第8話:表と裏

 『裏』。その言葉を聞き、コタロー=サルガミは眉間にシワを寄せる。師匠である拳聖:キョーコ=モトカードからは、その存在を暗に匂わさせられていたコタロー=サルガミであったが、眉唾な話だと受け入れていなかった。


 拳聖:キョーコ=モトカードには『表』と『裏』の顔があり、表の顔がタイガー・ホールの指導者だ。そして、彼女の裏の顔は暗殺者だという噂があった。そして、そのことをキョーコ=モトカードに問い詰めたこともコタロー=サルガミにはあった。だが、その場で師匠からは明確な回答は無く、適当にはぐらかされている。しかしながら、どこからともなく聞こえてくる声の主たちは自分たちは『裏』だとはっきりと告げている。


「姿を見せるんだウキーーー! 僕を惑わせようとしているのは、わかりきっているんだウキーーー!」


 どこからともなく聞こえてくる声に対して、先手を取られぬためにも、コタロー=サルガミは落ち込みかけていた気分を高揚させて、声が聞こえてくる先を鋭く見据える。しかし、自分が向けている視線の先には誰も居なかった。


「あっ。気配を殺し過ぎていたんだピョン。声まで聞かせたんだから、いい加減、感知してくれても良いかと思っていたけど……。もしかして、才能が無いのかピョン?」


「はははっ。そんなことを言ってやるな、ミーナ=バーナン。彼はさっきまで頭に血が昇り切っていたんだぜ? そんな状態でどうやって『裏』が使う隠形術を見破られると思うのか? それこそ、俺様でも難しいってもんだぜ」


 軽い口調で男女がそう感想を述べていた。その口調がますますコタロー=サルガミを苛立たせる結果となる。しかしながら、コタロー=サルガミは出来る限り心を落ち着かせ、気配を探り始める。そして、彼は声がする反対方向に振り向き、臨戦態勢を取る。


「お? やるピョン。ミーナちゃんの位置を特定したんだピョン。さっきの才能無しの言葉は取り下げさせてもらうピョン」


 若い女性の声がそう告げるが、それでもコタロー=サルガミは臨戦態勢を解かない。女性はヤレヤレとため息をつく。そして、次の瞬間、コタロー=サルガミの見ている方向から、いきなりウサ耳の女性が姿を現すこととなる。コタロー=サルガミが注視していた場所は、先ほどまで、確かに何も無い空間であった。だが、そこにありありと存在感を示しながら、16歳ほどの若い黒毛の半兎半人ハーフ・ダ・ラビットの女性がひょっこりと現れたことに彼は驚かされることとなる。


(辺りの茂みや木々の上に隠れていたと思っていたけど、そうじゃないんだウキー! こいつ、僕の後ろで堂々と立っていたんだウキー!)


 コタロー=サルガミは、自分の不覚を恨みそうになる。下手をすれば、自分の命など、このウサギ耳の女性にあっさりと取られていたに違いない。その若い女性は上半身にフード付きのパーカーを着込み、下半身は紅いショーパン姿である。どう見ても、彼女らの言う『表』のニンゲンたちは違う恰好である。タイガー・ホールの面々はカラテ着と呼ばれた道着を普段着と同様に身に着けている。しかし、この若い女性はタイガー・ホールに所属する人物ではないことは服装からもはっきりとわかるのであった。


「マスターも姿を現すピョン。マスターが本気で隠形術を使ったら、ミーナちゃんでも感知できないピョン」


「おっと! コタロー様が俺様の位置も特定できるかどうか試そうと思っていたのに、ミーナはせっかちさんなんだぜ……。しょうがない。俺様の位置を特定できるのは、キョーコ=モトカードくらいだからな。落ち込むんじゃないんだぜ?」


 男の声がコタロー=サルガミの声に届くと同時に、彼は両肩から背中にニンゲンひとり分の重さを知覚する。いきなり、ずしりと自分の背中側に重みを感じて、コタロー=サルガミは思わず体勢を崩しかける。


「いったい何時から僕の背中に張り付いていたんだウキーーー!」


「はははっ! コタロー様が臨戦態勢を取った時に、こっそりとな? まあ、そんなに落ち込む必要は無いぜ? 現時点のコタロー様の実力なら、致し方ないことだからな? って、おっと!」


 コタロー=サルガミは身体をグルンと時計の逆周りに身体をひねる。彼の背中に張り付いていた男は宙に放り投げられることとなる。だが、その男は空中で体勢を整えて、キレイに地面へ両足の裏を乗せる。


「とっとっと……。乱暴な扱いはよしてほしいんだぜ……。これから、俺様たち『裏』とコタロー様は仲良くやっていくんだからさ?」


「何が仲良くなんだウキーーー! 僕をからかっておいて、よくもまあ、のうのうとほざけたモノなんだウキーーー!」


 コタロー=サルガミは大声を張り上げて、わざと激昂してみせた。普段は温厚な彼なだけはあり、こういった場面では、自分を奮い立たせるためにもそうせざるをえないのである。そして同時に彼は表面上は激昂しつつも、冷静に相手の素性を確かめようとする。


(女性は16歳前後の半兎半人ハーフ・ダ・ラビット。男の方は……。純血種!?)


 アンゴルモア大王がこの世界のあるじになってから、人間と呼ばれた種族は過酷な環境を生き延びるためにも、そのアンゴルモア大王の力により、『半獣半人』と呼ばれる種族へと改造させられた。だが、それでも『人間』と呼ばれる人種はしぶとく生き残っている。その生き残りは『純血種』と呼ばれるようになったのである。


 『純血種』はその存在自体が権威となり、今や、人類が存続する国々の代表者となっている。タイガー・ホールがあるイタリアーノ副王国にはバチカン副王が。そして、フランク副王国、ポールランド副王国にも純血種たちが副王となり、その国を治めている。


「なんで純血種がこんなところにいるんだウキーーー!」


「はははっ! 俺様をひと目で純血種と見破るとは、やっぱりコタロー様の方がよっぽど拳聖に近しいニンゲンなんだぜ」


 男は薄汚れた外套マントを羽織っていた。外套マントの内側は血のように赤色。そして外側が漆黒のような黒だ。そして、その外套マントにはフードが付いており、そのフードを深めに被っていた。だからこそ、ひと目では男の種族がわからないようにされていたのだ。だが、コタロー=サルガミは見た目だけでなく、その男が醸し出す匂いといってよい雰囲気でそう察したのである。


「俺様の名はアルカード=カラミティ。聡いコタロー様よ。改めて聞くが、どうだい? 『裏』と組む気はないのか? 俺様たち『裏』がコタロー様を拳聖の後継者としてバックアップさせてもらうんだぜ?」

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