆい発言を笑う事もせず、むしろ軽口で乗っかってきたコウメの表情は、出会った時よりもなんだか大人びて見えた。


 「……ようやく、アイツとの約束を果たすことができたんだ。……世界一、面白いゲーム――」

 「――なに、言ってるの?」


 感慨深げに言葉を漏らした俺の眼下、イタズラを思いついた小学生のような表情で、コウメがひょいっと俺の顔を覗き込む。俺が思わず「えっ」と漏らすと、無邪気なコウメが、踊る様に笑った。


 「――まだまだ、コレから、でしょ? ……『ムゲン・ライド』よりも、もっと、もーっと面白いゲーム、いっぱい作らなきゃ……、隠れ家は、たくさんあったほうが、楽しいもんねっ」



 うだるように暑い夏がなりを潜め、柔らかな日差しに涼し気な風が交わる。

 ざわざわと、大冒険を予感させるようにそよぐ夏風が、黒髪のおかっぱを、フワリと揺らす。

 グッと目に力を込め、ニヤッと口角を上げた俺は、目の前で笑う『ゲームバカ』の瞳をジッと見つめながら――



 世界に向かって、声をぶん投げる。



 「――言う様に、なったじゃねぇか、……っよーし、今から会社戻って、次の企画考えるぞっ!」







-fin-







さんきゅー、ふぉー、ぷれいんぐっ!

でぃれくてぃっど、ばい『おとの』――




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【長編】レベル上げが必要なのは、ゲームの世界だけでたくさんだ ―柏木小梅がリセットボタンを押す前に― 音乃色助 @nakamuraya

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