神を狩りし者
藍川ユイ(藍川結以)
第1話 神を狩りし者
ふと、空を見上げた。
厚い雲が覆い被さり今にも雨が降り出しそうだった。
視線を戻すと目の前にあるのは朽ちかけた教会。その壁には蔦が這い、窓は割れ、辺りには雑草が生えている。ここ最近手入れがされた様子はない。街から外れた場所にあるひっそりと佇むその教会を訪れる者はもういない。役目を終えたのだ。
「終わったんだね」
少しだけ胸をつく感傷に浸りそうになったとき、隣から少女の声が聞こえて少年は我に返った。
「そうだな。全部、終わったんだ」
かつてこの世界の『神』だったもの。この世界の全てだったもの。誰もが信じて疑わなかったもの。
そしてーー自分達が壊したもの。
ひとつ大きく息を吸う。
それが本当に正解だったのかなんて分からない。とんでもない間違いを犯してしまったのかもしれない。何度も何度も自問自答して、けれど結局答えは出なかった。きっとこれからも答えは出ないのだろう。
震えそうになる少年の手を少女が握った。
「大丈夫だよ」
その言葉に何の根拠もないことは分かっていた。それでも彼女の言葉に迷いはなかった。
敵わないな、と思って少年は薄く微笑んだ。
「私達の世界に神様なんて、いなかったんだから」
少女は真っ直ぐに教会を見つめていた。かつて神に一番近づいた少女はほんの少し寂しそうに見えた。
柔らかい風が二人の間を吹き抜けていく。出会った頃より短くなった彼女の髪が風をはらんでふわりと膨らんだ。
微かにすうっと息を吸う音が聞こえた。
「行こっか」
「いいのか?」
「うん。もう大丈夫。もう、私がいるべきなのはここじゃない」
「……そうか」
少女はそう言って元来た道へと戻っていく。
その後ろ姿を少し追ってから少年はもう一度かつての教会を見上げた。
威厳を保つための荘厳な建物。その虚構の塊を。
もし、どこかに本当の神がいるのなら。どうか自分達の犯した罪を許してほしい。許されないのであれば、せめて彼女がただ普通に暮らせる世界を。
そこまで考えて少年はひとりで笑った。まだ神なんて信じるのかと。
けれど。
もしいてくれるのなら少しは救われるのかもしれない。
「行くよー!」
明るい声に誘われて前を向く。もう二度と来ないと思っていたけれど、来てよかった。
これからどうしていけばいいのかなんて分からないけれど、ひとつだけ確かなことがあった。
そこにはもう何もいなかった。
神を狩りし者 藍川ユイ(藍川結以) @aikawa_yui
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