大人って、苦い?

「ね、それ美味しいの?」

ななみはテーブルの向こうから、真っすぐの目で俺を見つめていた。

俺は無理やりブラックコーヒーをすすりながら、満足そうな笑顔を見せた。

「美味しいよ」

「そうかな?」

きっとその鋭い目が見抜いたのだろうけど、ななみは何も言わないままで山ほどの砂糖をコーヒーに入れた。

「二十歳になってまだそんなにいっぱい砂糖を入れて。変わらないよね、ななみは」

「いややや、分からないなー、大人っていうのは」

同い年なのにいつも弟扱いだ。本当に凹むから、辞めてくれない? 

コーヒーをテーブルに置いて、ななみは続けた。

「大人っていうのはね、何で苦くなければいけないの?」

「そいうもんだろう? 人生には辛いこともあるから、コーヒーの苦さに馴染めば、人生の辛さにも馴染む」

「えー、ちゃんと考えたわね」

おい、何でそんなにびっくりした?

ななみはゆっくりと唇をカップに触れて、美味しそうにコーヒーを飲んだ。

生まれ変わたら、あのカップになりたい。

「でもね、あたしは違うと思うの」

「ん?」

「簡単だよ、苦いものには甘さが必要なんだ。人生には甘さがあれば、苦さに馴染めなくても済む」

ななみはドヤ顔を見せた。

「じゃ、さ。なんで大人はいつもコーヒーや酒を飲んで、たばこを吸って……苦いものばっかじゃないか?」

ななみは深く頷いた。

「そうだよね。きっと、あたしたちと同じく、まだ大人ごっこしているんだ」

「大人ごっくって?」

「うん、大人になれなきゃって思い込んで、そのフリをしているだけ。本当の大人になるにはね、周りの目を気にせずに、好きなだけ甘いものを食べて、甘い思い出を作って、そしてそれを苦い毎日に合わせることが大事だと思うの。どう? あたしって実は天才じゃない?」

俺は何も言えなかった。思い浮かべることは一つしかなかった。手を伸ばしてななみのコーヒーを盗んだ。

「ね、あたしのコーヒー返して!」

でも、俺は無視して、一口だけ飲んでみた。

「うん、甘い」

「まあ、砂糖いっぱい入れたし」

「いや、コーヒーのことではなくて、ななみのことだよ」

「え?」

「何かね、その甘さがあれば、俺も大人になれる気がする」

そして、その甘いコーヒーを一気に飲んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕は猫ではない (短編集) ライアン・ブリス @ryandb1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る