僕は猫ではない (短編集)

ライアン・ブリス

僕は猫ではない

     

 僕は家出ではない、捨てられたんだ。確かに自ら逃げたのだが、生まれた日から捨てられた感じもする。だから、僕は家出ではない。そう思いながら、リュックから100円弁当を取り出した。腹が減って仕方がなく、ご飯を一粒も残さずに全部食べちまった。

 「朝ごはんはどうしようかな」

 と、悩みながら、ベンチに寝転がった。目を閉じるとそのベンチがベッドとなり、なんとなく柔らかく感じた。ずっと、想像力だけには自信があった。

その時、意外な客さんが訪ねて来た。

 「にゃあ」

 猫だった。

 「君も捨てられたのか?」

 「にゃあ」

 「ご飯なら、もうないんだよ。僕の分も」

 そう言い残すと、僕は再び目を閉じた。

 「君は捨て人間にゃのか?」

 「誰?」

 身を起こして、周りを見たけど、誰もいなかった。

 「寂しくにゃい?」

 僕の目の前で、猫が喋った。

 想像力には自信があったが、ついに幻覚が見えるようになったのか?

 「寂しくないよ。一人の方が楽だ」

 ここで驚いたら、なんか負ける気がしたから冷静に返事した。

 「そうかにゃ? 私は猫だから、難しいこと分からない」

 「そうだよな。猫だから、分かるはずもないな」

 「でも、何で外に寝ている? 人間には温かい家があるにゃ」

 「暖かくなんかないよ、僕の家は。だから逃げた」

 猫は不思議そうな顔で僕を見つめていた、「それで?」と言わんばかりに。

 僕はため息をした。

 「親父はね、いつも酒臭いんだよ。無職で、食っちゃ寝だけの生活をしている。あいつ、嫌いだよ」

 「猫も大体そうだけど、私、嫌い?」

 「いや、これは違う、人間だし」

 「そうかにゃ? 私は猫だから、難しいこと分からない」

 「そうだよな。猫だから、分かるはずもないな」

 猫はベンチに上がって、僕の隣に座った。

 「君のお母さんは?」

 何だよ、この猫? 人生相談のつもりか?

 「母さんもだめだ。いつも浮気して変なおじさんと遊んでいる。家には滅多に帰らない。そんな母さん、要らないよ」

 「浮気って何?」

 猫は首を傾げた。

 「いや、分からなくてもいい。とにかく、酷い母さんだ」

 「そうかにゃ? 私は猫だから、難しいこと分からない」

 「そうだよな。猫だから」

 「でも、お父さんとお母さんがだめにゃら、兄弟は?」

しつこいな、この猫。

 「お姉さんがいるけど、最近、あまりにも冷たくてさ、同じ家で住んでいるけど、それだけの関係だ。昔はあんなに仲良くやったのに。正直、ちょっと辛いよね」

 「お姉さん、好き?」

 「ん、好きだけど、今のお姉さんが嫌いかな?」

 「そうかにゃ? 私は猫だから……」

 「難しいこと分からないよね。猫だから、仕方ない」

 しばらくの間、猫は何も言わなかった。本来ならば、猫が喋ったら、その方がおかしいだろうけど、その沈黙に僕は不安を感じた。

 「私は生まれた時から病弱だったから、家族に捨てられた」

 猫は僕の膝で頭を乗せた。

 「でもね、私は家族が好きよ」

 「捨てられたのに?」

 猫の誘いに、僕はそっと頭を撫でた。

 「うん。お母さんのミルクの味は優しかった。お父さんが狩ったネズミは美味しかった。兄弟との遊びも楽しかった。私はちゃんと覚えている。だから、家族が好き」

 「僕には分からないな。捨てられたのに、家族が好き?」

 「そうだにゃ。分かるはずもないにゃ。人間だから、仕方がない」

 猫は欠伸をして、目を閉じた。それからは何も言わず、僕の膝の上で心地よく眠りについた。



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