解答編

「さあ会長!なぜ投げられたペットボトルから中身が零れなかったか、分かりましたか?」


 体育館とは打って変わってクーラーのフル稼働する生徒会室で、僕は意気揚々と告げた。この部屋にはいつものように、僕と会長しかいない。長い黒髪に白い肌の整ったルックスで、薄幸の美人を思わせるものの、


「少なくとも君よりはね」


 口を開けば皮肉を言う人だ。そんな彼女の明晰な頭脳に僕は今挑戦しようとしていた。


「お言葉ですが、僕は完璧にこの謎を解き明かしました」

「それは面白い。是非披露してくれ」


 お望みとあらば!と、僕はめいいっぱいのタメを作る。

 そして、衝撃の真実を突きつけた!


「部長が投げたとき、やはりペットボトルは空だったんです。しかし体育館のエントランスには冷水器があった。つまり、後輩さんがペットボトルに水を汲んだんですよ!だから部長はボトルの水を飲むことができた」

「ふーん」


 あれ?反応が薄い。会長はたまげ転げて僕を賞賛するはずだったのに。彼女は僕をみることすらなく、スマホゲームを起動しながら、あっさりと告げる。


「残念ながらそれは間違いだ」


 僕は額を抑える。一体僕の論理の何処に欠陥があったんだ。会長は僕の狼狽にたっぷり時間を与えてから続ける。


「もし彼女がペットボトルに水を淹れにいったなら、そのペットボトルは日陰に置くべきだったと思わないかい?」

「……そうか。後輩さんが立っていた場所は西日が差していてとくに暑かった。彼女は帰ってきたとき自分は日陰に移ったのに、ボトルは日向に置いて行った!」

「それに、君は仮にも生徒会の監査役としてバレー部へ行ったんだろう。その君の前で後輩をパシるような真似、部長の立場ならしないさ」

「じゃあ彼女はどうしてエントランスの方へ」

「お花を摘みにでもいったんだろう」


 言われてみれば、一番妥当な理由だった。空のボトルを捨てて新しいドリンクを買った可能性も考えたけれど、やはり同様の論理で否定されそうだ。それに、今度は部長が空のボトルを投げた意味が説明できない。彼女はステージ前にいて、空のボトルはそこに置いてもよかったからだ。

 僕は自分の推理を粉々にされて二の口が告げない。


「さて、では不束ながら私の考えを話させてもらおうか。もっとも、私は君ほどの頭脳がないから、控えめに『推測』とさせてもらうよ」


会長は肘をついて細い指を絡ませる。その瞳は言葉とは裏腹に自信に満ち溢れていた。


「私の考えはシンプルだ。そのペットボトルは凍っていた」

「ああっ!」


 スポドリを凍らせて持参する運動部は多い。あの時部長が溶けたスポドリを飲み干して、ボトルの中に氷しか残っていなかったなら、当然中身は零れなかっただろう。


「普通のスポドリなら日向は悪環境だ。しかし凍ったスポドリを溶かすには絶好だと部長は考えた。だから日向にいた後輩くんにペットボトルを投げたんだよ。後輩くんも受け取った時その意図に気づいたから、ボトルを足元に置いて放置した。そして彼女たちの思惑通り、中身は液体へ戻ったわけだ」


会長は組んでいた指を解いて、手の平を見せる。推理は終わりだという合図だ。


「さて、何か言うことはあるかな?」

「参りました」


僕が頭を下げると、会長は満足げに頷く。


「よろしい。とはいえ、今日はご苦労だった。君の働きにはいつも感謝しているよ」


 そう笑って会長が投げたのはペットボトルだった。いきなりのことで反応が遅れたけれど、僕はどうにかキャッチする。500mlのサイダーだ。勿論、未開封品である。


「私からの労いだ。遠慮せず飲んでくれたまえ」

「会長……!」


 いつもクソみたいな扱いだから、僕は会長の優しさに心底感動した。巧みな飴と鞭戦略だとは分かっているけれど、嬉しいものは素直に嬉しい。

 僕は1礼して、栓を開ける。サイダー特有の清涼感溢れる音がして、


 大量の炭酸水が、勢いよく噴き出して僕を襲った。


「はははっ。蓋があるからと油断しているからだ。炭酸を投げればそうなるだろうに!」


 会長の嘲笑が生徒会室に響く。僕は屈辱に耐えながら、ベトベトになった顔面と床をどう清掃するべきかと、考えを巡らせるのだった。



(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空飛ぶスポーツドリンク むち @mitilate

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ