第2話:力の目覚め

 少年の眼には信じられない光景が映っていた。豚ニンゲンオークは一見、脂肪の塊のような体型をしているが、その実、筋肉の鎧で全身をコーティングしている。だからこそ、長大なラージ・ウッドクラブを片腕で振り回すことが出来るのだ。


 そんな化け物と対等と言ってはおこがましいほどに、一方的に虐殺している人物が居る。先ほど、自分の命を救ってくれた半虎半人ハーフ・ダ・タイガだ。その女性? は、あーははっ! と高笑いしつつ、口の端を歪めた醜い笑顔で豚ニンゲンオークの一団を屠っていく。しかも、その半虎半人ハーフ・ダ・タイガは徒手空拳である。なのに、ここまで一方的な戦いなど、少年は見たことも無い。


 少年の心臓はドクンッドクンッ! と鼓動を速めていた。恐怖が鼓動を速めているのではない。感動が少年の心を支配していたのである。


(すごい……。ニンゲンにあんなことが出来るなんて……)


 少年は右腕で涙を拭き取り、両の足に力を込めて立ち上がる。自分も彼女と同じことが出来るのでないのだろうか? と。彼女は半虎半人ハーフ・ダ・タイガであり、自分は半狼半人ハーフ・ダ・ウルフだ。どちらも戦闘が得意な種族である。ならばこそ、自分もあの高みに到達できるのではないのか? とそう思えてしかたなったのである。


「ウオオオオン!」


 少年は右足を大きく踏み出し、空を見上げて産まれて初めて吼えた。それは戦士の雄叫びであった。狼が親から巣立ちをする時に発する鳴き声にも似ていた。するとだ、少年の身体に力が沸き上がってくる。彼はその力を持ってして、両親を押しつぶしていた屋根の残骸を押しのけ始めたのだ。それに一番驚いたのは彼の両親であった。


「ロック……。その力は……?」


 少年の父親は見る見るうちに自分にのしかかっていた重さが和らいでいくことに驚きを隠せないでいた。母親のほうもそうだ。いくら自分たちの努力の結晶だということを知っている母親だとしても、自分の息子であるロック=イートが10歳でしかないことも知っている。この力に目覚めるのは当分、先になるであろうと予想していたのだ。


「ウギギギギ、ウガアアアッ!!」


 少年はがれきの山を自分の身から発した力で押しのけることに成功する。そして、成功したと同時に、彼はそこで精魂尽き果て、地面に倒れ伏せてしまうこととなる。そこから先のことを少年はまったくもって覚えてない。


 避難所のベッドの上で少年は眼を覚ますこととなる。そして、同じ避難所のベッドの上に横たわっていた両親にとあることを告げられる。


「えっ!? ぼくはここに居ちゃダメ……なの?」


「ああ。そうだ。ロック、お前は力に目覚めるのが早すぎたんだ。ここに居ては傷つけたくない相手を傷つけてしまう……」


 ロック=イートの両親はがれきの下から救い出されたものの、大怪我を負っており、ベッドの上から満足に起き上がれない身体となってしまっていた。本当なら、息子が開眼した力の使い方を教えるのは父親であるスカイ=イートの役目であった。しかし、彼は魔物モンスターの襲撃により右腕と右足を骨折してしまっている。


 そして、ロック=イートの母親であるライラ=イートもまた両足の骨を折る大怪我だ。ロック=イートの世話をするどころか、これから先の生活すら満足にこなすことが出来るか不明であった。


「ロック、安心して? 拳聖様があなたの面倒を見てくれると約束してくれたわ……。寂しいけれど、私たちから巣立ちするには良い機会だと思うわ……」


 そう言いながらも母親のライラ=イートは憂い顔であった。それもそうだろう。力に目覚めたばかりの息子を他者に預けるなど、本当ならしたくない。だが、二人そろって大怪我をしてしまい、この先の生活すら不安が押し寄せるこの現状である以上、自分たちに代わり息子の面倒を見てもらうヒトは必須である。


「坊主……。わしゃから見て、お前が見せた力は一般生活を送るには危険すぎるシロモノってのは確かなんだわい。誰かを傷つけぬように、誰かを護るためにもその力の振るい方を覚えにゃならん。わかるかい?」


 少年の両親が伏すベッドの傍らに、少年と共に立っていた拳聖と呼ばれる女性が、まるで諭すかのようにロック=イートにそう告げる。ロック=イートは無言のままにコクリと頷く。拳聖:キョーコ=モトカードはよしよしと右手でロック=イートの蒼色に染まる頭をわしゃわしゃと撫でる。


 この避難所にやってきてからというもの、自分の力を制御出来ずにいることを実感しているのは他でもない、彼自身だからだ。コップを持てばコップの取っ手を異常な握力で握りつぶしてしまうし、ベッドで寝返りをうつと、うっかりとシーツをびりびりに破いてしまっている。


 そして、食事の時はもっと不便だ。金属製のスプーンを軽々と指先だけでグニャリと曲げてしまっている。その姿を見た避難所に集まっている他の家族たちはひそひそと陰口を叩く始末である。ロック=イートにとって、この避難所は非常に居心地の悪い場所へと変わっていくのを肌でひしひしと感じていたのである。


「父さん、母さん、早く元気になってね? ぼく、このおばさんと共にタイガー・ホールってところで修行してくるから」


「お、おばさん!? せめてお姉さんと言ってくれやしないかい?」


「そんな……。母さんよりもふたつ年上のひとをお姉さんと呼ぶのは無理だよ……」


 おばさんと呼ばれた拳聖はさもありなんといった表情を顔に浮かべつつ、右手でボリボリと頭を掻く。右隣りに立つ小僧が言う通り、母親よりも年上の相手をお姉さんと呼ばせるには確かに無理がある。ならばと拳聖が言い出したのは


「じゃあ、これからはお前は、わしゃの弟子となるんだ。師匠と呼べ。それで良いな?」


「うん、わかった……、キョーコさん。これから師匠って呼ばせてもらう……」


 それから三日も経たないうちに拳聖:キョーコ=モトカードは自分が率いてきた魔物モンスター討伐軍をウッドランドから出立させることとなる。ロック=イートと言えば、特別扱いとなり、拳聖と同じ幌付き馬車に乗せられる運びとなる。


 フランク副王国にあるウッドランドから南に150キロ。そこはイタリアーノ副王国と呼ばれる国がある。フランク副王国とイタリアーノ副王国の国境を越えて、さらに100キロほど南下すると、彼女らが目指すタイガー・ホールと呼ばれる里がある。その長い道中に拳聖:キョーコ=モトカードは少年であるロック=イートにとある質問をする。


「タイガー・ホールに着けば、わしゃが自ら指導する気だが、小僧、おぬしはどれほどまでに強くなりたいと思っているんだい? それ如何で修行内容が変わってくるわけだがな?」


「うん……。どうせなら、師匠よりも強くなりたい」


「ほう……。わしゃよりも強くなりたいってかい。そりゃ面白いことを言ってくれるのう?」


「本当はもっともっと、もーーーっと強くなりたいんだけど……。出来るなら『世界最強の生物』になってみたい……」


 拳聖:キョーコ=モトカードは少年の語る夢に眼を丸くしてしまう。『世界最強の生物』と言ってしまえるこの傍若無人ぶりに、あーははっ! と笑い、さらにはロック=イートの首根っこを左腕で抱きかかえ、空いた右手でワシャワシャと彼の毛並みの良い蒼い髪の毛をくしゃくしゃにしてしまうのであった。

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