第6話:絵空事

「ウッキーーー!? ロックを師匠の後継者として、指名するってどういことなんです!?」


「言葉通りだわい……。わしゃはもう45歳。そろそろ、拳聖の名を継ぐ者を育てるために集中すべき歳になったんだわい」


「ウ、ウキ……。い、いや。そういうことじゃなくて、なんでロックなんですか!? 候補なら他にもいるでしょうがっ!」


 拳聖:キョーコ=モトカードに噛みついたのは、コタロー=サルガミであった。師匠が後継者を指名するのは構わない。だが、その相手が何故、ロック=イートなのかと。そこが問題だと彼は主張する。だが、キョーコ=モトカードの眼光が鋭く、コタロー=サルガミに突き刺さる。彼女に強く睨みつけられたことで、コタロー=サルガミはたじたじとなってしまうが、それでも姿勢を正し、師匠を問い詰める。キョーコ=モトカードはさぞ面倒くさいといった感じであぐらをかいたまま、頭をぼりぼりと右手で掻く。


「では、逆に聞くが、コタロー。おぬしは誰がわしゃの後継者としてふさわしいと思っているんだわい?」


「うっ……」


 キョーコ=モトカードは核心をずばりと突いた問いかけで返す。こう問われては、コタロー=サルガミとしては返事を非常にしづらい。こんな問いかけをされて、なお自分で自分を指名しろとは言えるわけがない。コタロー=サルガミは喉から声を出そうとするが、ついぞ、言いたいことは言えずじまいであった。


「では、異論も無いということで、わしゃの後継者はロック=イート。これで問題ないな?」


「ちょっと待ってください。異論こそは無いモノの、何故、ロックなのかを教えてください。そこははっきりさせておくべきだと思います。上意下達だけで済む話ではないと思いますが?」


 サラ=ローランは異論は無いと主張しつつも、師匠がロック=イートを選んだ理由を述べよと、そう質問したのである。拳聖の3大高弟であるコタロー=サルガミ、サラ=ローラン、ロック=イートの3人が承知すれば、済む話ではない。これはタイガー・ホール全体の問題だと、話を大きくさせたのだ。サラ=ローランとしては、これをコタロー=サルガミに言ってほしかった。だが、コタロー=サルガミはキョーコ=モトカードに威圧されて、すっかり委縮してしまっている。


 タイガー・ホールの序列は、トップに拳聖:キョーコ=モトカードが君臨する。そして、師範代として、蹴り技のコタロー=サルガミ。投げ技のサラ=ローラン。そして、素手による打撃技のロック=イートの3名だ。そして、キョーコ=モトカードが決めたわけではないが、師範代の序列は年齢とその実力を勘案し、コタロー=サルガミがトップであった。だからこそ、拳聖に一番近しい者はコタロー=サルガミであるだろうという雰囲気がタイガー・ホールには漂っている。


 だからこそ、その雰囲気を利用したのがサラ=ローランであった。何の理由もなく、コタロー=サルガミを差し置いて、ロック=イートを後継者に指名すれば、タイガー・ホールは派閥争いを起こすぞと。それを含めての問いかけを彼女は師匠にしたのであった。


 しかし、そんなことは知ったことかとばかりに拳聖は自分の主張を展開する。


「ロック=イートには夢があるんだわい。『世界最強の生物』になるという夢がな……。わしゃ、ロックにそれを成し遂げてもらいたいと思っているんだわい」


「そん……なっ! 5~6歳児の子供が描く絵空事を理由にロックを指名すると言うんですか!? それを納得する者など、このタイガー・ホールに存在するわけがありませんっ!」


 サラ=ローランはいつも飄々としているのに、師匠のこの言いにだけは、頭に血が一瞬で昇り、激昂してしまう。『夢』の一言で済まされるわけがない。しかも、『世界最強の生物』などというわけのわからない掴みどころのないモノだ。現段階でロック=イートはサラ=ローランよりも実力で劣る人物である。それなのに、そのロック=イートの夢のために、拳聖の名を継がせるとはいったいどういうことだと、彼女は憤慨する。


「『夢』は所詮、夢にすぎませんっ! これからのタイガー・ホールを継いでいくべき素質に溢れた人物こそが、拳聖の名を継ぐべきですっ!」


「ふんっ……。優等生のサラらしい模範解答じゃわい。以前のわしゃもおぬしのようにそう考えておった……。しかしだ。18にもなった男が、眼をキラキラ輝かせながら、未だに『世界最強の生物』を目指していたとしたなら、女がそれを支えてやろうという気になってしまうのは致し方ないと思わぬのかい?」


「嘘……でしょ? あんた、まだ、そんな絵空事を叶えようとしていた……の?」


 サラ=ローランが空いた口が塞がらないと言った感じで、自分の右横に座るロック=イートの顔を見る。彼女に驚きの表情で見られたロック=イートは顎先を右手の人差し指でこりこりと掻き、困ったような表情で


「いや、俺も18なんだし、そろそろ現実を直視しなきゃならないってのはわかってんだ。でも……。でも、やっぱり、俺は俺の夢を裏切れない。本当のところ、別に拳聖になれなくたっていいんだ」


 ロック=イートはそこで一度、ふうううと息を吐き、すうううと息を吸う。そして、身体の向きを変え、正座の状態で、サラ=ローランとまっすぐに見つめ合う。


「俺は『世界最強の生物』になりたい。拳聖の名は兄弟子のコタロー兄に譲っても良い。だけど、俺は俺の夢を叶えたいんだっ! どうか、わかってほしい。サラ姐っ!」


 ロック=イートはそう言った後、両のこぶしを太ももに乗せた状態で、軽く会釈する感じでサラ=ローランに頭を下げる。サラ=ローランはロック=イートの力強い宣言に、心臓がドキンッ、ドキンッ! と跳ね上がる。心拍数が上がり、頬が紅潮していくのが、サラ=ローランにもわかる。


「カッカッカッ! サラ=ローラン。おぬしの負けじゃな……。夢と共に死のうとしている男がいる。それを死なせぬように支えるのは女の役目じゃと思わぬか?」


「ど、ど、ど、どういうことですか!?」


 サラ=ローランは今や顔が真っ赤に染まっていた。その様はまるで茹蛸のようでもある。今まで男としてあまり意識していなかったロック=イートなのに、何故、ここまで心を揺さぶられるのかがサラ=ローランにはわからない。その答えを教えてくれたのは言うまでもない。拳聖:キョーコ=モトカードである。


「なーに簡単なことじゃ。女が男を支えるということは、すなわち、結婚して家族になれば良いということだわい。『世界最強の生物』の子供を孕みたいとは思わぬか? サラ=ローラン」

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