S級バグ vs ミラクルアイディア④


 ――キィッ、と室外喫煙所の扉を開けて、オフィスの外に出ると、いつもは見慣れぬ珍しい後ろ姿に、私……、テッさんこと、『手塚てづか 宗一郎そういちろう』は、「おや……」と思わず声を漏らした。


 「……あれ、シゲちゃんじゃない……、珍しいね、タバコ、辞めたんじゃなかったっけ?」


 背中越しに、白い煙がゆらゆらと立ち上っている。

 まっ黒いビジネススーツがくるっとこっちに向き直り、シワを八本くらい眉間に寄せた仰々しい顔がお目見えされる。


 「……あ、テッさん……。いやね、来たはいいものの、どんな顔で中に入っていいか、わかんなくなっちゃって――」

 

 シゲちゃん――、『堀之内ほりのうち しげる』……、現場の皆からは『魔王』という異名で愛されている、『アソビ・レボリューション』の代表取締役社長が、照れたような、困ったような笑顔を浮かべて、ポリポリと頭を掻いていた。


 「なにそれ、フツウに入っていけばいいじゃない……、皆、喜ぶよ?」


 「……どうですかね、俺なんか入っていっても、皆、委縮いしゅくするだけな気がしてきて――」


 「ハハッ、……それは、そうかもね。……シゲちゃんらしいや――」


 私は、シゲちゃんの隣に並ぶように手すりにもたれかかった。ユラユラユラユラ、二本の白い煙が、仲睦なかむつまじく深淵の空へと溶けてゆく。


 「――懐かしいんじゃない? ちょうど……、『ドラ・ファン』の二作目をリリースする直前も、こんな感じだったよね? ……皆で、会社に泊まり込んでさ――」


 「……そう、でしたっけ……、あんまり、覚えてないです」


 「……思い出したくない、思い出なのかい?」


 私は、隣で手すりにもたれかかってるシゲちゃんの顔を、さりげなく横目で覗き込んでみた。シゲちゃんは、フッと自嘲気味に笑って、目を細めながら、短くなったタバコをそっと口元に運んだ。


 「……そういう、わけでもないですけど……、まぁ、若かったな、とは思います……」


 「……あん時は、みんなびっくりしてたね……、シゲちゃん、リリース直前で上司にタンカ切って、ディレクターだったのに更迭されちゃって……、殆どシゲちゃんが作ったゲームなのに、スタッフロールにも載せてもらえなくて、かわいそうだったなぁ――」


 「……いいんですよ、悪いのは俺だし、むしろ、みんなに迷惑かけたから――」


 シゲちゃんがスッと手すりから手を離して、タバコを吸い殻入れにポイッと投げ捨てた。煌々こうこうと光る執務室の光に目をやりながら、鋭い目つきで、何かを考えこんでいるように見える。


 「――大ちゃんさ、シゲちゃんに似てるよね……、なんか、さ」


 「――大介が俺に……? やめてくださいよ、あんな『バカ』と一緒にするの……」


 「いや、だからだよ……、二人とも、同じくらい『バカ』だからさ……、なんか、助けたくなっちゃうんだよね」


 「……それ、誉めてますか?」


 「もちろん、RPGでも、いい仲間を連れて行かないと、魔王を倒せないでしょ? ……あ、今は、シゲちゃんが魔王なんだっけ――」


 頬にシワをいっぱい寄せて、くしゃっと笑う私を眺めながら、シゲちゃんがフッと、照れたように笑い返す。私はすっかり短くなったタバコを吸い殻入れに投げ入れ、ふと、夏の景色に耳を傾けてみた。

 リンリンと響く虫の音と、静かにそよぐ夏風が、最前線を若人に託した我ら老兵を慈しむように、「お疲れ様」の唄を奏でてくれていた。





 ゾンビゲームのオープニングステージ……、燃え盛る街に転がる幾多の死体のように――

 わが社『アソビ・レボリューション』の執務室の床には、睡魔に負けた戦士たちの墓標がうぞうぞと立ち並んでいた。ブラインドの隙間から、太陽の日差しがこぼれるように差し込んでいるが、我ら『ムゲン・ライド』開発チームの面々は、朝が来たことに気づいていない。


 俺……、『桝田 大介』は、満身創痍まんしんそういの身体で、ソファにごろんと寝っ転がって、検証端末をポチポチ触っていた。


 「……どうだ、大介、平気そうか?」


 同じく満身創痍の様子で、ロッキングチェアの背もたれに全身を預け切って天井を見つめる軍司さんが、ボソッと、声を放る。


 「……大丈夫っスね、バグ、起きなくなりました……、っていうか、『起きるワケない』んですけどね――」


 「――まぁ、ライド中はMENUボタン自体押せなくしたからな……、ったく、こんな簡単な解決方法、なんですぐに思いつかなかったんだろうな」


 「ハハッ……、ホントっすね……、テッさんが昔、『大きな問題だと思っても、意外とちょっとした調整でなんとかなっちゃうもんだよ』って言ってたんですけど、まさに、その通りで――」


 「――何でもお見通しってか、つくづく喰えないじいさんだぜ……」


 ヘラっと笑う軍司さんに釣られて、俺の口から思わず笑みがこぼれた。静寂の執務室の中で、俺たちの低く気味の悪い笑い声だけが響く。



 「……不思議なヤツだよな、アイツ――」

 「――へっ?」


 急に、妙な台詞を吐きだした軍司さんの言葉に、俺は思わずマヌケな声を漏らす。検証端末をポイッとソファに投げ捨て、軍司さんの視線の先を見てみると、自席で、腕を枕にスヤスヤ寝入っているコウメの、子供みたいな寝顔が俺の目に入った。


 「……普段はおどおど、覇気がないくせに……、ここぞってとこは譲らず、絶対に自分の主張を曲げねー」


 「いや……、単純にガキなだけじゃないっスか……? アイツ、プランナーとしての嗅覚は鋭いですけど、社会人としては、まだまだで――」


 「……まぁ、そうかもしれないけど、あそこまでド直球だと、なんかこっちも、『だったらやってやるよ』って、変に負けん気が出てくるんだよなぁ……。それに――」


 軍司さんの視線が移り、チラッと、目の端で俺の顔を捉える。


 「――お前、変わったよ、『大介』……、アイツが来てからさ」


 「……えっ?」


 軍司さんは「いや……」と口ごもりながら、言葉を探す様にあさっての方向に目をやって、ポリポリと頬を掻いている。


 「どっちかっていうと、ガンコで手が付けられなかったのはお前だったんだよ……。昔のお前は、スタンドプレーに走って、周りを振り回す事が多かったけど、今回の案件に関していえば、暴れるコウメにうまく乗りこなしてる感じがしたな、……たまに振り落とされてたけど」


 神妙な顔で軍司さんがそんなことを言うもんだから、茶化すに茶化せなくなった俺は、フッと自嘲気味に笑いながら、静寂の執務室に声を放った。


 「……へっ、俺も大人になったって解釈でいいんですかね、その『お誉めのお言葉』――」


 「……まぁな、ブチ切れて、殴られるよりはマシだっつーの……」


 「……その件に関しては、メモリーカードからセーブデータ消しといてくださいよ」


 俺がヘラッと笑うと、軍司さんも釣られるようにニヤニヤと恥ずかしそうな笑顔を見せた。ブラインドからこぼれる太陽の光を縫って、俺たちの低く気味の悪い笑い声だけが、静寂の執務室の中に、響く――



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