第一章 傭兵の村 イニティウムⅡ
その頃、ロイドは、村への帰路を急いでいた。片手には、ドラゴンの首を抱えている。ニヤニヤ笑いが止まらなかった。これを見せれば、誰もが、ドラゴンを倒したのは、ロイドだと疑わないはずだ。村の門を意気揚々とくぐる。鷹の姿をした村長と村人全員が待ち構えていた。ロイドは、ドラゴンの首を村長に見せた。歓声が上がる。ロイドは、優越感に浸りながら言った。
「どうです!この僕が、恐ろしいドラゴンを退治して参りました」
村長は、アイパッチを付けていない方の目を細めた。
「これは、見事だな。して、他の三人はどうした」
「あぁ、村長、それですよ。あの三人ときたら、揃いもそろって、とんでもない連中です。まず、ナイツです。あいつは、ただ、突撃していくことしか能がありません。次に、ポール。あいつは、あろうことか途中で戦意喪失しました。とんだ臆病者です。最後にアルト。あいつは、論外です。魔法が使えないんですよ。この三人を傭兵にするなど、イニティウムに泥を塗るようなものです」
徐々に、歓声がなくなっていた。だが、ロイドは気付いていない。そこへ、アルトたち三人が駆け込んできた。ナイツが言った。
「随分な言いようだな。漁夫の利は、どっちだっつぅの。ドラゴンを倒したのは、アルトだろ。御丁寧に首だけ持っていきやがって」
ナイツのセリフに村人が騒めく。ロイドは、嘲笑し、言い返そうとしたが、村長が制した。村長の咳込みで、沈黙が流れた。村長は、朗々と声を響かせた。
「まずは、よくぞ帰ってきた。何やらあったようだが、まずは、結果を発表する。合格者は、アルト、一名のみだ」
「えっ」と、声を上げたのは、アルトだけではなかった。ロイドは、焦ったように村長に近づく。あの余裕ぶった表情は、どこかにいっていた。
「何かの間違いでは?村長。ナイツの戯言を信じるのですか?」
村長は、にこりともしない。おもむろにドラゴンの眉間に指を突っ込み、矢尻をほじくり出した。紛れもなくアルトのものだ。一つ取り忘れたのだ。ロイドは、汗が、頬を伝うのを感じた。
「死体を見れば、何が致命傷だったか位、分かる。この矢尻は、お前の物か?魔法で作ったのか?お前の属性は氷だったな。いつ金属を作成できるようになった?私が、全てを見ていなかったと、本気で思っているのか!」
ロイドは、言葉に詰まる。村長は、続けた。
「仮に、お前がドラゴンを倒したとしても、仲間を見捨てて、一人、村に帰る時点で不合格だ。仲間を捨てる者が、どうして依頼主を守れるというのだ」
ロイドは、膝から崩れ落ちた。怒号が、どこからか聞こえてきた。村人たちを掻き分け現れたのは、ロイドの父親だった。ロイドの父親は、勢いよくロイドを殴りつけ、無理矢理立たせた。そして、ロイドは、引きずられながら、その場から姿を消した。母親が、頭を下げて謝罪し、後を追った。仕切り直すように、村長が、再び咳をした。
「ポール。お前は、何故、不合格だったか分かるな。戦意を失うなとは言わん。棒立ちはやめよ。もし、あそこに依頼主がいた場合、危険にさらしかねん。だが、ナイツの手当ての早さは見事だ。お前は、救護向きだろうな」
ポールは、頷いた。村長は、ナイツの方を向いた。
「ナイツ。戦いの火蓋を切ること自体は悪くない。だが、油断をするな。敵が、本当に死ぬまで、警戒を怠るな」
ナイツは、頷いた。二人を労う拍手が鳴った。
「アルト」
村長に声を掛けられる。アルトは、顔を上げた。
「合格おめでとう。今日から、お前も一人前の傭兵だ」
「ありがとうございます」
アルトは、笑んだ。村長をつられて笑む。惜しみない拍手が、アルトに送られた。やったな、と言うように、ナイツが親指を立て、ポールがアルトの肩を叩いた。
「後で、私の家へ来るように。その際、イニティウムの傭兵の証を渡そう。家族と積もる話もあるだろう。一度、家に帰るが良い」
村長は、そう言うと、去って行った。他の村人も「おめでとう」と、言いながら、仕事に戻っていく。その場には、アルトと一人の女性が残された。女性は、麻でできた紅のワンピースの上にエプロンを着けていた。全身が、綿あめ顔負けの毛に覆われており、ふくよかな体形をしていた。女性の名を、タニヤという。アルパカである。タニヤは、アルトに突進した。アルトの視界が綿で埋まった。
「よくやったねぇ、アルト。お前は、私の自慢の息子だよ」
アルトは、毛の海に溺れていた。息ができない。アルトは、タニヤの腕を叩いた。タニヤは、気が付いたのか、アルトを離した。怪我はないか問うタニヤに、アルトは、ないと答えた。折れていた骨もくっついている。理由は、不明だが、アルトは、妙に傷の治りが早いのだ。タニヤは、安心していた。アルトは、タニヤと家に帰った。
アルトの家は、二階建てだった。一階には、ダイニングとキッチンがあり、二階にアルトの部屋があった。アルトは、自分の部屋で、荷物を革袋に詰めた。新しい剣を腰に下げ、バンテージを手首に巻く。
「やっぱり、村を出て行くのかい」
気が付くと、タニヤがドアの前に立っていた。どこか寂しそうであったが、同時に嬉しそうでもあった。手を後ろに回しており、何かを隠している。アルトは頷いた。
「折角、傭兵になったんだ。色々な人を助けたい。母さんを一人にしてしまうのが、少し気がかりだけど」
「あたしのことは、良いんだよ。あんたは、小さな村に収まっていちゃいけない。何故か、そう思うんだ。ほら、これは、餞別だよ」
タッタラーンと、いう効果音と共に出したのは、バンダナとマントだった。カーキ色で、とても肌触りが良い。マントの裾がボロボロになっているが、流行のデザインではなかったか。ほのかに生地からは、タニヤの魔力を感じる。タニヤが、作ってくれたのだ。世界に一つだけのアルトのためのマントだ。
「ありがとう、母さん」
アルトの言葉に、タニヤは、満足そうに笑った。
アルトは、村人への挨拶を軽く済ませ、村長の家へ向かった。階段を昇り、ドアを叩く。「入れ」と、声がした。アルトは、建物の中に入った。
祭壇の前に、村長は、座っていた。祭壇には、果物や肉などの供え物と、牛の老婆の写真が飾られていた。
確か、この老婆は、高名な魔法使いだったはずだ。最近、急に亡くなったらしく、タニヤもしばらく落ち込んでいた。アルトは、村長に声をかけた。村長は、黙祷を捧げていたが、すぐに目を開けた。
「来たか。これが、イニティウムの傭兵の証だ。常に身に付けておけ」
村長は、アルトにペンダントを渡した。アルトは、受け取ると、その場で身に付けた。円の中央に、剣が彫られた、シンプルなデザインだった。
「まずは、北東にある港町に行くといい。あそこは、多くの者が行き交う。仕事を探すのにうってつけだ。くれぐれも北西の廃墟には行くな。十五年前、死んだ王国の者たちが、亡霊となって、彷徨っているようだ」
「わかりました。助言、感謝します」
アルトは、そう言うと、立ち上がった。家を出ようとするアルトに、村長が言った。
「そのマントとバンダナ、良く似合っている」
アルトは、振り向いて、「そうでしょう」と、自慢げに言い、ドアを閉めた。
村の門には、タニヤだけがいた。大事にはしたくなかったので、わざと、タニヤと村長以外に、村を出ることを言わなかったのだ。
(おそらく、皆、気付いているだろうけれど)
「いってらっしゃい、アルト」
「いってきます。体に気を付けてね」
近くへ散歩にでも行くかのようであった。これ以上、タニヤもアルトも何も言わなかった。アルトは、静かに、村を出た。風が吹き、マントと髪を揺らす。地図を確認し、アルトは、歩き始めた。これが、全ての始まりだと、アルトは、知る由もなかった。
まだ見ぬ世界に、胸を躍らせて、アルトは、旅立った。
女神の黙示録 めざし @kibinago
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