たぶん、俺たちは


土曜の午後。あと数時間も経てば夕日の空に変わる。


保阪が「今日はありがとう」と相も変わらずな笑みを浮かべた。それから「これ」とA4の十数枚の紙を俺に差し出す。ふたつ折にされた表紙にさきほど保阪が描いた絵がいる。


俺は、表紙の描かれた紙だけ抜き取ると、それ以外のガラクタを突っ返した。


「俺はもう小説は書かない」


それだけで意図は伝わった。「そっか」と言いながら保阪は、残りの紙を大切そうに受け取った。


止まっていた時間がようやく進みだす。


「じゃあ、またどこかで」「おう、またどっかでな」


片手をあげた保阪が、俺の返事きいて満足げに踵を返す。その後ろ姿をじっと見つめる。ノートの片隅に書き留めなくても覚えていられるように、じっと。



『種があると信じて水をやるのも、ないと思ってそこに家を建てるのも、あるかないか掘り起こすのも、ぜんぶ、自由だ――ただ、誰かが種のためにくれた水を忘れちゃあいけない』


ふたりであの日、種を埋めた。俺の種は芽が出なかった。保阪の種は咲いて、そして、もうすぐ枯れるらしい。


もう、保阪と会うことはないだろう、たぶん。


俺も歩きだす。ビルの間をすり抜けてやってきた風は生温い。どこからかカレーの匂いがする。家庭的ではない、スパイスのきいた客集めがうまそうな匂いのほう。


保阪の後ろ姿を思い出そうとして、頭に浮かびあがったのは、へらりと笑う顔だった。これが、凡才の限界で、友だちの証だ。


咲かずの凡才と朽ちる天才



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

咲かずの凡才と朽ちる天才 灰芭まれ @tsubame_U

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る